―――退屈だなぁ…

冒険者証を持ちながら、ここ何年かずっと冒険者らしからぬ仕事ばかりしていて、金は十分に得た。
腕だって人間相手に鍛えていたから衰えていないし、狩りは普通に行けるが、いっても退屈。
何か楽しいことはないかと、ぼんやり街を練り歩く。

夜はまだいい。
酒場で飲み明かせるし、女も男も買えるし、いい獲物がいれば強盗も強姦も一興。
だが昼は退屈すぎる。
賑わう大通りの人ごみから、静かな民家の通りに抜けた。

久しぶりのプロンテラは相変わらず人が多くて落ち着かない。
まだ来て三日目だが治安も悪くないので自分には退屈、今日中にモロクあたりにでも移動しようと決めた。

不意に、宿屋の外の空き地のようになっているスペースに、アサシンとプリーストという職業的には相容れない冒険者二人が目に入った。
気になるのは近い二人の距離ではなく、アサシンが歌い、プリーストがそれを聞いていること。
しかもアサシンが歌うのは、プリーストが歌うべき賛美歌『グロリア』
声質もよく、音程や強弱もしっかりしていてなかなか上手い。それは無知な自分にも分かった。

二人から見えない建物の影に立って、二人の様子を見ていた。
「…えーと…」
アサシンが歌い終わり、それをリピートするようにプリーストが歌い始める。
歌声の魅力としては、アサシンよりもレベルは高い。
だが歌い始めて少しすると、なんだか音程がおかしくなって、仕舞いには「わかんねえええええ!!!!」と歌を投げた。

「ヒショウ!!もっかい!!」
「…俺はそろそろ狩りに行きたいんだが…」
「大聖堂の集まりまでは時間あるから大丈夫!」
「お前の都合はどうでもいい。というか、俺よりも同僚かアコライトにでも習ったほうがいいんじゃないか?」
「皆都合が合わなかったんだよ。えと、さっきのところから…」

話を聞くに、プリーストがグロリアを歌えず、それをアサシンに教わっている最中らしい。
別にそんなもの見ていて面白くもなかったが、けれどその二人に心当たりがあった。
アサシンのヒショウという名前には聞き覚えがない、冒険者登録名だろう。
本名が分かれば確信が持てるのに。

アサシンがもう一度歌い、それをプリーストがまたリピートして、今度は最期までちゃんと歌えたようだ。
「よし!忘れないうちに大聖堂で練習しなきゃな!」
「そうか。じゃあ俺は行くぞ。」
「あ、むしろヒショウも一緒に歌いにいかない?どーせ制服着りゃバレないし」
「…ルナティス、お前教会をナメてないか?」

朝から二人はハイテンションで話している。
それよりも、アサシンが言った言葉。
プリーストの名前。

―――ルナティス



面白そうなこと。
思いがけず見つけてしまった。






もう日は傾いて赤い空に藍色が差し始めていた。
聖堂にはもう一般人の姿はなく、務めている聖職者や修道士が目立つ。

「じゃあ、僕はお先に失礼しますね」
ここの宿舎ではなく、冒険者用の宿暮らしをしているルナティスは、一人早めにその集まりを抜けた。

本業は冒険者である為に、大聖堂ではそんなに重要な役には就いていない。
本当は午前を過ぎた時点でバックれてもいいのだが
「ルナお疲れ様。はいこれお駄賃。」
こうして本業を大聖堂務めにしている同僚に身代わりを頼まれて金を貰うので、彼がここへ来るときにはこの時間までになる。
ルナティスは信仰心など欠片もない殴りプリーストであるが、ガタイがいいのを隠し、見た目が大人しそうなので、大聖堂務めの神父と偽ってもそうそう疑われない。

「毎度、また御利用下さいませ。」
ふざけて便利屋のような言葉を残し、同僚達の笑い声を後に部屋をでた。
肩が凝った、腰が痛い、などと年寄り臭いことを思いながら、上半身を捻ったりしつつ、人通りもそこそこの夕方の街を歩いていた。



「お嬢さん、大分お疲れのようですね」
すぐ耳元でふざけた男の声がした。
自分が着ている法衣は男物だし、女顔とは言われるが身長だって十分あるつもりだ。
まさか自分に向けられている言葉だと思わなかったが…

“お嬢さん”と言った男が、隣に並んで馴れ馴れしく肩を抱いてきた。
「……。」
思い人は確かに男だが彼以外には全く興味がないので、変なことを言われ馴れ馴れしく触られることに嫌悪感を覚えた。
侮辱されている気さえした。
無視を決めこんで、そちらを見もせずにずかずか進む。

「随分と肝が据わったな…売女が」

そんなことを言われ、思わず足を止めて男を見た。
腹が立ったわけではない。
嫌な予感がしたから。

「久しいな、ルナティス。」
心臓が高鳴ったのか、それとも止まってしまったのか。いや、世界が止まってしまった気さえした。
誰にともなく、助けを求めたい気分だった。
目の前にいるのは忌々しい記憶の欠片である男。
30歳近くの長身のセージだ。

度こそ、逃がさんと言わんばかりに腰を強く抱き寄せられた。
寒気がして、全身総毛立った。
「…放せ。」
自分の声が震えている気がした。
「脅えるな。お前をまたあそこに連れ戻そうなど思っていない。」

ここにいてはいけない。
テレポートでもして逃げよう。
そう思い立った瞬間、先を読まれたように腕ごと軋む程に強く抱かれ、無理矢理唇を押し付けてきた。
人目もあり、ルナティスは鳥肌を立てて全力で振り払った。

「逃げるな。大事な友達がボロボロにされていいのか?」
「……!?」
その男の言葉に、ルナティスは解放されても逃げずに固まった。

「…アスカといったか。アサシンとは意外だったな。」
わざとらしく言って、彼は笑みを浮かべた。
ルナティスは腕を捕まれても絶句したまま、逃げることもできずにいた。

「助けを呼ぼうなんてするな。WISもするな。大人しくついてこい。」
淡々と命令し、男は狭い路地に向かう。ルナティスにはそれに従うしか道は無かった。






「なんでこううちの男共はすぐ問題に巻き込まれるかなぁ!?」

ルナティスが忽然と姿を消して三日。
プロンテラ騎士団に捜索願いを出してきたマナは、宿に帰ってくるなりイラだたしげに声を張り上げた。
「そう言うマナさんだってストーカー騒ぎ起こしたことあるじゃないですか」
「私は自力で解決してんだからいいんだよ。あー近頃の男共はひ弱な…」

「不本意なのだから仕方ないだろう」
知り合いにWISを飛ばしまくって聞き込みしていたクルセイダーがそう言い、溜め息をついた。
「レイヴァさん、成果なしですか…?」
後輩の問いに、彼は渋い顔をして頷いた。



突然、ノックもなく部屋の扉が開けられた。
そうするのはこの部屋に泊まっているものであるからして悪いことではないのだが…
扉の向こうに立っていたのは黒い装束…をなにやら白っぽくして、この世の終わりのような顔をしているアサシンだ。

「…おかえり〜…」

帰還したヒショウは何故かボロボロだった。
いや、外傷はない。汚れているといったほうが正しい。
何故肩や頭に蜘蛛の巣や埃をつけているのか。

「ヒショウさん、お帰りなさい。って、どこに行ってたんですか?」
最近、ルナティスばかりでなくヒショウにも懐き始めた後輩のアコライト…セイヤが手際よくタオルを濡らしてヒショウに手渡す。
彼はありがとう、と低い声小さくで呟いて、とりあえず顔と髪を拭き始めた。

「大聖堂と、昔暮らしていた孤児院に潜入してきた。」
「って、どこ使って潜入したんだよ」
「天井裏とか通気口とか。」
「クローキングでいいだろ、折角のアサシンなのに。」
「クローキングは苦手なんだ。」
マナの言葉に、何故か珍しく早口で彼は答える。
その様子ではルナティスは見つからなかったようだし、内心あせっているのだろう。

「じゃあ、ヒショウ帰ってきたし…」
皆で昼食でも食いにいくか、とマナが言おうとしたところで
「ちょっと街を見て回ってくる。」
問答無用でヒショウは部屋を出て行った。
彼女の言葉など欠片も聞こえていなかったのだろう。

「…愛だなぁ」
「「愛ですねぇ」」
マナの言葉を復唱するように、彼女の後輩である剣士の少女、メルフィリアとセイヤも呟いた。
ちなみにそれを離れた世界から見ていて、タメ息をつくのはクルセイダーのレイヴァとアーチャーのウィンリー、このギルド内でもっともまともである二人だ。






日が傾いて、空が赤くなりつつある。

ルナティスがいなくなってから、夜と共に迫りくる孤独にさいなまれ、気が狂いそうだ。
本当は、昔逃げた孤児院にいるのではと信じていた。けれどそこを調べに行くのはリスクが高く、避けたかったのだが…
彼がいないことに耐えきれず、意を決して潜入してきた。
それなのに、彼の姿は欠片もなかった。

不安が募る。

―――何があったのか…せめて安否だけでも…。



「君の親友は預かってるよ」
幻聴かと思うほど丁度良いタイミングだった。
すれ違った者が発したらしいその言葉に思わず足を止めた。
「…会わせてあげるよ。零時にプロ西の下水道側の橋においで。」
言われ、振り返った瞬間に何者かが目の前でハエ羽か蝶の羽かを使い、姿を消した後だった。

―――…マナ、何者かがルナティスを…

そっとギルドチャットに切り替え、皆へ声を送る。
ルナティスの手掛りを得たからか、ヒショウは先程までより冷静でいられた。



ヒショウはとにかく囮になって、奴らに着いて行けばいい。
私たちはなるべく近くにいて様子を見て、危なくなったら助けに行くから。
マナ達にそう言われ、宿を出てきた。
不安や恐怖はない。
早くルナティスの元へ行きたかった。

「こんばんは。アスカ、もといヒショウで間違いないね?」
待ち合わせ場所にいたのは意外にもセイヤくらいの少年のアルケミストだった。十代なかば、見た目が若いだけでも二十はいかないだろう。
それと同じ年くらいのアコライト。
「あ、先に言うと、君の親友を連れて行ったのは僕じゃないよ。僕の先生だし、こっちのアコ君はただのポタ屋だからね。」
人懐っこい笑みを浮かべながら言うアルケミストに苛立ちを覚えた。

ごたくはいいから早く案内しろ、そう言いたかったが、予想外のことが起きて少し考え込んだ。
尾行を撒くためにポタ屋を雇っていた。
まぁ、予想できたところで対策など打てなかっただろう。
ここで彼らを取り押さえようとしても、アコライトの方はテレポで逃げられてしまう。

「じゃあアコ君、ポタお願いしますね。で、僕らが入ったら君もすぐに入ること。」
言われた少年は頷いてから、ヒショウの方を申し訳なさそうに見上げた。
きっと事情は知らされていないが自分がよくないことに加担しようとしているのは分かるのだろう。
それでも逆らえないのは余程の大金を積まれたのか。

ここで彼らを取り押さえようとしても、この少年は逃げないのかもしれない。
けれどそんなことはどうでもいい。ルナティスに危険が掛かるような賭けはしたくない。
早く、彼の様子を知りたい、傍に行きたい。





   
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