初めて誰かの為の戦いをする。
初めて自分の為の戦いをする。
初めて命を掛けてはならない戦いをする。




―――今度蘇った時は、もう一人じゃないよ。

ルナ…天使の様な人だった。
ずっと汚い人間と、汚い自分を見てきた中で、初めて会った根っからの“聖職者”。
日の光のような匂いをしていて、汚れたこの心を洗い流してくれるような人だった。
一身に浴びせてくれる優しさが大好きだった。
あの人に、自分の身体で触れて、自分の声で話したい。


「…シン、リァ…」
耳元で声がした。
ルナティスの。

彼に抱きしめられているのか、とても温かい。
けれど、同時に…

血の匂い。

「……ルナ…?」
求めるように呟く自分の声が、自分のものではないように思えた。
電気をつけたように視界が突然フッと開けた。

この目ではない、別の人間の目で見慣れた顔。
自分の目で見られるときが来るとは思わなかった。
思わず泣きたくなるほど嬉しくなった。

手を伸ばそうとしたら、彼の姿が視界から消えた。
そしてドサリと彼の倒れた音。


「………ルナ!!」
起き上がり、彼が倒れた寝台の脇を見た。
横たわった彼の下に滲む赤い液体。
昔から嫌というほど見てきた、人の暖かい体液。
ルナティスの。

顔を上げれば、この場にはそぐわない人間が居た。
冒険者ではない、人を殺してきた目をしているアサシン。
シンリァは見覚えがあり、思い出した途端全身総毛だった。


「ギド」
本当ならば叫びだしたい怒りを感じた、それを押さえつけ、凍てつかせたのはアサシンとしての経験から。
視界が鮮明に写った。
得物は無い、防具も無い。
けれどシンリァはルナティスを庇うように前へでた。

「貴様…ルナを…」
低く唸るように言いながら近づく丸腰の相手に、ギドが一瞬たじろぎ一歩退いた。

長い髪が彼女の動きに反応して揺れる。
自然に悖る動きであるのに、まるで魔法かのようだ。
そして彼女の足元から立ち上る青白い光。
冒険者としてのランクの最上位に達したものが得る、オーラだ。


「シンリァ…僕は、大丈夫だから…」
後ろでルナティスが荒い息遣いのまま、そう言う。
わき腹を背から腹にかけて深く刺されていて、急所は外れたもののほうっておけば危険な状態。
ルナティスはなんとか自分自身にヒールをかけて命をつなぎとめている状態だった。

シンリァはルナティスの脇にしゃがみこみ、傷の具合を確認した状態のまま地を蹴った。
地に這っているかのような低い大勢のまま、背後に…ギドの脇をすり抜けて、そのすぐ後ろの足元に。
「…っ!」
体勢を整えて攻撃する暇はないと判断し、ギドはがむしゃらに短剣を振るった。
ギドの後ろの右足元に体勢を低くして構えるシンリァ。

狙いの定まらぬ攻撃はシンリァに軽くかわされ、開いた脇腹に蹴りが入る。
体勢を崩され、そこに更にもう一撃周し蹴りを入れられ、ギドは完全に床に転がった。
そこへ更にとどめに手刀を落とす。
だがそれがかなう前に脇からモンクの女が拳を叩きいれに来ていた。
ギドへのとどめを諦めてシンリァはバックステップでそこから一旦引いた。

シンリァ以外で唯一耐えていたアレクも、地に伏せていた。
床に転がる仲間達の体を見回して、孤高の戦士の如く彼女は凛と立っていた。
「外界から隔絶されたエリアで実験をしてたのがアダになったね。カプラの生命維持装置が作動しても、救助要請はできないよ。」
ギドと並んでいるモンクがいやな笑みを浮かべながら腕に装備していたナックルを付け替えている。
対シンリァ用の武器だろう。

「このままだと皆死ぬ。アンタが大人しくまた死んでくれるなら、他の奴らは助けて…」
言い終わらぬうちにシンリァの姿が消える。
バックステップを使い、モンクの足元に彼女は飛び込み、伏していた。

反射的に繰り出された彼女の一撃を、シンリァは舞い落ちる木の葉のようにふわりとよけた。
避けられたという実感もないまま、その喉笛を“暗殺者”の手付きで突かれる。
本当ならば、その喉笛をもぎ取っていく事もできただろうが、彼女はそうせずに潰しかけてすぐに放した。
そして怯んむ瞬間に後頭部肘鉄を落とし、あっけないほどにモンクは昏倒した。



―――私が死ねば…ルナも、ヒショウも、シェイディも、イレクシスも…インビシブルのメンバーも、きっと泣いてくれるんだろう。

それはそれで嬉しいけれど、彼らを泣かせたくは無い。
軽いステップでギドの間合いに入る。
「…っ」
彼の焦った一撃をかわして、その顔面に蹴りを入れた。
つもりだったが足はそこへ届かない。
10年近くもヒショウの体の感覚であった為、感覚がそれに慣れてしまっていた。
シンリァの身体はヒショウのそれよりも一回り小さい。

その事実に一瞬焦ると、次々と自分の不利を意識しだして、思わずシンリァはバックステップで間合いを取り直した。
シンリァには武器がない。身を守る防具がないのはまだいい、アサシンの得手は避けることだ。
だがその避ける力を増幅させる、ウィスパーカードの入った防具が欲しいところだった。
それと、ギドの後ろに立つプリーストをどうにかしなければ…。




「こんばんわ、お届け物でーす。」

突然、場違いな呑気な声が部屋の入り口から響いた。
「ぎゃっ!!」
爆発音にも似た鈍い音。
それと同時にその入り口近くで支援をしていた敵方のプリーストが、短い悲鳴を上げて壁に叩きつけられていた。

床に倒れた彼の口から夥しい血と吐瀉物が流れた。
「…やりすぎたか。まぁ、刃は立ててないから、肋骨潰れた程度だろ。」
そう言いながら、確かに血のついていない剣を肩に担ぎなおしたのは、長い銀髪の騎士。

「レイさん…!」
「ルナティス、待たせた。」
シェイディと同じ顔。相変わらず男の格好をしているシェイディの姉であった。
彼女は担いでいた皮のバッグを掴み、大きく上に投げた。

弧を描いてそれが落ちる先は、シンリァの腕の中。
「それなりの装備が入ってる。アンタには十分すぎるだろ。」
レイに言われ、シンリァが頷く。
相手に支援役がいないのなら、武器だけでもギドは倒せる。
バッグの中に入っていたのはウィスパーカード付きのマントと、ソルジャースケルトンのカードが2枚刺さったカタール。
そしてコボルトカードの刺さったロザリオが二つ。たしかに十分すぎる。

「皆を。」
「分かっている。」
シンリァがそれらをつけたのを確認してから、レイは構えていた剣を降ろし、床に転がっている仲間の方へ走り出した。