どうしてあんたはそんな生き方ができるんだ。
あまりにも無欲で…純粋。
別にあんたの味方をするつもりは無いが
あんたを見ていると、俺の何かが傷む。
寝付けない。
シェイディは眠れない夜にイライラしてきていた。もう半ば眠ることをあきらめて、夜食でもつまもうと部屋をでた。
「ッ!!?」
薄暗いリビングのテーブルに、ヒショウが突っ伏していた。
目の前にいきなりそんな彼を見つけて、心臓が跳ね上がる。「んん?なに、シェイディかぁ…」
彼(いや、口調や態度からして“彼女”だろう)がこちらを見てからまた突っ伏した。「眠れないのぉ?」
顔を伏せたまま聞いてくるのに、ああと小さく応えた。「…ヒショウ、寝なくていいのか?」
「いいわけないじゃん。すぐ寝るけど、私にだって感傷的になる時間を持つ権利くらいあるでしょ?」彼女は口元に笑みを浮かべ、立ち上がった。
微笑んでいても、それは悲しい微笑みだった。
「…ココア作るけど、飲む?」
「小腹が空いたから、何か食べるものは」
「肉入りのサラダでも作ろうか?」
「肉はいい」
「OK」ヒショウはキッチンへ引っ込んでいった。
初対面が初対面なだけに、少々警戒していたシェイディだったが、意外とすんなり話せた。というか、思ったよりも“彼女”が普通だった。
数分後にヒショウが持ってきた程よい量のサラダをペロリとたいらげ、シェイディはヒショウを向かい合ったままぼーっとしていた。
「眠れないなら、軽く寝酒でも飲む?」
「…じゃあ、少し」
「OK」さっきと同じテンポの会話で、彼女はまたキッチンに引っ込んだ。
持ってきたのは果実酒だがアルコールもそれなりに含まれているものだった。
シェイディの分だけコップに注がれる。「…飲まないのか」
「…下手に飲んでヒショウ酔わせるわけにいかないでしょ。」
彼女はまた悲しげに微笑んでココアに口を付けた。
シェイディは彼女の言葉にひっかかりを感じた。
“ヒショウ”である為に自由にできない生活を送る彼女の違和感。
そんな不自由に生きる彼女の存在意義は何なのか。
「…そんなに、ヒショウが大事なのか?」
思わず、口に出して聞いてみてしまった。「そんなに、って?」
「…自由に起きていられなったり、酒を飲めなかったり。そこまで…自分を犠牲にして、ヒショウを守ろうとするほど、ヒショウが大事なのか?」彼女は、なぜか驚いたような顔をして、シェイディを見ていた。
不意に視線を下げて、悲しげな微笑み。
「大事…なわけ、ないでしょ。」
鼻で笑う。
「ヒショウが怪我をすれば私も怪我をするから、
ヒショウが死んだら私も死ぬから守ってやってるだけ。
私は、誰よりヒショウが大っ嫌いなの…。」
私を作り出したヒショウが嫌い。
私を自由にさせないヒショウが嫌い。
アイツがメインだから、私はセカンドで
私は“ヒショウ”の中にある異物になる。
心の中にあったものをぶちまける様に言う彼女は
冷たい目、冷たい表情をして
涙を流していた。
「始めは、共存したかった。
こんなコソコソ隠れて、アイツを守ってやるんじゃなくて
お互いに支えあっていけたらイイと思ったの。でもね、私の存在を知ったアイツは何したと思う?
ルナに『俺はイカレてる、消してくれ』って言って死にたがった。
死ぬ勇気なんて無いくせに、ルナにそんなこと言って喚いたの。
何度も刃を首元に突き立てて、震えてた。『俺はイカレてる』ってうわ言のように繰り返して
ずっと泣いてた。
ずっとルナを困らせてた。私がヒショウの中にいることを
私が生きていることを否定した…」
静かに涙を流していた彼女が
最後には肩を震わせて、苦しそうに息を詰めて話していた。「私がアイツへの呼びかけをやめた途端に
アイツは全部を忘れて、ケロッとしてた。
私を、無かったことにしたの、あの都合のいい頭は。腹が立った…」
シェイディは何も言えず、ただ、聞いていた。
「…でもね」
不意に、彼女の表情が和らいだ。
「私が表に出なくなって、閉じこもっていたら…
ルナが、夜に枕元に立って『いなくなっちゃったの?』って聞いてきたの。」―――ヒショウ、もういなくなっちゃったの?
―――消されちゃったの?
―――もう、会えないの?毎晩のようにそっと声をかけてきた優しい声。
みんなに優しい彼は、寄生虫のような自分にも同様だった。
―――ずっと話しかけてたのに、なんで返事してくれなかったんだよ、ヒショウ!
応えたとき、彼はそう言って涙を浮かべて、でも嬉しそうに笑って…抱きついてきた。
彼だけは、私を否定しない。
私に優しく声をかけてくれる。
ごく、普通に。
当然のように。
私が在ることが当然のように。
存在することを許された。
救われた気分だった。
「ルナは私がいなくなった時に泣いてくれた。
ヒショウがいなくなった時にも泣くはずだから
あの人を悲しませないように、ヒショウを守ってやってるの。
…いや、私はずっとヒショウじゃなくて、ルナを守ってるのよ。」そう話すヒショウの表情は和らいでいた。
「もっと自分のために生きようって思わないのか?」
彼女の生き方が、シェイディは気に入らなかった。
「自分の好きに生きようと思わないのか?」
ヒショウは苦笑いをした。
「…私が自由になるってことは、本当のヒショウが自由でなくなるってことよ?」「けど、あんたはヒショウが嫌いなんだろ?」
シェイディがそういった瞬間、彼女は驚いたような顔をした。
「ヒショウを全然押さえつけようともせずに、同じくらい表に出ようともせずに、ずっと息を潜めてヒショウを気遣ってるだろ。」
「……。」
「なんであんたが嫌いなヤツの為にそこまでできるのかが、俺はわからない。」
「なんで、だろうねぇ…」
シェイディの言い分はよく分かった。
彼女にはもっと自由に生きてもいい権利がある。
だがそれでも、彼女はヒショウを押さえつけて自由になりたいと思わない。ヒショウを守らなければ、とただ思う。
ルナティスの為にヒショウを守らなければならないと…。
一番大事なのは、ルナティスだから。
けれど、そう思うたびに…何かがひっかかる。
「ヒショウに嫌われたくないからじゃないのか?」
ポツリと言ったシェイディの言葉に、ハッとした。
そうかもしれない。
ヒショウに嫌われたくない。認めて欲しい、と…どこかで思っている?
私のせいで、泣いて欲しくない。
私を嫌わないで欲しい。
『俺は…イカれてる…』
これ以上、私が嫌われたら
アナタが壊れてしまうから
「あっは…私って健気すぎっていうか、女々しいって言うか…」
自分でおかしくなる。
本当は、嫌いだと思っていた男に認めてもらおうとがんばっていただけ、だなんて
それに自分で気づいていないなんて、なんておかしな話。
「なに、シェディ君は私の味方してくれるわけ?」
自分で話を反らすように、彼に笑いながら問いかけた。「別に、どっちの味方でもない。ただ、思ったことを言っただけだ。」
無愛想な少年は、もうさっきの話題のことなど興味なさそうに、ココアを飲んでいる。
誰の味方をするでもなく、何かを諭そうとするわけでもない。
ただ彼は、自分に正直で、思ったことをただ口にするだけ。悪く言ってしまえば、何も考えていないということなのだが。
彼は、嫌いではない。
「シェディ君」
「ん?」
「君さ〜今付き合ってる子とか、好きな子とかいる?」
「いや?」「つまりはフリーね!!」
ヒショウのその発言に、シェイディはワンテンポ遅れてから、彼女が何を考えているのか悟った。
「…ヒショウ、俺は男と付き合う気はない。」
「あら、体は男でも心はばっちり女よ」その言い方は、一般ではオ○マと言わないか?
「でもまぁ、一番はやっぱルナだからシェイディ君は予備軍ってことで。」
なんつーいい加減な…
「ルナ〜おはよ〜」
洗濯物を干していたルナティスに、窓辺でヒショウが手を振る。
その表情や口調から、女の方のヒショウだと分かる。
「おはよう、ヒショウ。朝から起きてるなんて、珍しいね。」
いつもどおり、ルナティスは微笑んで手を振り返してくれる。
そんな様子に、心が温かくなるヒショウだ。「あのね、私、昨日だけで大切なものがいっぱいできたんだ〜」
子供のように喜びを顔に表す。
ここまで嬉しそうな彼女の様子はあまりないので、ルナティスは少しだけ驚いた。
けれど、彼も嬉しくなる。
「え、なにそれ?」「ルナはもちろんだけど、シェイディもヒショウも大切だし、私自身も大切だな、って思ったの。」
窓の外のルナティスは、少しきょとんとしていた。
「よく分からないけど、なんだが僕も同じ。」
彼が微笑む。
その微笑を、守っていきたい。
いや、それも守っていきたい。守りたいものがもっとたくさんできた。
それは苦痛や負担ではなくて
存在意義。私はまだ、生きていられる。