それは俺にはあってはならない感情だった。
死にゆくお前を追いたいと本気で思っていた。
けれど、お前はまた蘇るというのなら…
それは俺にとってなんという悪夢なのだろう。





血だらけになって倒れている青年を、シンリァが見下ろしていた。
そこはさっきまで二人の暗殺者のみの戦場だったため、ほかのメンバーはその二人をだまって傍で見ていた。
「…殺せ。」
「……。」
ギドが諦め、そう小さく言うのを、シンリァは黙って聞いていた。
返事は返さない。

「…殺してくれ。」
今度は請うように彼は言う。
「私はもう殺さない。」
それに彼女はそう返し、横目でルナティスを見た。
視線を交えた彼は、それでいいというように頷いた。

「…どうせ、三度目だ。」
他人には分からなかっただろうその意味は、同業者であるシンリァには分かっていた。
暗殺者の失敗は三度目は許されない。
与えられた仕事を三度失敗すれば、処分される。

シンリァはそれでいいと思った。
アサシンギルドの処分は苦しむことなく、静かに実行される。
だがここにいる他のメンバーはそれを許さないだろう。
目の前にこれから殺されると分かっている人間がいるのに、放っておくはずが無い。
どう答えていいか、彼女はしばし言葉に悩んだ。

「一度目は…」

ギドが掠れた声で続けた。
周りの機械は役目を終えて全て眠っている。しんと静まり返ったその部屋には掠れた声でもよく響いた。
「アンタの、首を持って帰ること…」
「…っ」
シンリァは息を呑んだ。
その言葉で思い出した。

「…そうだ、何故あの時…私に止めを刺さなかった。」
問いかける彼女からギドの顔は良く見えなかった。
アサシンの中で少々目立つ、モロク地方特有の褐色の肌と、そこの部族特有の白髪。
だから思い出せた。
10年前にシンリァを暗殺した暗殺者、それについていた“監視者”がこのギドだった。

彼はまだ息のあったシンリァの首を獲らなかった。
彼女が逃げ出すまで、手を出さなかった。

「…お前を、殺せなかった。殺したくなかった。」
奥歯を噛み締め、ギドが唸るように言う。
「お前を殺せば…俺は、狂ってしまうように、思った。お前の死に目を見たくなかった…。」
「……。」
「それなのに…お前は死んだと思ったのに、生きていると…。
だから、お前が蘇らないうちに、ヒショウごと消そうとした。」
「…それも失敗した。それが二度目、か…。」

ギドが自嘲気味な乾いた笑いを漏らしていた。
「結局…俺にお前は、殺せなかった。 それなら…どうせなら…
ギルドに処分されるより、お前に殺されて終わりたい…。」
その場にいる全員が悟った。
ギドはシンリァに対し、暗殺者として抱いてはいけない感情を抱いてしまった
そして“シンリァ”という暗殺者に対して抱いてもいけない感情。

「…馬鹿な男。」

昔の彼女なら、ギドのそんな思いなど簡単に切り捨てられただろう。
けれど10年も温かい人の感情に触れて、自分に向けられる全ての思いを温かいと感じていた彼女には
彼のそれも切り捨てられなくなっていた。

冷たい床に倒れているそのアサシンが小さく、哀れに見えた。





「って拾ってきちゃうあたり、やっぱり私ってルナに感化されてるのね〜。」
「うんうん。それは良いことだよ〜。」

数時間前までの緊張感はどこへやら。
広いインビシブルのギルドハウスへ戻ってきた一同はのんびりとお茶を飲んでくつろいでいた。
とくシンリァは昔のガラスの様な気高さは微塵もなく、遠めに見ているイレクシスとギドを項垂れさせるほど、ルナティスにくっついて明るく話している。
ちなみにギドは念のため縄でぐるぐる巻きに縛り上げているが、これでもアサシンギルドに始末されてしまわないように保護するためだった。

「イレクシス、その…彼女は10年ルナティスと一緒にいたわけだから…」
「…分かっている、ルナティスにはちゃんと感謝している。のだが…」
シンリァの豹変に耐えられないらしいイレクシスの手は震えている。
彼女をそこまで変えてしまった原因であるルナティスを時折見てはため息をついている。

彼がシンリァに与えた影響はいいもの、であるはずなのに…
「てか思ったよりもルナ背、高いのね。」
「一応成人男性の標準くらいはあるし。てかヒショウの視線は高いでしょう。」
「そうそう、背は高いし足長いし…。いいなぁ〜戦いやすかったわ〜。」
「シンリァ美人だからいいだろ。」
「やだもうルナったら〜w ルナもあと10年すればもっとイイ男になるね。」
「あははーあと10年したら僕30になっちゃうんだけどー。こんな童顔でも20ですよ僕はw」

「…誰だ、あのアコライトといちゃついている娘は…あれが…あれがシンリァの筈は…」
椅子に縛り付けられているアサシンが項垂れてブツブツと呟いている。
同じく項垂れて黙り込むイレクシスを交互に見て、ルナティスとシンリァ以外の一同はため息をついた。



「…ね…さん」
何も言わずに突然、ギルドハウスを出たレイを追いかけてシェイディが外へ出た。
まだ彼女への恐怖は拭えてはおらず、姉さんと呼ぶのも一瞬はばかれた。
それを彼女は以前の様子は微塵も見せずに笑んで振り返った。

「その…突然、出て行くから…。」
「…シンリァがちゃんと復活できたか見たかっただけだからな。…私はあまり君らに関わっていてはいけない。」
彼女は世界の法を破り、禁忌に手を染め、追われる身だ。
それに皆が巻き込まれることを心配してのことだろう。
そう思えばシェイディは何も言えなかった。

「…じゃあ…助けてくれてありがとう。」
まるで彼女を引き止める言い訳を考えるようにして、思いついた謝礼を口にする。
レイは今度はどこか泣きそうな笑顔を浮かべていた。

「どういたしまして。…本当はもっと早く行きたかったんだが…場所がよく分からなくてね。」
「…あ、そういえば。今回のこと…万が一アンタの顔がアサシンギルドに知れたら、って思って知らせなかったんだろ?
なんで今回のことを知ってたんだ。」
「君らが心配せずとも、私は既にアサシンギルドに狙われている。」
アサシンギルドに限らないが、と事の重大さを感じさせないように笑う。

シェイディの絶句を気にせず、レイは続けた。
「それでもここまで無事だったのは、ギルドに内通者がいるからだ。
あらゆる情報をそこから得ていて、私の情報は既に書き換えてある。
あとはあちらがどこを中心に探すかを参考にして、逃げ回っている。」
「……。」

「シンリァの存在確認。シンリァの暗殺指令。
ヒショウの暗殺失敗。シンリァの最終暗殺指令。
いくらか情報が遅れたけれど、全部聞いた。
それで勝手ながら軽く準備して、助太刀させてもらった。」
「そうだったのか…。」

違反から手を引いたとはいえ、レイがどれだけ大変な状態なのかを遠まわしに知らされて、不安になった。
以前ならこんなにも彼女の心配をすることなど無かったのに。
レイもシェイディのその思いに気づき、心温まっていた。
親愛なる弟に自分を見てもらうことを彼女は望んできていたのだから。

「シェイディ」
「!?」
名前を呟き、レイは彼の胴に腕を回し抱きしめた。
「少しこのままでいさせてくれ。」
シェイディは狼狽したが、彼女の声がどこか切羽詰っていて思わず従い、そのままでいた。
腕のやり場に困り、なんとなく抱き返すのはおかしい気がして彼女の腕に添えた。

逃げるかと思った。
けれど、逃げずにいてくれた。
それだけで、長い間求めていたものを得られた気がした。

―――もう、私には心残りはない筈だ。



「お別れだ、シェイ。」