誰よりも傍にいてくれた。
そして誰の傍にでもいた。
そうして皆を繋げていった。
俺の親友、そして皆の親友。
「私も、ギドも、アサシンギルドから逃げなきゃならない。
特に私はただの脱走者じゃない、あそこの機密情報もよく知ってる。
私の始末理由は仕事の失敗じゃない、組織の為に消さなければいけなかった。」
昨夜はまるで宴会のように皆で騒いでいた。
けれど、それがある意味で最後の晩餐だったなんて、皆知らなかった。
ギルドハウスで夜を明かした一同がおきだしてくるなり、シンリァは突然切り出した。
「フェアリ・アレイから誘いがあったの、一緒に逃げないかって。
彼女は多くのギルドと内通してる。アサシンギルドの情報も多く得られるから逃げ易いだろうって。
プロンテラがもうじき私たちには危なくなるというのも、彼女の情報よ。」
フェアリ・アレイ。シェイディの姉である騎士。
皆がシェイディの方を見た。
昨夜は何故か思い悩んだ風で、早めに席を抜けていた。
彼は姉から事情を既に聞いていたらしく、知っている、と頷いて答えた。
「…俺は」
「来ないなんて回答は許さない。私の前に再び姿を現したからには死なせはしない。」
ギドは口を開いた瞬間、シンリァが強くそれを制した。
彼女も真剣なのだろう。それは昨夜にギドとイレクシスを落胆させた姿ではなく、過去の気高いアサシンの姿だった。
ただ、言っている言葉は過去とは正反対だが。
「…私と彼女の出立は明日の明け方。まずはカプラサービスと、やとってあるポタ屋を伝って少し遠くへ行くらしい。」
彼女のその報告を最後に、その場で誰も口を開くことはできず、朝食を終えて解散になった。
「お前がいきなりこんなこと言い出したのは、あれが理由か。」
「……ええ。」
地下とはいえ、場所は砂漠。蒸し暑さで二人は水を回し飲みして休んでいた。
汗だくなのはそれだけではなく、二人で激しい狩りを続けていたからだ。
シェイディとマナは二人でモロクの町の傍らにあるピラミッドの地下へいた。
まだ朝早い為にどこを見ても人の姿が無い。
「いろいろあったけど、お前も頑張ってたんだな。この調子で行けばあと2時間くらいで転職できる。」
「姉さんがあんなに強くなってて、いかに自分が怠けていたか実感させられたんで。」
「…言っちゃ悪いが、レイねーさんのは」
「規約に背いて得た力でも、あの人は俺よりは苦労してたはずですから。」
通路の向こうから、牛の顔をした巨人ミノタウロスが迫っていた。
すぐさまシェイディが立ち上がり、マナはアドレナリンラッシュとウエポンパーフェクションを唱えてすぐに座る。
補足すれば、二人がやたら汗をかいているのはアドレナリンラッシュのせいでもある。
「本当に変わったなァ…シェイディ。」
マナの呟きは、必死の交戦中である彼には聞こえない。
夕方のプロンテラをブラックスミスの男女がくっついて歩いている。
だが決して甘い雰囲気を出しているわけではない。
「膝が…腰が…マナさん、ちょっと座らせてくれ…」
「ほらほらがんばれ若造、あとちょっとだから。」
ブラックスミスはもちろん、転職を終えたシェイディだ。
冒険者レベルをあげるのももちろん速攻で済ませ、転職試験もマナの記憶を頼りにいろんな町中を走り続けてあっという間に済ませた。
マナはそれでバテたシェイディの腕を担ぎ、彼をひっぱりながら二人分のカートを引いている。情けないと思いながらもどうにも動けないシェイディだ。
――― …それなりに、鍛えてるつもりだったんだけどな…
マナの汗と香水が混じって香る。
触れている身体は女性とは思えぬほどに鍛えられているが、体のラインは滑らかで艶めいている。
大人の女性の身体だと思うと顔が熱くなった。同時に自分が子供だと思えた。
「なあ、シェイディはこのままでいいのか?」
「え…」
マナも疲れたのか、話を切り出して路地の端に移動して腰掛けた。
「レイ、遠くに行くんだから、下手したらもう会えないかもしれないじゃないか。」
「…それは…分かってますけど」
シェイディは視線を下げて、唇を噛んだ。
「実を言うと、今でも悩んでるんです。今では彼女を大切な姉と思ってます。
俺に気を使って、ルナティスのところに遊びに来るって名目で来て
いろいろ気に掛けてくれるし…そんな優しさが、なんだか嬉しくて。」
シェイディも、姉の過去の姿を思い出して怯えているばかりではなかった。
ちゃんと現状を見て、彼女を受け入れている。
二人の様子が見れなかったために心配していたマナは思わず笑みを漏らしてシェイディの頭に手を置いた。
子ども扱いされても、マナからしたら自分はまだ子供なんだと思っている彼に不快感は無かった。
「姉さんを一人で行かせたくないけど…こっちにも、つながりを切りたくない人がいるんです。」
「…ルナティスとヒショウか?」
「それもそうだけど…ギルドのメンバーとか、マナさんにも…まだいろいろと恩を返せてません。」
深刻に悩んでいるシェイディに比べ、マナはどこか呑気に相槌を打っていた。
「じゃあお前が架け橋になってくれりゃいい。」
それから暫く悩みこんでいたシェイディに、彼女は突然そう言って何かを差し出してきた。
金色っぽい透明な宝石の結晶。露店で何度か見かけた、ギルド創設の際のメンバーの架け橋となるエンペリウムと呼ばれる魔法石だ。
「私が考えた案だけどな。これで、お前がギルドマスターになってヒショウとか、うちのメンバーとか、望むやつが入ればいい。
それでも連絡の取り合いは難しいかもしれないが、時々は連絡できるだろうし、つながりもできるだろ。」
「……。」
目を丸くしたた、手の中の魔法石を見つめていた。
確かに、名案だと思った。同時に新たな疑問が浮かぶ。
レイを入れてプロンテラに残るか、プロンテラの面々を入れてレイに付いて行くか。
「ま、後はお前で考えろ。お前がどんな答え出しても、悲しむやつはいるかもしれないが責めるやつはいない。」
また子ども扱いされて、頭を撫でられる。
「……はい。」
けれど、右にも左にもいけなくなっていた自分に道を作ってくれたマナに心から感謝した。
カシャン、と音を立てて呆気なくグラスが割れてしまった。
洗い物をしていて、持っていたグラスを流し台に置いてあったグラスにぶつけてしまった。
「あ……」
ヒショウが呆然としながらも、片付けなければという思考だけでそれに手を伸ばした。
その手を横から掴まれとめられた。
「ヒショウ、座ってて。」
ルナティスがそう言い、ヒショウを押しのけて片付け始める。
まだしっかりと力が入らず、震える手を見てため息をついた。
シンリァを分離する為の機械に掛かってから、どうも身体の調子がおかしかった。
これでも徐々に治っているし、イレクシスも脳が昏倒しているだけで時間がたてば治ると言うから大丈夫なのだろう。
「すまない。」
「別に、食器1セット余計になるからいいよ。」
謝ってから手を拭いていて、ルナティスがさりげなく言った言葉に遅れて疑問を持った。
「…余計に、なるって?」
「シェイディ。多分出て行くだろ。」
言われ、ヒショウは目を丸くした。
「なんでそう思う?」
「僕らはシェイディに“居て欲しい”と思ってる。でもレイさんは違う、“必要としてる”から。」
ついでのように、シェイディはいい子だよ、と彼が呟いた。
それを聞いて納得した。シェイディなら自分がどちらにいたいかではなく、どちらがより必要としているかで選ぶだろう、と。
それならば間違いなくレイの方がシェイディを必要とする。
「けれど、本当にそうか…?レイとはずっと不仲だったし、トラウマもあっただろ。」
「言っただろ、シェイディはいい子だよ、って。レイさんの誠意は伝わってるし、彼女の気持ちも分かってる。
レイさんがしっかり改心したのなら、彼はちゃんと受け入れられるよ。」
なんでも分かりきっているようにそう言いきるルナティスを疑問に思う。
人の気持ちなんて、そうそう分かるものではないとヒショウは思っている。
けれど、現にルナティスは他人の思いをよく分かり、それでレイやシンリァを解きほぐしていた。
「今更だけど、お前は結構すごいな…」
「それは褒め言葉だよね?」
「もちろん。」
シンリァが離れて彼女に恨まれていなかったと知り、晴れた心でやっと実感する。
どんなにこの幼馴染に救われてきたことだろう。
「…ありがとう。」
「…どういたしましてー」