分かってるんだけどね…私は寄生虫みたいなものだって。
でも寄生虫だって消えるのは嫌だしつまらないのも嫌なの。
だけど、そんな私と笑顔で向き合ってくれるアンタは結構好き。
だから、私は結構楽しんでる。


 

 

シェイディがヒショウの衝撃の秘密を知ってしまった翌朝。
早起きの彼は狩りの支度をして、またやることに悩んでいた。

さっさと狩りに出かけてもいいのだが、なんとなく、朝食はあのふたりと食べたほうがいい気がしたからだ。
ヒショウが普通じゃなかったからといって、ここを出て行く気は無い。何故だが、その気にならない。

彼らとうまく付き合っていけるように、少しでも彼らのことをわかりたいと思っている。

 

 

「う…」

朝の日差しが顔に当たってまぶしい。
ヒショウはベッドからのっそと上半身を起こして、光が差し込むすぐ脇のカーテンを閉めた。

「………」

猛烈に眠い。
だが今日は用事があるのを思い出して、起きなければ…と思った。
しばらく、まだ寝たい、とつげる重い瞼と争い、数分後、やっとベッドから降りた。

ふらつく足で部屋をでると、即効でルナティスのやけに明るい声が「おはよう」と言ってきた。

目の前には朝食が三人分並んだテーブル。
ルナティスもシェイディも、ヒショウが起きるのを待っていたのだろうか。

「…おは、よぅ…」

シェイディが目に入った瞬間、喉から声がなくなってしまい、はっきりと言い切れなかった。
毎度のことながら、そんな自分に嫌気が差す。

「ご飯食べる前に顔洗ってきたら?すごい眠たそうだよ」

ルナティスがにこにこしながら言ったのは、ヒショウがまたシェイディに怯えたから、気をきかせたのだろう。
それとも、本当に眠たそうな顔をしているのだろうか。

ヒショウは小さく、ああと返して、洗面所に向かった。

 

 

「…眠たそうだ」
「だねぇ〜」

ヒショウが顔を洗っている間、2人は朝食に手をつけずに待っていた。

「…ひょっとして、いつもああなのか?」
ああ、とは、ヒショウが寝ている間にも、第二人格の痴女が起きて歩き回るせいで、彼がしっかり睡眠が取れないということである。

「いや、“彼女”もヒショウのこと気遣って、ヒショウがちゃんと起きてるときに時々出るくらいにしてるみたいだけど…昨日は新しい同居人ができて、はしゃいでたんだろうね。」

シェイディとルナティスと散々騒いだ後、彼女は真夜中だというのにどこかへ出かけていってしまった。
心配ではあったが、あっちの“ヒショウ”は無茶なことはしない、とルナティスが言うので、二人は寝床に入った。

そしてヒショウが帰ってきたのは明け方で、しかも手土産に雌盗蟲のカードとかいうものを持って帰ってきた。
速さや回避が上がるということで、体力皆無のシェイディにはとても嬉しい物だ。

盗蟲なら、ヒショウにとっては何匹群がられても平気な雑魚だが
それでもカードとなるとそう簡単に出るものでもない。
激しく雑魚の落とすカードや、あまり使えないカードでも、露店ではそれなりの相場になっている。

「アタシ、こうゆう微妙なレア運は強いのよね〜、とりあえずシェイディにプレゼンツ〜。」
彼女(一応)は笑いながらそんなことを言って、カードをくれた。

そんなこんなで、きっとヒショウの“体”は休めていないだろう。

 

 

「ごちそーさま!」
まだヒショウとシェイディは食べ終わっていない中、異様の速さで食べ終わったルナティスが大きな声でそういって、食器を自分の分だけ片付け始める。

「ヒショウは今日もフェイヨンに行くのか?」

シェイディにいきなり話を振られて、ヒショウはウサギのようにビクッと反応した。
彼がいちいち怯えるのは、シェイディはもう気にしないことにした。

「…あ、いや…今日は…」
ヒショウは何か言おうと口を開くが、その先を言わない。

声が出なくなっている。
それに気づいたシェイディは、心のどこかでため息をついた。

やっぱり、これは重症すぎだ。

 

「え!!なに!今日はフェイヨン行かないの!!?」

喜びをあらわにして、ルナティスがキッチンから飛び出してきた。

「今日は、というか、しばらくは下水に通おうかと思うんだ。」
ルナティスが出てきた途端に普通に話し出すヒショウに、シェイディはちょっと肩の力が抜けた。

 

「下水…?」
首をかしげるシェイディに、ヒショウが向き直って説明しようとした。

が、彼と目が合った瞬間、また黙り込んでしまった。

…ヒショウには失礼だが、ちょっとうっとおしい、とか思ったシェイディだった。

「プロンテラで、騎士団が下水のモンスターの駆除を手伝ってくれって、冒険者に呼びかけてるんだよ。
ネズミとかゴキブリとかがわんさかいるらしいけど、一部の冒険者にはお金になるだの、経験値になるだのって人気なんだ。」

「ふーん…」

「それはそうと、じゃあヒショウ、気をつけてね。フェイヨンよりは安全だろうけど」

「あ、ああ。」

 

それからヒショウはすぐに騎士団に申し出に行った。

 

 

 

 

「ヒショウ、1人で行かせて大丈夫なのか?」
もう行かせた後なのだが。

シェイディはプロンテラ南の森で休憩中に、そんなことを言い出した。
ちょっと疲れた二人は木陰で座っている。

「僕は付いていきたいけど、僕らが下水の奥の方なんて行ったら群がられて即死だよ?」

ルナティスはなんだか赤黒くなったメイスを布で拭きながらそう返してくる。

彼は見た目によらず、戦い方は豪快だ。
シェイディには持ち上げるのもつらいメイスをブンブン振り回し、ポリンやファブルといった雑魚敵も容赦なく叩き潰している。
彼は戦闘中は、なるべくルナティスのそばによらないようにしていた。

「違う。…“あの女”が勝手に出てきたりして、危険じゃないのか」
「ああ、多分健全なアコライトさんとかプリーストさんには危険かもね。」

どうゆう意味だ。

 

「大丈夫だよ。“彼女”は僕よりもヒショウを守ってくれるから。」
ルナティスはぽかぽかした木漏れ日ような笑顔を浮かべる。

「…。」
だが、ヒショウを使って好き勝手暴れているような気がする、とシェイディは心の奥で思った。

 

「昨日だってさ、ヒショウがカード持って帰ってきただろ?」

ルナティスの言葉を聞いて、シェイディは腰につけていたポシェットを探り、『雌盗蟲のカード』と『盗蟲のカード』を取り出した。
昨日、ヒショウが夜中にどこかへふらりと出かけていって、シェイディにプレゼント、とか言ってよこしたカードだ。

「そう、それ。それ、下水にいるゴキブリが落とすんだよ。」

「え…」

「きっと、ヒショウは昨日の夜、遊びに行ったわけじゃないんだよ。
ヒショウが今日下水に行くと知っていたから、先にそこへ下見に行ったんだろうね。
どんな場所か先に把握しておいて、ヒショウが危ない目に遭わないようにさ。」

シェイディはしばらくカードをじっと見つめていた。

 

なんだか、感動していた。

彼らが心の奥でしっかりと繋がっていることに。

あのなんだか危ないとしか思えなかった女が、しっかりとヒショウを守ろうとしていたこと。

それを、ルナティスが見かけに惑わされずにちゃんと見据えていること。

 

この人たちは、なんだか自分の知らない人種だと思った。

 

 

 

「ブレッシング!速度増加!」

静かだがどこか遠くでする物音が怪しいプロンテラ下水道。
そこに少女の支援魔法の詠唱が響いた。

支援を受けたシーフは、先ほどまでとは人が変わったような身のこなしと速さで、大量に群がってきていた大小様々なゴキブリを着々と切り捨てていった。
そしてその場にはあっというまに生き物は消えた。

 

「ありがとう、ちょっと困ってたんだ。」

黒髪の、見た目は陰気そうなシーフは、以外にもアコライトの少女に明るく笑いかけてきた。
ありがとう、と言われる度に心が温かくなる。アコライトの少女は微笑み返してその場を去ろうとした。

「あ、待って。」

シーフがバシャバシャと水音を立てて駆け寄り、何かを差し出してきた。

傍に寄って立つと、少女の身長はシーフの腰程度しかない。まだ小さくて幼い。
なのに、もうアコライトなんだから、きっと将来は素敵なプリーストになるだろう。

「支援の代金。受け取って。」

少女はおずおずとシーフが差し出したものを受け取る。
その手に乗ったのは、さっきまでシーフが付けていた、骸骨が彫られた指輪だ。

「生憎、君に似合うような可愛い指輪は無いんだけどね。売れば2000zにはなったと思うから。」
「えっ!!そんな、いいですよ!」

2000zで慌てて遠慮をしだすということは、このアコライトは冒険者になって間もないな、とシーフは思った。
実をいうと、本当の売価は5000zなのだが。
よく見れば、防具もそんなに良いものでもない。

そんな姿が初々しくて、口元が緩む。
「(てゆーか萌える。)」

「骸骨の指輪は結構あるからさ。気にせずに受け取って。いらなければ捨てちゃってもいいよ。誰かが拾うだろうし。」
「いえ、そんな…ありがとうございます。」

シーフはにっこり笑いながら少女の頭をポンポンと叩いて、下水の奥へ走っていった。
彼女がかけてくれた、速度増加の支援魔法のおかげで進みが速い速い。

 

「…さすがに、あの歳じゃナンパするにしても犯罪だしなー…」

シーフが走りながら呟いた、そんな不純な独り言は、もちろん少女には聞こえなかった。

 

 

そしてしばらく走っていると、異様に軽かった足が段々と重くなった。
支援魔法が切れてきたのだろう。

結構ところどころに冒険者が散らばっている。
そのシーフは人気が無いようなところで足を止めた。

「ここらへんでいっか。」

小さく呟き、彼はそっと目を閉じた。
それは主導権交代の合図。

 

「……ん?」

さっきまで会う人に笑顔を振りまいたり、応援の声をかけたりしていた人物は
目を開けた瞬間、寝起きのような顔をして、あたりを見回していた。

「(……俺、いつの間にここまで来たんだ…?)」
ヒショウは1人で首を傾げて悩んでいたが、まぁいいか、と思考を切り替えて、愛用のスティレットを構えた。
ゴキブリは程よく沸いていた。

 

彼は知らない。

彼の感じることのできない彼自身の体の奥に
初々しいアコライトやら、女性プリーストの妄想に耽って興奮している、怪しい女がいることを。

 

 

「で、今日も僕がペコペコに手を出し、群がられて危なくなった。」

夕方、大量の収集品を倉庫に預けて家路につくと
ベッドでシェイディに手厚く介抱されているルナティスがいた。

ペコペコという大型の鳥のモンスター。
騎士やクルセイダーが乗り物として活用していたりもする。
今のルナティスとシェイディでは確実に返り討ちになるだろう相手だ。

ヒショウもシーフに成りたてのころは一人で切りかかり、何度か殺されかけた。
その度に、気がつけば最寄の町でぐったりしていた記憶がある。毎回運良く誰かに助けられたのだろう。

 

「まあ、大きな怪我がなくてよかった。」
「うん、すぐにシェイディが助けを呼んでくれたから。」

心底ほっとした様子のヒショウは、シェイディの方を見て、一瞬言葉につまったが、それでも小さく「ありがとう」と言った。

「いや、どういたしまして…」
シェイディがそう返事を返すころには、ヒショウはまたいつもどおりに、うつむいて黙り込んでしまっていた。

 

 

 

「ルナ、寝てろ」

キッチンで野菜スープを作っていたら、いつの間にかルナティスがテーブルにちょこんと座っていた。
床についているルナティスのためのスープだったのに。

「もう傷口はふさがってるから大丈夫だってばー。それよりお腹空いた〜」
「……」
そう言われても、俺は料理は得意じゃない。
今作ったスープだって、はっきり言って味の保証は無い。

 

「風呂、開いたぞ」
二人がそんなやりとりをしている中、ヒショウがバスルームから出てきた。

「はーい。…どうでもいいけど、髪は拭いてから出ようよ、ヒショウ」
「ん…ああ、悪い…早く寝たかったから…」
「それで寝たら風邪引くよ?」
確かに、彼の髪はまったく拭かれていないように、水がボタボタ垂れていた。
ルナティスが棚からタオルを出して、ヒショウの肩にかけ、もう一枚で髪をガシャガシャとかき回す。

 

「あと、これ…」

ヒショウが髪をルナティスに拭かれながら、テーブルにビニール袋を置いた。
口が縛られたその中には、緑色の液体が入っていた。

「何これ」
「俺についてたべと液。」

「「え」」

シェイディとルナティスはそれを聞いて固まった。
べと液とは、正式名称べとべとした液体。一応収集品のひとつだ。
…ゲテモノから出そうな液体である。

「明日売っておいてくれ。俺はもう寝る…」
ヒショウはそう言って、目をこすりながら部屋に入っていってしまった。

 

「…どんなとこだったんだろうね、下水…」
ビニールに入っている大量のべと液を見ながら、ルナティスがつぶやいた。

「…とりあえず、行きたくない…下水…」
収集品として集めたならまだしも、体に付着していたのをとっただけで、これだけの量になるとは…

二人の頭の中で、下水はどんどんグロテスクなものになっていっていた。

 

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