・悲しい歌
彼は歌い方を忘れたという。
日本ではないどこか遠い国で売れた歌手だったらしいから、相当上手かったんだろう。
今では声だけじゃなく顔すら変わり果てたから、もう元には戻れないという。
「いーよ、それでも。僕はココの方が楽しいし、SAIの事好きだもん」
それでも、時々歌おうとしてるのが、少し痛々しいと思う。
戻れるなら戻りたいと思ってるはずだ。
アイツはオペラ座の怪人とは違って、生まれながらに顔半分が化け物だったわけじゃないんだ。
なのに声まで奪われて、話す声は掠れてる。
狂った様に歌う時だけ、声帯は人並みの活動をする。
でもそれだけじゃ、昔のようには歌えない。
「―――」
部屋のソファに座って、掠れ声のまま歌っている。
昔、自分が歌ってた曲だろうか。
俺の知らない言葉だ。
「―なあ、G」
夕飯の支度をしていたGは返事すらしない。
でも聞いてはいるだろう。
「リクのアレ、何語だ?中国じゃねーよな」
「スペイン」
……何でだ。
生まれはイギリス、育ちは中国だろアイツ。
まあ、確かスペインっつったらGはお得意だよな。
「あの歌、知ってるか?」
「アイツの即席だろう」
「…え、そうなのか?」
多分、ではなくGはコックリ頷いた。
「訳すか?」
「ああ、頼むわ。」
Gは鍋を掻き混ぜながら、リクの歌に合わせて、音階無しで平坦に歌詞だけ口にしだした。
「カラス、何故鳴くの。
それは借金を取り立てるから。
猿の尻は真っ赤っか。
サイの頭も真っ赤っか。
昨日の夕飯は和食だった。
今日は中華がいいな。
ボルシチ食べたいな。
カルボナーラ、ペペロンチーノ。
あれ、中華じゃない。
まあいいか。
サイの胸が最近大きくなった。
誰かに揉ませてるのか。
そいつを殺したい。
サイは胸よりツンデレがいい。
キョロちゃんキョロキョロ。
金のエンゼルよこしやがれ」
「もういい。」
私は潔くGに通訳をやめさせた。
前言撤回。
全然痛々しくねえ。
まあ、アイツが楽しいなら構わないさ。
けど誰が人に乳揉ませて豊胸してるだと?
「…リクのビーフシチューには肉を入れるな。」
「ボルシチだ。」
「アイツの好物は作るな。今からビーフシチューに変えろ。」
「………。」
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