肉に刃を突き込み、腕に力を込めて引き裂く。
脇から飛び掛かってくる魔物を、先程切り付けた奴の身体を蹴って跳び、かわす。
そして二体目にカタールを振り下ろす。
それに俺のカタールが突き刺さるのと、それの傍に走り寄って来ていた騎士が切り上げるのは同時だった。
二人とも体はAGIを中心に鍛えられた、戦いは迅速で実に息が合うと思う。
速く、激しく動く二人、共に汗を散らしながら魔物の群れの殲滅に黙って努めていた。
ただ繰り返し響く、斬撃の音、血飛沫の水音。
荒い二人の男の呼吸。
やがて前者は消えてゆき、俺達の視界には後者の音と足元に魔物の残骸だけが残る。
「……。」
「……。」
互いにかける言葉はなく目が合い、ただ息の荒さと肌に浮く汗を認識しあう。
汗のせいで肌に埃や髪が張り付いてボロボロに見えるが、目は未だ殺気立っている。
不意に彼が近寄ってきた。
「…っ…」
乱暴に片手で腕を掴み引き寄せ、噛み付くように唇を重ねてくる。
その際に二の腕につけられた魔物の爪あとに血が滲んだ。
…またか。
気分がのっているのは騎士だけだが、それに構わず舌を絡めてくる。
すぐに深く舌を割り込ませようとしてきて、俺は仕方なくそれを受け入れた。
「…っん、…」
別の生き物みたいに、口内を犯す。
舌が器用だとキスが上手いというが、たぶんこいつのそれは上手い部類なんだろう。
俺の神経が図太いだけで。
さっきまでの先頭でずっと口呼吸をしていたので乾き冷えていた口内に、騎士の舌の熱さが広がる。
溶かされそうな感覚に涙を滲ませながら、俺の理性は人目を気にしていた。
先程、モンハウに巻き込まれ倒れていた人はカプラの救助装置で転送された後らしい。
安心して騎士の好きにさせていた。
先程の全力を出し切り、なおかつ二人ギリギリを走っていた戦いに、熱が高ぶったのだろう。
それを俺に欲情のようにぶつけている。
時々あるのだ、それを抑制しないあたりコイツの頭のネジはどこか抜けている。
だが俺もその気持ちはわかる。
冷まそうとしているのではなく、逆に戦いを生きるものとしてこの熱は快感だから冷ましたくないのだ。
「く…っふ、ぁ…」
唇を解放され、口内に滑り込んできた空気は冷たくて美味かった。
思ったより俺も興奮していたらしい、視界は涙でかすかににじんでいる。
騎士はキッチリ閉めた相方の襟元を指先で開かせ、今度はそちらに唇を寄せた。
少し吸えば汗の味、それを堪能するように舌先で首筋をなぞり汗と血を舐めとる。
「おい…」
「少し、黙ってろ。」
やめろという代わりに軽く肩を押すが、首に食いつく男は離れようとしない。
それでも毎度のことなので、軽くため息をついて好きにさせている。
だが新しくモンスターでも沸いてこない限りこうしているので、いつか密かに枝でも折ってやろうかと思った。
そうするまでもなく近くに敵の気配が沸いて出た。
騎士は舌打ち、俺はホッと息をついてそれぞれ得物に手を伸ばした。
「…今日は早く上がるぞ。」
「……。」
住処に帰れば何をされるか想像に難くない。
正直、ここで一晩狩り明かしたいくらいだった。
「了解。ただしこれからはなるべく余裕のある狩場を選んでくれ。」
狩場のレベルをいつもより大幅に上げた。
だからこんなにも緊迫感が漂って、熱も上がっているのだ。
「それは了解しかねる。」
彼は寒気がするほど妖しい笑みを浮かべて、立て続けに激しく動いたせいでこめかみから唇まで流れ落ちてきた汗を舐めとった。
分かっている、こうゆうギリギリの場の方が躍動する。
精神か、身体か、本能か、魂か…多分その全てが。
自分も彼と同類だと、俺も知っている。
「……気持ちは分かるが、流石にBOSSにまで突っ込むのは無謀だ。」
「身体が勝手に動くんだ、仕方ねーだろ。」
「仕方なくない。」
ヒールクリップを耳の上に挿して、微弱なヒールを唱えながら背中に白ポーションを振り掛ける。
少しばかり挑戦だった狩りを終えて二人は帰宅し、汗の滲んだアンダーを床に投げ捨て、互いに傷の治療をしている最中だ。
重い鎧に包まれているせいで固く締まった筋肉は思ったより白い。
そういえば生まれはアルデだったかジュノーだったか、とりあえず北の方だったと言っていたな。
だがそれを治療している俺は地から更に白い。
生まれがその更に北だからだろうか。
「背中をやられたのは久々だ…。」
熟練の騎士にとっては背後をとられるのは屈辱だろう。
「その割に古傷は多いな。」
「久々っつったんだ。昔は無闇に突っ込んでばっかだったんだから仕方ねえ。」
「それも仕方なくない。」
傷は浅くなかったが、ポーションをかなりつかったお陰で止血は済み、傷もふさがりかけている。
当て布をして軽く包帯を巻いて治療を終えた。
「お前も脇腹の傷、見せな。」
少し迷い、「アンタのがさつな治療は受けたくない」と思いを正直に口にしてみた。
「そうも言ってられないだろ。」
「……。」
それもそうだ。
横を向いて腕を軽くあげると、血がこびりつき赤くなった脇腹の切り傷があらわになる。
「…土が入り込んでるな。」
湯と濡れタオルとピンセット、先ほどまで彼自身の治療に使われていたものを引き寄せる。
「本当、痛みに強いよな。」
だが痛いものは痛いんだ。
身体のあちこちの傷を治療し終え、一番酷かった脇腹の傷に本格的に取り掛かっているようだ。
俺の脇腹の傷に入り込んだ土やゴミをピンセットで取り出しながら、黒髪の騎士が言う。
極力痛みのないように気をつけてくれているようだが、それでも傷をほじり返しているようなものだ、痛いに決まってる。
実際ずっと握った拳が開けないでいる。
痛みに強いのではく、痛みに限らず感情を表に出すのが苦手でまた抑えるのが得意なだけのこと。
「…なあ。」
唇に歪んだ笑みを乗せる騎士。
この男のこの顔はろくでもないことを思い付いた時のもの。
「痛いのが好きなのか。」
「嫌いだ。」
全身全霊で否定してやる。
「本当かよ。」
「お前が痛めつけるのが好きなだけだろう。」
お前は確実にサディストだろうが俺はそういう趣味はない。
嫌な予感に背筋が冷たくなるのを感じながら睨めつけた、精一杯の拒絶。
だが好奇心に火の付いた子供の様に、その男は引き下がる気はないらしい。
騎士で古傷がびっしりついた固い筋肉に包まれた腕で、俺の肉の薄い腰を引き寄せる。
それだけで言いようの無い威圧感に潰されそうになる。
武器を持って間合いを取れば実力は均衡すると断言できるが、武器もない密着状態では俺に抵抗の術はない。
身体を露出させれば体格の差で余計俺は自身をひ弱に思ってくる。
相手を拒むわけではないが肌を重ねることに抵抗があるのは、立場が明らかに下になるからというところが大きい。
やはり雄である以上強くありたいものだ。
だがそんな思いも構わず蹂躙するのがこの騎士。
「試してみようぜ。」
不気味に笑いながら鼻先を近づけて唇のすぐ上で囁く。
「普通にヤんのと、痛えの、どっちがアンタは感じるか。」
この男のふざけた発言に殺意を覚えるのは日常茶飯事だ。
その頬に拳をめり込ませる前に、ベッドに押し倒される。
帰ってきたばかりで背に当たるシーツは冷たかったが、腹胸にのしかかる騎士の体温は対照に熱い。
「もう十分、日頃から痛い思いはしてる。」
「ヤッてる最中に意識したことはないが?」
「お前が意識してなくても、俺は痛い。」
「痛みと快感は紙一重だっていうけどな。もっと痛くしたら気持ちよくなるんじゃねーか?」
眉をしかめた。
「…お前、以前俺の肩を噛み千切ったのを忘れたか。」
「そこまでする気はねえ。あの頃はヤッてる最中は無我夢中でな、理性ブッ飛んでいたんだよ。」
前髪を掻き揚げられ、目蓋を舐められる。
「…っ…」
眼球まで舐めようとするように、固く閉じた目蓋の境に舌をなぞらせて来る。
「…思い出した。」
何を、と問い詰めたくても、眼球を犯されないように目を閉じることに必死だった。
「この傷をつけた時のこと。」
そう言ってなぞってくるのは、先ほど話に出した肩の傷だ。
そんなに歪で酷い痕にはならなかったが、異様に白く変色して固くなっている。
「お前の身体、美味いんだよな。」
…アルデバランの魔物事典にこの男のデータが載る日も近い気がする。
食われそうな恐怖を感じることはしょっちゅう。
冗談半分本気半分で食い殺すと言われたこともある。
だが美味いといわれたのは初めてだ。
呆れを通り越して思考停止。
「……っ」
だが首筋を強く噛まれて我に返った。
引き剥がそうと彼の後頭部に手を回しわしづかみにした。
不意に熱い吐息をかけられ、舌で味わうように舐められる。
そのせいで引き剥がすつもりがとっさに強張って引き寄せた。
「…食いついて欲しかったなんて」
「そんなわけ無いだろうが。髪引っこ抜くぞ。」
睨んでも痛くないと笑って俺の逃げ道を完全に塞ぐように顔の両脇に手をついて見下ろしてくる。
黒い髪、黒い瞳。
威圧感、だが目を逸らしたら負けだと勝手に思い込み、睨みつける。
そんな俺を薄く笑って見下ろして、弄るように顔の部品を頬を首筋を撫でる。
触れられるところが熱い。
「…最高だ。」
酔った様子で呟くが、上手く口が動きそうになくて「何がだ」という突っ込みは飲み込んだ。
口下手、愛想は無いというのは自覚済み。
顔も普通で性格にはさして魅力はないだろう。
彼が俺に惹かれるというならそれは互いの闘争本能のせいだ。
だが最近、ただ何気ない動作をしたり、特に何もしていなくてもコイツはこんなふうに呟く。
見惚れるように笑む。
誰かにそんな風にされるとは思わなかった。
そして誰かにそうするようになるとも思わなかった。
絶対的な強さを見せびらかすように自信たっぷりに笑う男の顔、声、体。
目を逸らすまいと睨みつけても、だんだん逆に逸らせなくなっている自分に気づく。
「…アンタこそ。」
ああ、俺達は本当によく似てる。
それでもってそろそろ本格的に病気だ。
NEXT