俺があんたらに会えたのは不幸中の幸いなのか
それとも幸い中の不幸なのか
…何か、しっくりくる言葉はないだろうか。
冒険者になって一週間。
いきなりどこかも分からない村に飛ばされて、一時はどうなるかと思ったが、意外とやってこれた。けれどアーチャーになるまでの道のりは遠そうだ。
何故なら彼は体力が皆無。
ポリンやファブルを狩るだけでもすぐに疲れてしまって、続けて狩りをすることができない。
体を動かすのが苦手だから、弓を使うアーチャーを選んだのに……そんなせいか、青年は少し焦っていて…
いつも狩りをしている森にいる、まだ彼が戦ったことのないヤツに手を出してみた。
それがそもそも失敗…。
「っ…」
傷はそんなにひどくはない。だが体力が尽きてきた。
絶体絶命のピンチというものであった。
まだまだ未熟なノービスの青年のナイフは力が入っていなくて、切り株のようなモンスターには小さな傷をつけることしかできない。
万全の状態でも、たいした傷はつけられなかったが…。
「ッ!」
まるで腕のように太い木の枝が青年の足を絡め取ってきて、あっけなく彼は倒れてしまった。
青年は胸を上下させるだけで、もう腕を動かそうともしない。完全に諦めた。
もし、体がバクバク食べられてしまったり、跡形も無く八つ裂きにされてしまったのでなければ、誰かが拾って、蘇生させてくれる。
ただ、怖いのは一瞬の死の恐怖と、その後の生か死かの賭け。
「あぶなーい!!!」
乗りかかってきたモンスターの陰が消えて、視界から消えた。
そして代わりに目の前に写ったのはきれいな木漏れ日。モンスターを殴り飛ばしてくれたらしい誰かが、隣で戦っていた……
自分と同じノービスらしいが、どこか違う。
頭には季節外れのサンタ帽。
得物はゴッツい、重そうなメイス。
アンバランスだが、少なくともシェイディよりは強い。だが見た目によらず力持ちらしい彼は、さきほど戦って苦戦していた木のモンスターをものともせず、削るように、抉るように殴りまくっていた。
そしてその豪快な攻撃に、相手がただの木屑となったのは十数秒後。
「あーびっくりした。」
サンタ帽の青年はそんなことを言いながら笑っている。…驚いたのはこっちだ、と仰向けに倒れた青年が返す。
「大丈夫?」
サンタ帽の青年が覗き込みながら声をかけてきた。
「…南無。」
倒れた青年はそう応えた。
ちなみに南無とは、一般に死んだ人へかける言葉である。「傷そんなにないし、大丈夫じゃん。死んだフリしてないで、起きる起きる!」
サンタ帽の青年は、ご丁寧にも回復用のミルクを差し出してきた。
上半身を起こして、そのミルクを一気に飲み干した。大分疲れもとれた気がする。
「もう一本いる?」一体何本持っているのか分からないが、青年はとりあえず遠慮して首を横に振った。
「そっか。…あのさ、復活直後で悪いんだけど、ちょっと聞いてもいい?」
「…はい。」「プロンテラってここからどっちの方角?」
「…はい?」
彼は、首都プロンテラからフェイヨンへ来たという。
行きはなんとか来れたが、帰りはまったく道が分からなくて、しかも森だからすぐに方向も分からなくなり…つまりは道に迷っていたらしい。助けられた青年−シェイディ−は、お礼というよりはついでというカンジで、森の外まで案内し
地図とサンタ帽の青年−ルナティス−の記憶で、プロンテラまで送ってやった。
だがプロンテラとフェイヨンの間は砂漠と森を跨ぎかなりの道のりだった。
プロンテラに着いたころにはすっかり日が暮れていた。
「ただいまーっていっても誰もいないけどねー」
ルナティスは無駄口が多いと思うシェイディであったが、逆にシェイディは口が少なすぎである。彼は小さい通りに面した一般の家よりもやや小さめの家に住んでいた。
「ご飯軽く作るね。その間お風呂でも入ってて、お風呂そっちだから。
洗濯物は青いかご入れておいて。着替えはすぐに持っていくよ。」プロンテラでは宿屋に行くつもりだったが、ルナティスは泊める気満々のようなので、シェイディは何も言わずに、言われた通り風呂へ向かった。
「……♪」
素直に風呂場へ向かったシェイディを見て、ルナティスはやたら上機嫌だ。ここのところ、相方…というか、もはやパトロンと化してきた同居人は
ここのところずっとフェイヨンに行って狩りをしていて、帰ってくるのは週に一度ほど。
だから、とにかく一人ではない夜が嬉しかった。
「もう遅いし、あんまし手込んでないけど」
ルナティスはそう言いながら、相変わらずにこにこ微笑んでいる。サンタ帽子を外すと、普通にカッコイイ。カッコイイというよりも綺麗というほうが合う。
透けるような金の髪を、後ろ髪も前髪も乱雑に伸ばして、顔半分に多く垂らしている。
口調とか行動とか格好とかから、シェイディは彼を同い年くらいか年下かと思っていたが…
私服を着ればずいぶん大人に見えた。いったい何歳なのか気になって仕方がない。
「……あの」
いつでもムスッとしていて、ありがたく夕飯を食べさせて貰っている身でありながら、シェイディはマイペースで態度がデカイ。
けれどそんなことは全然気にしないのがルナティスだ。
「ん、何?」
「……いくつですか。」
「37」
シェイディはスプーンをスープの中に落とした。「ん、いくつ、って何が?」
……答えてから聞くな。
「…歳」
「ああ、20だよ。」
何と反応していいのか分からず、とりあえずスープの中からスプーンを掘り出した。
…ああ、とりあえず5つも年上だったんだ。それにしても、20でノービスって珍しいな。しかも戦い方からしてあまり強そうでもない。シェイディも言える立場ではなかったが。
…てゆーか、37ってなんのことだったんだろう。
疑問に思ったが、話すのはあまり好きではないし、
この人と話すと疲れそうなので、何も言わずに食事をしていた。シェイディがまともな反応をしなくても、ルナティスはずっと話していた。
ただシェイディはうるさいとも思わず、なんとなく話を聞いてしまっていた。なんでもない、彼の身の回りの話なのに
ルナティスはやたら幸せそうに話すから。時々、振られる質問は簡単な返事で済ませていたが、話は不思議と尽きない。
この時間と
この声は嫌いではない。
この家にはもう一人同居人がいるという。
その同居人の部屋に泊まらせてもらった。そりゃ、ノービス一人が一軒家に住むというのも難しい話だ。
ルナティスと同い年、幼馴染みのシーフだという。
彼は近頃フェイヨンの洞窟で狩りをして、収集品を送ってくれていて、ちなみにその収集品が2人の生活費になっているらしい。ルナティスがフェイヨンの森で迷っていたのは、彼の普段の様子が気になって、密かに着いて行ったらしい。
結局、ダンジョンには入った瞬間ゾンビやコウモリに殺されかけて入ることはできなかったのだが。つまり、行きはその相方の後を着いて行っていたが、帰りは道案内も無かったので迷っていた。
…ルナティスは後先を考えないタイプの人間だ。
けれど、それだけ相方が心配で、大切だということだ。それだけ誰かを大切に思えるというのは羨ましい、とシェイディは思った。
追い出されるようにして冒険者になった身だ。
大切な人なんていない。