―――寒いな…
カーテンも閉められて、小さなランプが灯るだけの部屋に、ルナティスは人形のようにベッドでじっと横になっていた。
意識は朦朧とするが、眠ることはなかった。
もう十分に睡眠を取ってしまったし、全身の痛みのせいもあるだろうし、この状況下で不安を感じないはずもない。

気温が下がってきたのは夜になったからなのか。
自分以外の人間が大分前に部屋を出てしまったせいで、暖炉は冷めてしまっている。
質素なベッドに横たわる自分にかけられた布団にくるまってじっとしていた。

頭が痛い、気持ち悪い、体が冷たい、お腹が空いた、体が痛い、体の中が痛い
思うことは沢山あった。
―――ヒショウ、大丈夫かな…
でも一番浮かぶのはそればかり。

―――声が、聞きたいな…。
彼が無事だと分かれば、この苦痛にもまだ耐えられるものを。



突然、体を包んでいた布団を取り払われた。
寒い、と思ったらいつのまにか暖炉には灯がともっていて、思ったよりも寒くなかった。
少し長い時間意識が飛んでいたようだ。

呆然と天井を見上げていたら、あの男が視界に写った。
今度は何をされるんだろうと思うと、背筋が凍った。
ベッドの上に乗り上げ、少し怯えたように眉間に皺を寄せるルナティスに覆いかぶさる。

胸元に黒い、長い髪の先が少しかかる。
相変わらずの冷たい表情に、残酷な笑みが重なる。
踏ん張ってやっと動かせる程度にしか力が入らないルナティスの腕を、彼は指先でそっと撫で上げて
肘を掴んで、内側の青紫色にすっかり変色した注射針の痕を親指で撫でる。

心底、今日は注射だけで済ませて欲しいと祈りながら、目をつぶった。
脇でカチャカチャと金属音がして
注射ではない、刃物で二の腕あたりを思い切り刺された。


「アアアアアアアアアア!!!!!!!!」
「…まだ声は出るじゃないか。」

全身が痙攣して、その痛みは電流のように脳天まで駆け巡った。
勢いよく刃物抜かれた後、蹲って腕を押さえたかったが、相変わらず体に力は入らず、刺されたほうとは反対の腕と、足が少し動いただけだった。
痛みばかりで血が出ているのかもよく分からない。
その痛みで、朦朧としていた頭が一気に覚醒した。
「やめろ!!ルナティス…!!」

ヒショウの声がした。
まさか、と頭を動かして声の元を探した。
暖炉のすぐ横に彼の姿を見つけた。
両腕を縛られて、鉄でできた暖炉の足や煙突の筒などに鎖で繋がれていた。

外傷も見られず、元気そうで安心した。
けれどここにいて欲しくはなかった。

「その要求は呑めない。ルナティスとの約束が先約だからな。」
セージはそう言って、ヒールクリップでさっき刺した傷を癒した。
「…先約?」
「お前に手を出さない代わりに自分を好きにしろと言った。」
セージがそう言うのを横から聞いていて、ヒショウに怒られそうだと思った。
彼は庇われるのを嫌がるから。
自分のために誰かが傷つくのを嫌がるから。

セージはベッド脇に置かれた台の上から注射器をとり、ルナティスの腕に当てた。
「っ!!やめろ!!」
「要求は呑まない」
もう何度も刺されたせいでボロボロになった腕には、その小さな注射器の針でさえ激痛を与えた。
呆気なく何かの液体は体に入れられた。

「そう慌てずとも毒ではない。ただの覚醒剤だ。」
セージはそう言い、効果を確かめるように先ほどメスで刺されたばかりの彼の二の腕を掴んだ。
「っ!!アア!!…っぐ、あ…」
「…まだ効きが弱いか」
血の気を失った唇を開いて擦れた悲鳴を上げるルナティスを見て、さっき使ったばかりの注射器で瓶に入った透明な液体を取り、また同じところに注射する。



なんでルナティスがこんな目に遭わなければいけないのか。
彼は恨みを買うことなど絶対にない。
いつも優しかったのに。
楽しそうに笑っていたのに。

ヒショウは全力で縛られた腕を解こうともがいた。
けれどそう外れるような縛り方を彼らがするはずもなく、手首が擦れて血がにじむだけ。
「暴れないでよ怖いな…殺しはしないんだし、アンタが逃げたらアイツを殺すって言っただろ?」
傍らに立つアルケミストにそう言われ、剣を首に当てられれば止めざるを得なかった。

「なんで…お前らは、こんなことをしてるんだ…」
目をそらしても、痛みに呻く親友の声は聞こえてくる。
眩暈がして、涙が止まらず、声が震えていた。
息が乱れて、口の中が乾く。

「…研究が成功して、私達は大金を得た。けれどそうなった瞬間、退屈で仕方がなくなってね…
そんなときに丁度、ルナティスを見つけた。」
セージが生傷がいくつもつけられたルナティスの体に片手を這わせながら、顎を掴んで唇を押し付ける。
その行動に、情などない。ただモノのように扱っている風にしか見えない。

彼に顔を寄せたままセージは横目にヒショウを見た。
「アスカ、君と話したことはないが、私は以前君達のいた孤児院にいてね。
あそこの館主の元で働いていて、君達を何度か見かけた。」
セージは話しながら、来ていた冒険者用のローブを脱いで、雑に畳んでテーブルの上に置いた。

彼の話を聞いているのはヒショウだけではなく、ルナティスもで…彼は、声にならない声で「言わないでくれ」と言っていた。
それを完全に無視して、セージはどこか楽しそうに話を続ける。
「君は知らないだろう。あそこの孤児院は裏で奴隷業もやっていて
孤児以外にも一家を襲い、女や子供を攫っては売り飛ばしていた。
そんな館主は君をえらく気に入っていてね…その裏を君や君の周りの子供たちに
知られないように見守っていたよ。それを…」

彼はベッドに乗り上げて、青白く見えるルナティスの体に手をかけた。
「ルナティスが知り、館主が君を男娼にしようとしているのも知って
それを止めさせようと自ら身代わりになったんだよ。」



ヒショウは一瞬頭が真っ白になった。
何も知らずに育っていた自分が、そんな状況下にあったこと。
そして、ルナティスが身代わりになっていたこと。
訳が分からない。いや、分かりたくなかった。

「よく分かっていないようだな。ルナティスは君の代わりに
館主やお偉いさん相手に男娼として働かされていたということだ。」

自分の鼓動が聞こえた。
涙は完全に止まった。
けれど、息ができない。

ルナティスを見た。
薬のせいか、視点のあっていない瞳は、天井を見上げるだけ。
けれど、さっきまで「言わないでくれ」と呟いていたのだから、意識が飛んでいるわけではないのだろう。

「ルナ、ティス…なんで…」
なんで俺なんかを庇っていた?
昔も、今も
自分を投げ出して、何故…。

ヒショウは脱力して、視線を床に落とした。
とたんに、また涙が溢れてくるのが分かった。
彼がずっと辛い思いをして庇ってくれていたのに、何も知らずにのうのうと暮らしていた自分を恥じた、いや恨みさえした。

「必死に館主に頼み込んで、親友を庇ってオヤジ達に抱かれている健気な少年を私は気に入ってね。
私や友人達も何度か彼を買ったし、犯しもした。仕事となれば気に入られようと必死に媚を売るくせに
一線を守りたかったのか無条件に犯される時は必死に抵抗していた。
館主とは違って私はアスカよりも、そんなルナティスの方を気に入った。
あれから随分経ったが…君達が変わらずにいてくれて嬉しいよ。」

セージは脱力して血の気も失って人形のように横たわるルナティスの足を持って、彼の足の間に腰を割りいれた。
「…っ、やめてくれ…もう!!もうそいつに手を出さないでくれ!!!」
何をしようとしているのかを悟り、ヒショウは泣き叫んだ。
けれど、さっきの注射の時同様に、全く相手にされない。

ルナティスの足を開かせて、その中心にまだそんなに熱を持っていない性器を押し込んだ。
ここ何日か、何度もそこは犯してあるため慣らさずともセージのモノを受け入れる。
始めのうちはここも異物を受け入れることを拒んでいたが、そうしてもただ痛いだけと学んだようだ。

先端が少し埋まると、後は一気に突っ込んだ。
「…ッア!!…っつ…ッアア!!!!」
体も、侵入された内部もビクンと痙攣して、セージのものを締め付けた。
貫いてからしばらく、彼は体内の暖かさと悦さを堪能していた。
ヒショウが悲痛に泣き叫ぶたびに、犯されているルナティスの体が強張り、侵入者へ快楽を与えていることなど当の本人は知る由もない。



ヒショウには目の前の光景が現実だとはどうしても思えなかった。
嬉々とした男に犯されているルナティスが信じられない。
いつも無邪気に楽しそうに笑っていて
自分を抱いているときも、快楽に流されながらも嬉しそうに抱いてくれていた。
それなのに…

「…あ、っく…!ハッ…はぁっ…!」
苦しそうに、けれど熱を持っている声が室内に響く。
聞きたくない、けれど、ヒショウは彼が苦しんでいるのから目をそらすことができなかった。
あの男に、なんの権利があってルナティスをこんな目に遭わせられるのか。いくら思っても無駄な悪態が頭の中でリピートされるばかり。
うっすらと笑みを浮かべて、彼をベッドに押し付けるようにして腰を打ち付けている、あの男の顔をグシャグシャに潰してやりたいと思った。

「…あの薬を二本打たれてよくそれだけ我慢できるものだな。」
上体を下に寄せて、ルナティスの中を深く抉る。
力の入らない手でシーツを掻き毟って、歯を食いしばって声を抑える青年に魅了された。
体の内外共にボロボロにされても、親友…いや、もっとも大切な人には醜態を晒したくないと、声を抑えている。
その精神の強靭さに感服した。

同時に、もっと快楽に流して追い詰めたいと思った。
セージはベッドの脇の台から覚醒剤の瓶を取り、コルクの蓋ごと開けた。
「…っ、ぁ…」
何をされるか分かったらしく目を見開いた青年に、彼は意地悪く笑みを浮かべた。

何度もルナティスを犯した自らの肉棒を引き抜き、緩んで力なく開いた蕾みに瓶の中の液を流し込むように塗りつけた。
大分値の張る薬なのだが、もう零れるのも気にならない。
「ウ、ァ…あ…は、ァっ……あ…っく…ふ…」
彼は腕の痛みや犯される内部の快楽が波のように襲い、脳内を掻き乱されて半乱心しかけていた。

更に苦しくなるだろうということを全く考えず、セージは獲物をうつ伏せにさせて獣のようにそれに覆いかぶさった。
彼は嬉々として完全に立ち上がった性器をまたねじ込んで、それを精神から壊してやろうと、無闇に突き上げるのではなく前立腺を探りそれで擦り上げるようにする。
「ひっ…ぐ!!イぁっ!!…うあ、ぁ!!ハァッ、…っく、ぅう!!」
さっき以上に全身をびくびくと痙攣させて獲物はもがき、喘いだ。
よほど必死らしく、あれだけ動かせずにいた体も、腕に汗を滲ませてシーツを引きちぎった。
セージの口元に、思わずくっきりと笑みが浮かんだ。

これだけされても「やめろ」とか一切言わない。
それは交渉の決裂を意味する。
それほど、アスカに手を出されるのを今尚恐れている。



不意に響いた、部屋の端で激しい金属音や、物音。
暖炉に繋いでいたヒショウが、流石に暴れだしていた。
手首から肘辺りまで、血が流れ落ちている。
それを見たセージは壊れ始めたルナティスの声を聞いていたのを邪魔され興が削がれ、イラ立った。

「ッ…ヒ…ヒショ…ウ…」
ルナティスが酷く擦れた声で、彼を呼んだ。
思わず、セージは動きを止める。
「やめ、ろ…血が…」

「でも、お前が…ッ!!」
ルナティス以上に、壊れそうだったのはヒショウ方で、もう手首の痛みなど感じない。
鎖をちぎろうとしているのではなく、手首をちぎろうとさえしていた。

「…僕が、守った…体なのに…」
「…っ!!」
ルナティスの言葉に、彼は思わず動きを止めた。
室内は一瞬、妙に静かになった。

それはヒショウへの脅しのようだった。
10年も前からルナティスが自らを投げ捨てて守ったヒショウの体を、傷つけるなと。
「…お前、は…卑怯だ…」
ヒショウは呆然と呟いた。
もがく事さえ、ルナティス自身に制されてしまった。

彼はルナティスを追い詰める為のダシに連れてこられていることを実感した。
それに彼らは、ヒショウがここから逃げればルナティスを殺すという。
何もできない自分を恨んだ。


「羨ましい関係だな、君らは」
セージが言いながら、彼の背に圧し掛かるようにして体を倒した。
中を貫くモノが動いて、小さくうめき声があがった。
「壊したくなる…」


 
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