俺は他人とどこか違うと感じていた。
何かが狂ってる。自分で自分に吐き気がする。
その原因が何か分からないから、それを閉じ込める。
誰にも見られないように、必死に警戒する。
「…」
シェイディは、意を決して…というほどでもないが、ちょっとだけ緊張して、ヒショウの部屋の木の扉を叩いた。「………誰、だ?」
扉の向こうから、少し遅れて、ヒショウの小さめの声がした。
きっと、シェイディだったらどうしよう…とか思っていたのだろう。申し訳ないが、その通りなのだ。
「シェイディ。」
…この扉の向こうで、彼はいったいどんな顔をしているのだろう。
「…開けてくれなくていい。このままでいいから、少し話がしたい。」
そう呼びかけると、返事はないものの、扉のすぐ向こうにヒショウが歩み寄ってくるのが気配で分かった。
OKということだろう。「いきなり押しかけて、泊まって悪かった。」
本当はルナティスにほぼ強引になのだが…。
ヒショウは扉の向こうで何も答えない。
「…もし俺が邪魔なのなら、俺はすぐに出て行く。それは全然構わない。」扉が小さくカタッと音を立てた。
ヒショウが向こう側から手を突いたのだろう。
あけようとしているのか、それともただ手を突いただけなのか…。「…違うんだ。」
向こう側から、弱弱しい声が聞こえた。
扉は開けたかったが、結局開けられなかったようだ。
「全然、邪魔なんかじゃない…俺が、おかしいだけなんだ…。
気を、悪くしないでくれ。俺は本当に…君を疎ましく思って、いない。」扉を挟んでいるのに、彼の声は震えている。
これだけ離れていて、姿も見えないのに、ヒショウはまだ怯えている。これはかなり重症じゃないか?
シェイディは本気でヒショウが心配になってきた。「…わかった。じゃあ、俺はここにいて大丈夫か?」
「構わない…。どうせ俺は、ほとんどこの家にはいない。」
シェイディはしばし言葉を失った。
そうは言ってもきっとヒショウは、彼に怯えてますますこの家に近寄らなくなる気がした。そうしたら、ルナティスはもっと寂しい思いをする。
あの無駄に明るい人が、あの笑顔の下で悲しい顔をしているのが、なんだか嫌だった。「それじゃあ駄目なんだ。」
「…駄目、って?」
「この家にいるべきなのは、俺じゃなくて、ヒショウだから。ヒショウにはちゃんと、この家にいて欲しいんだ。
そうじゃないと、ルナティスが寂しがる。」しばらく沈黙がつづいた。
そして聞こえてきたのは、ヒショウからの返事ではなく、ちいさなため息交じりの呟き。
「……そう、か。」
話すことがなくなって、シェイディは部屋に帰ったようだった。
『ルナティスが寂しがる。』
そんなことは分かっていた。
けれど、彼がいつも笑顔で送り出してくれるから、アイツは大丈夫、と自分に言い聞かせて出かけていた。
アイツは世渡り上手だから、大丈夫だと…。けれど、シェイディがそういうのだから、そうだったんだろう。
ルナティスは、大丈夫じゃなかった。「……」
ヒショウは、なるべくこの辺りで、金になる場所はないかと考え込んだ。
なるべく長い時間、ここにいられるような…
が、「…ふ、ぁ…」
考えてる最中に突然の眠気。よくあることだ。
自分は異様に睡眠時間が多い。
しかもどこでも構わず眠気が襲う。ヒショウはベッドに横になり、眠気に身を任せた。
明日のことは、明日考えよう。
ルナティスだけじゃなくて、ヒショウもきっと“いい人”だと思う。
俺を裏切るような人じゃないと思う。
まだ何もないけれど、この人たちとならなかなか楽しくやっていけるんじゃないかと思う。けれど、俺は少し後に、彼らに関ったことを…ほんのちょっぴり後悔することになる。
ルナティスとヒショウの寝室以外の、狭い個室のソファで寝ていたシェイディは、
夜遅くに呻いていた。
「…ん、んん…」寝苦しい。
というか、苦しい。
何かに体が押さえつけられて、のしかかられているように、苦しくて体が動かない。金縛りか。
金縛りにかかったことはなかったが、それにしては…なんていうか…
ものすごい体の上に人が乗っている気配がする。明らかに人の手らしきものが顔や首元に触れてきていた。
シェイディはわけが分からないまま、けれど冷静になって、その相手に気づかれないように、そっと布団の中から腕を出した。
そして隙を突いて、枕元のスタンドの電気をつけて、そのへんにあったものを掴んだ。「…!!?」
よくわからないが、不審人物だと思っていた相手は…
「な、ひ、ヒショウ?!」ヒショウだった。
しかもちゃっかり布団の中にもぐりこんでいた。
彼の顔との距離は十数センチしかない。
ルナティスならまだ分かる(?)が、ヒショウがこんな意味不明な行動を…なんて、訳が分からない。「あー、なんだ起きてたんじゃん、つまらん」
ヒショウは気だるそうに言って唇を尖らせる。
シェイディはヒショウの下で、しばらく呆けていた。彼はそんなシェイディの姿を見下ろして、にやにや笑う。
「なんだ、けっこーかわいいじゃんw性格キツそーだけど」
…確かにしっかりと向き合ったことはなかったが、ヒショウはまるで初対面のような口調だ。
シェイディから見たヒショウは、あのおどおどしたカンジが全くなくて、まるで別人…いや、これは別人に違いない。
間違いない。「ヒ、ショウ…?」
「ん?何」
「…あ、の…何してるんだ…人の布団の中で…」
「まだ何もしてないけど」…まだ…?
……まだ!?
「あの、寝るんで…部屋に戻ってもらえませんか…」
なんだか、ものすごくピンチな状況の気がして、思わず敬語になってしまう。
「えー、いいじゃん、遊ぼうよー」
ヒショウは駄々をこねるようにシェイディを上から押さえつけた。…そして、ニヤリと歪んだ笑みを浮かべたのを、シェイディは見た。
これは激しく危機だ。『ルナティスルナティスルナティスーーーーー!!!!!』
シェイディは必死に、ルナティス全力を込めた耳打ちを送り、彼を叩き起こした。
耳打ちとは、その相手の名前やイメージで、遠くにいるときもその相手に声を送ることのできる技法である。『んあぁ〜?』
帰ってきたのはなんとも情けない寝ぼけ声だが、シェイディは必死に助けを求める。
「あれ、思ったより大人しいね。観念したのかな?」
ヒショウがそう言ってシャツの中に手を突っ込んできた。それに思わず寒気がした。
シェイディが大人しいのは、助けを呼ぶのに必死だからだ。『た、助けてくれ!!ヒショウがなんかおかしいんだ!!』
『んー、でもヒショーはポリンが好きな焼き鳥なの…』…だめだ、寝ぼけすぎだコイツ。
『いいから俺の寝室に来てくれ!何故か…ヒショウが俺を襲おうとしてるんだ!!』
『なにぃ!!!』
ルナティスはその言葉に覚醒したようだ。
『シェイディ!!ヒショウに変なことしたら許さないからな!!』…駄目だ、微妙に覚醒してない。
俺が襲おうとしてるんじゃなくて、俺が襲われそうになってるんだって…
それから数秒後に、寝室の扉が勢いよく開けられた。
扉を開けてみた光景は
先日同居を始めたノービスに幼馴染みのシーフが覆いかぶさっている様子。「……あ、なぁんだ。」
ルナティスがその光景を見て固まったのはわずか一瞬。
あわてた様子は消えうせて、いつものにこにこ顔に戻った。「な、なにがなぁんだ、だ!助けてくれ!なんかヒショウが乱心して…」
「乱心なんて失礼な!!私はまともよ!!」
「全然まともじゃない行動が意味不明口調が女!!」
とりあえずシェイディはヒショウの下から逃れようともがくが、STRとDEXの差でしっかり押さえつけられ身動きがとれない。
だからルナティスに助けて、と目で伝える。
彼は困ったように笑っている。「あー、ヒショウ、マジで彼のこと襲う気なら止めはしないけど」
「止めろよ!!!」(号泣)
「ふざけてるんならここらでストップ。シェイディ怯えてるからね?」ルナティスの言葉に、ヒショウはへらへらと笑いながらシェイディを放し、今度はルナティスの方に飛びついた。
「ルナーおひさー。寂しかった?」
「ヒショウがいっぱい手紙くれたからそんなでもないよ。でも頼むからプリーストをナンパするは控えてくれる?そっちのが僕心配。」
「心配なら早くルナがプリになれw」
「いや、自分としてはがんばってるんだけどね。まだ時間かかりそうw」異常な様子のヒショウに、いつもどおり接しているルナティスにしばし唖然とした。
それに、話の内容が…。
『おひさー』って…もうヒショウとは顔をあわせたはずなのに。「シェイディ」
混乱しかけているところに、ルナティスがにっこり笑いかけてくる。
「紹介が遅れた。この人、ヒショウね。」
「…いや、それは分かってるんだが…」
間違いなくヒショウだ。
今日の朝、初対面したヒショウだ。「はじめまして〜」
…朝会ったはずなのに、なんで『はじめまして』なんて言うんだろう?
「…あの、はじめまして、って…朝に…」
「”彼”とは違うんだ。」
ルナティスが面白そうににこにこしながらそう言う。
ヒショウもにこにこしていて、2人してシェイディの混乱を楽しんでいるようだ。「この人は同じ”ヒショウ”なんだけど、朝いたヒショウじゃないんだ。」
つまり…
「ま、いわゆる二重人格ってヤツ〜?私ははっきりいってそんな自覚ないんだけどそーみたーい」
二重人格。
聞いたことはあった。
心に傷を持った人は、その傷から逃れる為に『もう1人の自分』を作り上げてしまうことがある、という。
「…女?」
シェイディが聞く。
「女よ?」
ヒショウは答える。
ということは、体が男なのだから、朝いたヒショウが本当のヒショウなんだろう。「あ、ちなみにー18歳独身のシーフですwまぁ、ヒショウがシーフだからね。
趣味はナンパとハァハァすることー好きなタイプはやっぱ美人なプリーストさんとかアサシンとか〜
逞しい殴りプリさんとかブラックスミスさん大好きかな。」そんなことを聞いて、シェイディはますますヒショウ(女)が怖くなった。
しかも頼むからバリバリ男のくせにそんな可愛く話さないで欲しい。「ついでに男にも女にも手を出す痴女だね。」
ルナティス、頼むからそんなこと笑顔で言わないで…
ヒショウも隣で、いやーんとか言わないで…「よろしくシェディ〜君」
女の子のように小首を傾げて笑いかけてくるヒショウを見て、シェイディは今度こそ、彼らと関ったことを後悔し始めた。けれど、この二人…いや、三人の、暖かいところは嫌いじゃない。
少しだけ、ここに留まってみたいと思った。