俺は…本当にからっぽの人間だったんだな。
朝から町中を歩き回って、もう日は低くなってきた。
時々、いろんな身なりをした冒険者に声をかけて
どんなことをしているのか、少し聞いて回っている。ノービス(初心者)という立場上、みんな快く教えてくれた。
けれど、いまいち「これだ!」というのは無い。
やはり、アーチャーになってしまおうか…。
不意に、歌声が聞こえた。
女性の高音で、よく聞こえるが、澄みきっていて
静かにゆれる水面を思わせる歌。
シェイディは昔から歌や音楽が好きだったが、こんな歌ははじめて聴いた。とにかく、優しく、力強い歌。
シェイディは引き寄せられるように歌声の元を求めて歩き回る。
「…ん?」
不意に、その歌声の中に物音が混ざりだした。
鉄と鉄をぶつけ合っているような音がカンカンと響く。
それは歌声とは重ならず、不規則に聞こえる。けれど
不思議だった。
その歌声は不規則なその物音を手助けするように聞こえる。その物音がハッキリと聞こえるところに足が向き…
一軒の小屋にたどり着いた。
ところどころ木でできているのだが、大部分がレンガで立てられた小屋。
そこからせわしなくカンカンと音が響き、それに似合わない歌が響く。シェイディは歩み寄り、そっと柵のついた小窓から小屋の中を覗いた。
「…っ?」
覗き込んだ瞬間、妙な熱気が顔に当たった。
その熱気の中心には、女性が二人。
暑いせいかかなりの薄着で、赤く焼けた鉄を金槌で打つ女性。
熱気は彼女の使う、火のくべられた炉のせいだろう。歌声の元は部屋の隅でひたすら歌う
藍色の法衣を身にまとったプリースト。
シェイディよりも年下に見える。シェイディにとって、その小屋の中は異質な空間だった。
思わずじっと見つめて、彼女らが何をしているのか、ことの行く末を見守る。
プリーストは平すら歌い、部屋の中心にいる女性は金槌を振るう。
彼女の打つものがどうなっているのかは、シェイディには死角で見えない。
どれだけそうしていただろうか。
女性は腕を止めて音は消え、歌声もそれにつづいてプッツリと切れた。「…覗き見君はストーカーか?それとも見学?」
突然、金槌を振るっていた女性が声を張り上げたが、その言葉にシェイディは一瞬きょとんとした。
そしてその意味しているのが自分だと悟るのに、十秒はかかった。
立ち去ろうかとも思ったが、それではなんだか怪しいような気がして、思わず動けなくなった。女性がこちらを振り向いた。
肩に流す長い金髪が、汗で顔や首に張り付いているが
彼女の表情には疲れたようなものはなくてなんだかさわやかだった。
瞳が涼しげな澄んだエメラルドだったせいもあるだろうか。「ちょっとそこで待ってろ。」
言われたとおり、小窓を覗くのをやめて、その場に立って待っていた。
彼女の様子からすると、怒っている様子は無い。しばらくして、少し離れたところでガチャリと音が鳴った。
小屋の隣の家の扉の鍵が開いた音らしい。扉が開いて、さっきの女性が中から手招きしていた。
小屋と隣家は連結していたらしい。
ちょっと恐縮しながらも、シェイディは招かれるままに家の中に入っていった。
ルナティスとヒショウの家よりは大分広い家だった。
様子からして、もっと大人数で暮らしているらしい。
あの女性はテーブルに座り、シェイディも勧められて座る。
「やっぱりノービス君か。見学?」
向かい合っていって、ものすごく目のやり場にこまる。
本人は気にしていないようだが、短パンに胸を布で覆って、それ以外はまったく隠していない。
はっきり言って下着同然の格好に思えた。「見学…というか、聞きなれない歌が聞こえて、元を探していたら、ここへ。」
「なんだ、じゃあブラックスミス志望ってわけじゃないんだな。」
彼女はちょっと残念そうに唇を尖らせた。
「ブラックスミス…?」シェイディが小首を傾げると、彼女は自分を指差した。
「そ、私。ブラックスミス。鍛冶屋だな。」
「鍛冶屋…じゃあ、さっきのは武器を作ってたのか。」
「そうそう。あの歌聴いてると調子が出るんだよね。」いつの間にか、あの歌を歌っていた女性・・・いや、近くで見るとまるで“少女”だった。その少女が、紅茶を出してきた。
…いつの間にこんなに歓迎されているのか。「あの歌はグロリアです。聖職者の歌声は神の祝福を招くといわれています。」
あの滑らかな歌を歌っていたとは思えないほど幼い声だった。
けれど、雰囲気や口調は大人びている。
「戦いの中でも役に立つ。」
そっとブラックスミスが付け加えた。「それはそうと…君、名前は?私はマナ=アルドレア」
「俺、は…シェイディ。」
にっこりと笑いながら差し出された彼女の手を取ると、女性のものとは思えないほど荒れていて、ゴツゴツしていた。
「シェイディ君…ね。何に転職するつもり?」
「いや、まだ悩んでいて…町を歩いて、いろんな職業の人を見ていたんだ。」
「なるほどねぇ。で、いい職はあった?」俺は首を横に振った。
「それもそうだろ。一次職だけでもずいぶんあるし、そのあとの二次職まで考えるとずいぶん数あるしなぁ…」
彼女は何故か親身になってうんうんとうなづく。
「なぁ、町を回ったといっても、実際に話しかけたり仕事したり狩りしたりしているのを見たわけじゃないんだろ?」
「まぁ…」
「じゃあさ、体験ってことでちょっとうちのギルドに入ってみないか?後でそのまま入っても抜けてもいいし。」
「えっ…」ギルドというのは、冒険者達が集まり、共同で活動をしたりする団体だ。
時々集会を設けていたり、共同生活をしたりするギルドもあるようだが…
まさか自分が入るとは思わなかった。
「うちにも全部とはいかないけどいろんな職のヤツがいるし、参考にもなるだろ。
私もブラックスミス推薦してやるぞ?」
別に推薦してくれなくていい。
と、思ったのは別として、これはおいしい話かもしれない、と思った。「一緒に暮らしてる人がいるんです、けど…そっちにちょっと話してみてからでいいですか。」
「OK。返事はいつでもいいぞ。しばらくはずっとここにいるから、いつでも来い。」
マナはひらひらと手を振る。
その手のひらは、まめができていて、ガサガサで、黒っぽくなっていて、痛そうだった。
だけど、彼女がそこまでしている“ブラックスミス”がどんなものなのか、少し興味があった。
とりあえず、ヒショウとルナティスに「ギルドに入るかもしれない」と、軽く説明をしておいた。
なんだか二人とも、俺の保護者かのようにギルドに挨拶に行くとか言い出したが、激しく止めた。
ルナティスは余計なことを言いそうだし
ヒショウに至っては人前だとすぐに動転するくせにノリ気になるんじゃない。
「ってわけで、しばらくの間、お試しだが我がギルドに入ることになったシェイディ君だ。」
マナの所属するギルド、『インビシブル』はそんなに大きな活動をしているわけでもないらしい。
ただ、好きなものはギルドの持つ家に住み、みんなで共同生活をしたり、遊んだり、狩りをしているという。ぐるりと見渡すと、みんないい具合にバラバラの職だった。
「じゃあ、自己紹介だな。分かってるだろうけど、僕はこのギルドのマスターで、ハンターをやってる、ディレユア。デュアでいい。」
明るく、人の良さそうな栗色の髪をした、20代半ばくらいの男だ。だがシェイディの目は彼の腕に止まる大きな鷹に釘付けだった。
「…お、コイツの紹介忘れてた。俺の相棒のレイユって言うんだ。カッコイイだろう?」
シェイディは素直にうなずいた。彼のなんでも珍しそうに見る姿はいかにもノービスらしい。
それに、無愛想な彼が持つ、その純粋さをあらわしていた。
「私はもういいだろうけど、改めて。ブラックスミスのマナ。一応、ここの副マスター」
相変わらず薄着だ。「私は…まだ紹介してませんでしたね。支援プリースト兼みんなの世話役をやっています。ユリカです。」
見覚えのあった少女、先日、剣を討つマナの隣でグロリアを歌っていたプリーストだった。
あの時は気にしなかったがシェイディと同じような銀髪で、童顔だが可愛らしかった。「俺はみんなの壁やってる、ナイトのアレックスだ。アレクで通ってる。」
次にそう言ってよこしたのは見回してみて一番目立つ、一番男勝りでたくましい騎士だった。
染めたように鮮やかな青の髪が印象的だった。「俺はローグのゲート。まぁ、弓ローグだけどな。」
そういう彼の腰には、左には弓、右には短剣がくくりつけられていた。
無造作に伸ばされた髪に少し隠れている顔は、なかなか整っていた。「…ウィザードのイレクシス。ここに入ってまだ短いし、マジシャンから転職したばかりだ。」
そういう割には肝が据わっていて、強そうに見える。
気になるのは、彼が付けている目隠し。
目元を布がすっぽりと覆い隠している。
「…目、見えないのか?」
思わず聞くと、彼は口元に意味深な笑みを浮かべ、さぁね、と返してきた。とりあえず、人付き合いが苦手とか自分で思っていながら
いろんな人と関わっている自分が、少し不思議になった。
けれど、嫌だとは思わない。
その冒険者という世界が、また好きになった。