もう外は凍るような寒さが訪れているプロンテラ
「ヒショウー靴下集め行こー!」
「……。」
短い金髪をの上に看護帽をつけた若いプリーストが、そんなことを口にした。
それを聞いた、ヒショウと呼ばれた黒髪のアサシンはもの凄く嫌そうな顔をした。
もともと表情は少ない男であるが、はっきりと分かるほどに。
「うぁー何その顔…あ、別に怪しい趣味で集めるんじゃないよ!?」
なんだ違うのか、と言いたげに彼は表情を緩めた。
「最近偽サンタが世界中に出るようになったんだって。そいつの持ってる靴下を3つ持っていけば、プレゼントボックスもらえるらしいんだ」
「あ、それ去年にもあったそうですね。」
朝食運びを手伝っていた、彼等の後輩のアコライトが口を挟んだ。
ヒショウはふーんと言っただけで興味なさそうに本を読んでいる。
「ヒショウー…寒いのは分かるけど、動けばすぐに熱くなるしさー。」
ルナティスがいくら粘ってもヒショウは嫌そうにして黙っているだけだ。
ルナティスは彼の傍にしゃがみこんでいて、ふと妙なことに気づいた。
神話であるが…それはかれこれ十分くらいページが変わっていない。
速読が得意である彼にしてはおかしい。
「…ヒショウ、なんか隠してない?」
少し間を置いて、彼はこちらを見て鼻で溜め息をついた。
…絶対に何か誤魔化してる。
「…なんでさっきから喋らないの?」
…今度は視線を反らした。
ガタガタッ
テーブルを飛び越えて、ルナティスはヒショウの前に降り立った。
座っている彼にのしかかって、顔を両手でガシッて掴んだ。
「ヒショウ〜何隠してるの?」
「……。」
今度は視線だけ反らした。
「…教えてくれないとちゅーするよ?」
ヒショウがあからさまにビクッと震えた。
「……。」
「むしろ縦に舐めるよ?」
「縦にって何だ!!??」
今度こそ彼は血の気を引かせて震え、観念した。
どうでもいいが、彼らの後輩のアコライトと、女性メンバー二人がカメラを構えているのが気になった。さっきまで朝食の準備をしていたというのに。
「隠し事っつーか…さっき、もう行ってきた…から」
なんだか彼は少し口籠っていた。
「…サンタ狩り?」
聞くとヒショウは頷いた。
「…なかなか偽サンタに会えないし、見付けても他の冒険者にとられるしな…」
喋り方がおかしいと思ったら、偽サンタ狩りで手にいれたらしい飴を口に含んでいた。
「…ひょっとして、僕の為に取ろうとしてくれてた?」
ヒショウは何も言わなかったが、沈黙の肯定と取れた。
その瞬間、周りから黄色い声が飛んできた。
「……おい、お前ら…」
ヒショウがデバガメ三人に何か言おうとしたが、ルナティスに顔を戻されて
「…!!」
伏せられた金の睫が数センチ向こうにあり
唇に柔らかい感覚。
間髪置かずに口内に暖かくて柔らかい舌が入り込んできた。
「…!!!?」
ヒショウは顔を真っ赤にして、慌ててルナティスを引き剥がした。
「ごひほーはま。」
舐めていたはずの飴玉がルナティスに奪われていた。
攻撃される可能性大の為、ルナティスはさっさと部屋を出ていってしまう。
朝食はこれからなのに。
「……。」
ヒショウは口を押さえてうつむいて固まっていた。
唇や口内に、暖かい感触がまだ残っている。
残り香のようなそれは、実物がなくて物足りなさを感じさせる。
その後、ヒショウがきゃあきゃあ騒ぎ出したデバガメ三人を殴り飛ばしていったのは完全に八つ当りである。
「それでも集めるのか」
ヒショウと共に人気のない森を歩く、彼と同じギルドのメンバー、レイヴァが感嘆とも落胆ともとれる声でそう漏らした。
クルセイダーであるレイヴァは色恋沙汰には無関係無関心のため、サッパリとした彼をヒショウは尊敬していたし、密かに安息の場にしていた。
「なんだかんだ言って、アイツには世話になりっぱなしだから…な。」
徘徊する雑魚には目もくれず、ひたすらヒショウはたった1つの標的を求めて草むらを突き進んでいた。
後ろからその様子を見ていたレイヴァは、彼がキョロキョロする姿が珍しく思えて仕方が無かった。
彼の口元には、少し息が上がっているらしく白い吐息が頻繁に濃く見える。
「ヒショウ、少し休まないか。」
彼は後ろを振り返り、レイヴァが自らの疲れではなくヒショウの疲れを指摘してそういっていることを確認した。
「…急がないと日が落ちそうだ。」
「明日はダメなのか?」
「…明日はクリスマス当日だろう。」
ヒショウはそう言い、また偽サンタクロースの探索を開始した。
そうしてからすぐに、ヒショウはポツリと苦笑いをしながら漏らした。
「…何やらおかしなことを言ってるな…俺は。」
「そうか?」
「ガラにもなく生娘のようなことを言った気がする。」
二人は顔を見合わせて小さく苦笑い。
昔は二人共に寡黙だったが、騒がしいあのギルドに長居し、ヒショウはルナティスと恋人関係になってから更に絆され、レイヴァはそのヒショウによく頼られるようになり、二人共に感情がよく表に出るようになった。
「後ろだ!」
レイヴァが剣を構えて突然叫び、ヒショウは反射的に背後にカタールを振るった。
標的であった恐ろしい形相の巨大なサンタクロースがそこにいた。
ヒショウの咄嗟の一撃が入ると同時に二人は飛び掛り、ひたすら切りかかる。
「…分かっていはいたが…怖いな、あの顔は。」
ヒショウは呟きながら、盗んだ靴下と偽サンタクロースが落とした靴下を拾い荷物鞄に突っ込んだ。
うむ、と同意しながらレイヴァは荷物袋の中から預かっていた靴下をヒショウに手渡す。
「つき合わせて悪かったな。…もう二度と靴下集めはしない。」
すっかりと冷え切って冷たくなった手をこすりながらヒショウはそういう。
元々冷え性なうえに、マントを着込んでいるとはいえ下は薄いアサシン装束。
レイヴァは着けていたマントをさらにヒショウにかぶせてやった。
「構わない。いつでも呼んでくれ。」
「ああ。」
蝶の羽を取り出したヒショウ。
だがレイヴァは、あ、と声をあげて止めた。
「このあと交換に行くのか?」
「ああ。」
「…着いていっていいか?」
ヒショウから構わない、と返事を貰うとすぐにレイヴァも蝶の羽を取り出した。
「ではルティエで。」
そう言い、ヒショウよりも先に蝶の羽を握りつぶしてその場から姿を消した。
ルナティスや他の人間と一緒にいるときより淡々とした会話をするせいか、レイヴァといると妙に違和感を感じる。
だが気兼ねなく話せるので心地よい。
ヒショウも後を追いかけるように蝶の羽を握り潰した。
サンタの家の大部屋にたくさんの人が詰め掛けてガヤガヤと騒がしかった。
偽サンタの落とす靴下とプレゼントを交換しに来た人々で、いつも静かなルティエはにぎわっていた。
小1時間前までは。
一年中雪の降るルティエだけあり、本当の冬となると雪が深くなる。
時には吹雪くこともあり、今がまさにそれとなり、数人の客人をサンタの家に閉じ込めてルティエを再び静まり返らせていた。
「すまん。」
「ヒショウが謝ることではない。」
「いや、どうも俺には貧乏神がついている気がしてならない…。」
小さな暖炉の前で座るヒショウとレイヴァは吹雪が当たりカタカタと音を立てる窓を見て、小さくため息をついた。
吹雪に足止めをされているのは二人も例外ではなかった。
プレゼント交換の行列を待っているうちに、外は吹雪き交換を待っていた残りの数人と共にサンタの家に残されたのだった。
「ヒショウ、顔が赤い。」
「熱が上がったか。」
「熱があったのか。」
「朝から少し。」
レイヴァが心配そうに彼の額に手を乗せ、自分の額の体温と比べる。
その手が気持ち良いのか、ヒショウは目を細め、もう少し乗せていろというように彼の手を押さえつけた。
「薪をもう少し貰ってくるか…。」
「いや、他の客もいるからあまり使わせない方がいいだろう。」
ヒショウ自身に止められ、けれど何かしたほうがいいと思うレイヴァはしばらく考え込んだ。
不意に立ち上がってきっちりとベッドメイキングされたベッドから布団を剥ぎ取ってきた。
黙ってヒショウの後ろに座って彼を抱きしめるように布団に包まった。
「むさ苦しいようだがこの方が温かいだろ。」
「……。」
頷いてヒショウは布団の中で身体を丸めた。
すぐに礼が口から出なかったのは、恋人に抱きしめられるのを思い出して心臓が跳ね上がったのが情けなかったから。
ヒショウが小さく息を吐いたのを、寒いからかと勘違いしたレイヴァはもっと温められないかと暖炉の火を火掻き棒でかき回した。
それの意味を悟って、ヒショウはすぐに大丈夫だ、と彼の手を止めさせた。
「十分温かい。…ありがとう。」
ヒショウは一般的に長身の域に入るだろう。
だから彼より体の大きい者が身近にはレイヴァくらいしかいない。
ここまですっぽり包み込まれるように抱きしめられるのは初めてで、その初めての感覚が心地よいと思った。
レイヴァには悪いが、父親みたいだと思った。
「…今日中には、もどれそうに無いか…」
ヒショウは部屋の時計と窓の外を見て呟いた。
時間はもうすぐ12時を回る。
「急いでも、明け方頃だろうな。」
「なら、先に渡しておく。」
「ん?」
そういって突然ヒショウが懐から取り出したのは、綺麗にラッピングされたプレゼントボックスだった。
それを自分の身体に回されていたレイヴァの手に渡す。
「…ルナティスへのものじゃなかったか?」
「…実を言うと、あいつには名前入りのリング…で、プレゼントボックスはメンバー分作ってあった。1つ分足りなくて、レイヴァに手伝ってもらったんだが…。」
プレゼントする相手に手伝ってもらっては意味がなかったかもしれないが、と苦笑いをした。
「…スッキリした。」
突然、プレゼントボックスを見ていたレイヴァがポツリとつぶやいた。
何がだ、と聞き返す前にレイヴァは話を進めた。
「思えば、ルナティスに嫉妬していたのかもしれない。」
「…嫉妬?」
「ギルドに入った時からヒショウとは気楽に接していたし、俺と長い時間いれるのはお前くらいだ。俺が“友人”と挙げられるのはお前くらいだと思う。」
「…それが何故、嫉妬に繋がる?」
「ルナティスとくっつくまでは、お前に近しいものを感じていた。…独りで居ることを好むような空気。
けれど、お前がルナティスといつもいるようになって、近しいものが消えて少し寂しかった。
以前より俺を頼るようになってくれたのは嬉しいが、それでもいつもルナティスのことを考えているからな…それが少し悔しかったのだと思う。
最近どこか、モヤモヤしていた。」
「……。」
ヒショウは言葉を失って、視線を宙に漂わせた。
聞いたことも考えたこともない仲間の胸中に、何を話していいのか分からない。
むしろ、珍しく多弁なレイヴァに驚いていた。
「…困らせたか。気にしないでくれ。」
「いや、別に…」
ヒショウは気を紛らわせるように火掻き棒を掴んで、暖炉の中に差込みちいさく動かしていた。
レイヴァが下心など一切持っていないのを知っていた。いや、ないと思っていた。
そこがヒショウにとってレイヴァが心の安息の場となる理由だから。
けれどそんなことを考えていたと知って…ただ、照れくさく思った。
「…確かに、昔はレイヴァに親近感はもっていた。
けれど、今もアンタは大切な友人だ。むしろ1番頼りにしている。」
滅多にそんな言葉を口にしないため、妙にむなしく響いた気がした。
レイヴァにはどうだったが分からないが…。
彼は「そうか」と言ったきり黙っていた。
ヒショウからは、彼の口元に珍しく笑みが浮かんでいたのは見えなかった。
体の芯の冷たさは紛れないが、けれど表面上はとても温かくなった。
「…眠い。」
「寝てかまわない。」
ヒショウが申し訳なさそうに呟くと、レイヴァは当然のように即答する。
「………すまん。」
頭の後ろの肩に凭れかけると、ずり落ちないように胴に腕を回して支えてくれた。
部屋に響くのは窓が揺さぶられる音と、焚き火が燃える音、それと小さな寝息だけ。
「…っきゃああああああああああ!!!!!!!!!!」
朝からすっとんきょうな声がして否が応でも目が覚めた。
悲鳴はルナティス…だったと思うのだが、今目の前に移っているのはレイヴァの顔だ。
体の上に載っていたレイヴァの腕をどかし、とりあえず身体を起こすと…
いつもの宿とは違うカラフルな部屋。
寝ていたのは赤が眩しいベッド。
窓の外には深々と緩やかに降る雪と短い時間しか顔を見せない朝日。
少し遅れた思考で、昨日ルティエに足止めされていたことを思い出した。
そして暖炉の前でレイヴァに温められたまま眠ってしまった。
おそらく暖炉の火が尽きて、レイヴァはヒショウを抱えたままベッドに入ったのだろうと知れる。
そして更に遅れた思考で、部屋の入り口に立ち尽くしているルナティスの悲鳴の意味を悟る。
「……おはよう。」
ルナティスの頭の中は分かるが、とりあえず普通に挨拶をしておいた。
「…………。」
ルナティスは丸くした目で二人を凝視したまま固まっている。
「ルナティス、言っておくが、寒いからくっついていただけだからな…。」
そう説得すると、ルナティスが徐々に落ち着きをとりもどしはじめる。
だが、その目に…今度は怒りが見え始める。
彼は険しい顔をしたままヒショウに歩み寄り、横になったまま目をこすっているレイヴァをよそに、ヒショウの腕を掴んで引っ張り出した。
「おい、ルナティス!何を怒ってるんだっ…疚しいことは何も」
「そんなことを怒ってるんじゃない。」
朝とはいえ、布団から出ると寒かった。
けれどもっと体が冷えていたルナティスに頬を捕まれ、口付けをされる。
「ん…っ、おい!朝から、何…」
なんとか一度彼の口付けから逃れるが、すぐにまた引き寄せられて無理やり唇を重ねられる。
色気など無いまま二度目も押し付けるだけのキスをされて、ルナティスからやがて離れた。
「…昨日、一緒に居てくれなかったじゃないか。なのにレイヴァと一緒に気持ち良さそうに寝て…」
「昨日は仕方ないだろうが。」
「それでもWISしろよ…寝る前くらいっ!せっかくのクリスマスだったのに!」
「は?クリスマスは今日だろ?」
ヒショウの記憶ではクリスマスは12月25日。
今日は確か25日だったはずだ。
「クリスマスは25日だけど祝うのは前日のイブって決まってるんだよ!」
「………。」
そういわれると、去年のクリスマスもメンバー総勢で24日にパーティーをしていた記憶がある。
ヒショウは言葉を失って、しばらくして小さく謝った。
「今日は許さない。」
ヒショウの頬を冷たい両手で包んだまま、ルナティスは強く彼を見据えた。
「聖夜を僕以外の人とずっと過ごした上に、プレゼントまで一番にあげて…本気で僕、ヘコむぞ。」
「…プレゼント…あ…。」
レイヴァにやったプレゼントボックスはまだ開けられぬまま…もしくは開けた後にまた蓋を閉めた状態で、枕元においてあった。
言い訳を考える間も無く、ヒショウは部屋の外に引っ張られていく。
「レイヴァ」
ルナティスが部屋を出る前に振り返る。
「サンタに、隣の部屋は今日一日借りるって言っておいて。あと今日宿には帰らないから皆にも言っておいて。」
ルナティスの笑っていない、どこか殺気が漂う目というのは初めて見るかもしれない。
そう思いながら、レイヴァは頷いた。
同時にぐいぐいとヒショウを引っ張って、二人は部屋の外へ消えていった。
残されたレイヴァは、静まり返った部屋で一人呟いた。
「………南無。」
もちろん、その言葉を送る相手はヒショウだ。
*END* →オマケ(レイヴァ×ヒショウ?)
クルセイダー×アサシン?
クリスマス小説なのに幸せなバカップルものは書かないであえて屈折。
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