忘れていい
彼曰く。 僕は壊れているらしい。 「なくな。」 「泣いてないよ?」 僕は自分の目元を擦って、その手が濡れていないことを確認する。 「じゃなくて、ビービー啼くな。」 「啼いてた?」 「啼いてただろ。」 「…ああ、違うよ。」 僕は、歌を歌ってたんだよ。 「ねえ…」 彼は、啼くなって忠告したらそれで満足して、本を読んでいる。 「何、読んでるの?」 「お前は見なくていい。」 「エロ本?」 「そういうことにしとけ。」 こういう僕の冗談を否定しないってことは、きっと本当に見られたくない本なんだ。 でも、覗き込んでも彼は怒らない。 ――― 解離性障害 「って、何?」 「意識・記憶・同一性・環境の知覚など、通常は統合されている機能が破綻している障害の総称。過酷な状況を体験した際に、自己から感情を切り離して逃避することが原因とされる。症例としては解離性健忘、解離性同一性障害、離人症性障害、解離性遁走、トランス、憑依など。」 淡々と、頭の中に書き付けられた辞書を開いて、彼は言う。 「……ねえ」 「なんだ」 「僕は、何か大事なことを忘れてる?」 「忘れてもいいことだ。お前の頭が忘れるべきと判断したことだ。だから忘れていろ。」 彼は、僕の頭の中によく似ている。 僕が意識的に、知りたいと思ったことを教えてくれない。 彼の首筋に触れてみた。 脈打っている。 でも、これも僕の頭が作ったことなのかもしれない。 僕には、どれが現実で、どれが幻なのか 「ねえ」 「僕、さっき啼いてた?」 「赤ちゃんみたいにってこと?」 我ながら、変なことしてるなあ。 まあ、その辺は忘れてもどうでもいいことかもしれない。 じゃあ 「ここにある、女の人の死体はどうしたの?」 一瞬だけ、彼はきょとんとして 「試しに聞くが、それはどんな死体だ。」 「犯されて、殴られて、目潰されて、顔焼かれて、片足無くて、左手の小指と薬指がない。」 僕に、よく似ている。 あれ、僕 犯された? 殴られた? 目潰された? 誰に? 「…臭うか?」 彼に言われて、においをかいだら… 温めてるシチューの香りと、彼のつけてる香水。 ああ、OK じゃあ、最後 「僕らについてる血は?」 僕の爪と、彼の鎖骨あたりにいくつも滲んだ血。 「それはお前が忘れたことだから、別にいいんじゃないか。」 そんな彼の返事 イコール これは現実 「泣くな。」 「啼いてないよ。」 「No llore,nino.」 「iEs ruidoso!」 いちいち母国語で言わなくていい。 忘れちゃ、駄目なんじゃないか。 僕の頭はできそこないで、壊れているから きっと忘れちゃいけないことも、忘れてる。 「……ひっつくな。俺は男に抱きつかれて喜ぶ趣味はない。」 「嫌だ、寒い。」 「鼻水がつくだろ。離れろ。」 「寒い。」 指先が、冷たいんだ。 肩が、体が、足が、心臓が 凍える 「……。」 視界が、黒くそまる。 頭から、何か布をかけられたらしい。 ああ、思い出した あの夜も、こうやって僕の視界を塞いで 現実から隔離するみたいに、抱きしめて、塞いで 壊れそうになる僕を、暴れる僕を、気絶させるんだ。 本当に、彼は僕の頭と同じだ。 いろんなものを見せまいと、視界と記憶を塞ぐ。 「壊れてない人間なんか、いない。」 彼の手は震えていた。 彼は、忘れることができない。 僕の分、皆の分、他人の分もいろんな記憶を頭に残してしまう。 どっちが、拷問だろう。 「ねえ」 「…なんだ。」 僕が普通の声を出したら、彼も普通になった。 「えっちする?」 「殴るぞ」 彼は僕に触るのもおぞましいとばかりに、上着で上半身を包んだままの僕を投げ飛ばした。 別に、したくもないけどね。 残りの15%は、彼ならしてもいいと思う。 それに、あったまるんじゃないかなーと思って。 さっきみたいに凍えそうではないけど、やっぱ今夜は肌寒い。 「冗談なのにぃ。ダーリン、照れ屋さん。」 「それ以上言うとできたてのシチューを頭から被せる。」 「熱っ!熱いそれ!」 僕は、笑う。 彼は、怒る。 あと、今は皆寝てるけど、皆がいる。 で、いつも皆で笑う。 それはいつものことだ。 そうやって、何かを誤魔化しながらでも 皆、縋り付くんだ。 |
作業の息抜きに突発的に書き上げ。
こう、無駄にスペースとって、個人的には楠元○きさん的なテンションで書くのが結構好きです。
低エネルギーで書くのが。(エコみたいに言うな
しかし書いている最中のバックミュージックは、ホルモンの「ロツキンポ殺し」(ぇえ