昔、密かにプリーストになりたいと思っていたことがあった。
理由として挙げられるのは、教会が好きだった。
あのステンドグラスやその元で歌う聖歌隊の姿に憧れた。
孤児院は深い森に孤立していて町の方角も子供達には分からないから、本物ではなく本で読んだだけの知識だが。

それを同じ孤児院にいる同い年の少年に話した。
あまり喋らない子で、話題をつなげたいが為に適当に話したことだった。

「歌、好き?」
彼の声も滅多に聞いたことはなかった。
思えばまともな言葉を聞いたのはそれが最初だった。
少し驚いて、でも笑って頷いた。

「アコライトとかはあまり向いてないと思う。人を気遣うのとか苦手だしね。でも歌とか教会は好きだよ。」
そういうと、少年はまた黙り込んでしまった。
ああ、また会話が続かない。
内心ため息をついて、青い空を見上げた。



突然静かな庭の片隅に歌声が響く。
隣の少年が歌っている。
幼い高い声だが音程がしっかりしていて、強弱があって、心を洗い流すような、空気をしずかに震わせる歌声。
息を呑んで歌う、普段無口な少年に見とれた。

悲しい歌。
悲しい賛美歌だった。



―――哀しみの賛美歌…キリエ・エレイソン。
    歌は得意だが好きではないというルナティスが唯一好んで歌っていた。






「思えば、悲哀好きな子供だったな…お前…」
「だねぇ…でも別にマゾじゃないから、そろそろ降ろして、くれない?」
ギルドで借りている宿のヒショウとルナティスに割り当てられたダブルの部屋で、ルナティスはスマキにされて扉の縁に鉤をつけて、そこから逆さづりにされていた。
もう頭に血が上って威勢が悪くなっている。

「………。」
ヒショウはそれを見ないで、ベッドに腰掛けて本を読んだり、物思いにふけっていた。
「…そんな、ちょっとヤリすぎたからってこれはやりす」
「黙れ鼻からビール入れるぞ。」
「ビールはきついです!!!!」
ルナティスは器用に自分をぐるぐる巻きにしている布団にもぐってシクシクないている。

「……っ」
ルナティスの顔を見ると、散々に弄られた2,3日前のことを思い出しばつが悪くなる。
そんなのと比べ物にならないほどルナティスは自分の為に酷い目に合わされたのは分かっている。
だから始めは怒っていなかったのに、ヒショウが起き上がれるようになるなり、皆に結婚宣言するわ夜の行為の最中のヒショウのことを赤くなりながら話すわやっと起き上がれたばかりだというのにまた襲い掛かってくるわで痺れをきらしてスマキにして部屋につるして仕置中だ。

不意に部屋をコンコンと叩かれた。
「ルナティスさん〜お客さん…がああああああああああ!!!!!!!????」
部屋に入ろうと扉を開けてきたセイヤが思わず悲鳴を上げた。
目の前でスマキになったルナティスが床に頭を鈍い音をたててぶつけて、まるでスローモーションで脇へ足から倒れるのを見たから。
いったい何がおきたのか分からず、とりあえずルナティスへヒールを飛ばしまくる。

「……。」
ヒショウはため息を突いて、読んでもいない本に視線を落とした。
ルナティスは少し動かせば落ちるように、鉤で扉の上縁にひっかけていただけだ。
彼が暴れまくるか、扉が開けられて押されれば落ちるようにしていた。

もちろん落ちればルナティスは頭から床に激突だ。
そして現在、セイヤが扉を開けてそれを実行させてしまったということだ。



「随分いびつなSMプレイされてますねぇ」
ヒールをかけまくるセイヤの後ろに、なんだか久しく思える銀髪の温和そうなプリーストがいた。
「あ、ゲロたん、久しぶり。」
「そんなに日にち経ってませんがね、一応お久しぶりです、ルナ。」
グローリィはさっさと布団を縛る布を切って、彼を解放してやった。

「というか、何故ゲロたん…」
ヒショウの疑問に、グローリィは呼び名を嫌がる風でもなく、にっこり笑む。
「愛称がグロだとグロテスクのグロみたいじゃないですか。」
…だからといって“ゲロ”を認めているその感性は疑わしい。


「別にSMプレイじゃなくて純粋なお仕置だよ。ちょっとあのあと張り切りすぎちゃってヤリまくっ」
「それ以上言えばビールだぞルナティス。」
「……。」
ヒショウに言われ、ルナティスは口をつぐみ苦笑いをしていた。

ずっとさかさまにされていたせいで起き上がると眩暈に襲われふらついた。
それをグローリィに支えられる。
支えるというよりは腰を抱き寄せていた。
「全く…君の思いを無下にするあんな男よりも僕にしたらどうですか。優しくしてあげますよ…?」

思わずヒショウが立ち上がったが、彼が何か行動を起こす前にルナティス自ら相手を突き放した。
「ゲロたんだともっとエグいことされそうだし遠慮するよ。」
「冗談ですよ。」
グローリィは大人しく手を話し、クスクス笑いながらベッドの前で立ち尽くしているヒショウを横目で見た。

「……。」
挑戦的な瞳に、思わず睨みをきかせてしまう。
「ところでゲロたん、どうしたの急に。」
「ああ、ちょっとルナにお願いがありましてね。僕の可愛い恋人のことで。」






「……。」
グローリィが去った部屋で、2人はそれぞれのベッドに腰かけて向かい合っていた。
ルナティスのベッドの方には写真が数枚散らばり、そのうちの一枚をルナティスが写真に穴が開くのではというくらい凝視している。

先日助けた礼に、彼の恋人の護衛を頼みたいとのことだった。

「元プロのアサシンを尾行して護衛しろとか無理だろ…。」
「……。」
思わずぼやくルナティスを見て、しばらくしてからヒショウが意を決したように顔を上げた。
「…俺がやろうか。」
「えー…だってヒショウはゲロたんに恩ないじゃん。むしろいじわるされたでしょう。」

「…お前の問題は、俺の問題でもあるだろ…。」
「……え」
零すように聞こえた小さな声に、ルナティスは顔を上げて向かい合う男の顔をまじまじと見てしまう。
見られて落ち着かなくなったヒショウは目をそらしてしまった。

「ヒショウっ!!!」
「…っ…」
目をそらした隙に傍へ寄っていたルナティスが胴に抱きついてきた。
突き放す気にはなれず、軽くその頭を叩いただけだ。

感極まってという感じに、ルナティスは彼の腰辺りに顔を埋めて黙り込んでいた。
「なんか、すごく嬉しい。」
「…そうか。」
やたら顔が火照ってしまい、ろくな返答ができなかった。



離れた大聖堂から聖歌が流れてくる。
普段は分からないが、静かにしていると微かに聞こえる。
もうすぐ正午だ。

「そういえばヒショウ、昔から聖歌好きだったよね。プロンテラに来てからやたらいろんなのを覚えてたし。」
「…聖歌が好きというか…」
またヒショウは口ごもってしまう。

「ルナティスの歌ってた聖歌が好きだったから、その延長だ」
言った瞬間、予測したとおりルナティスは顔を赤くして、満面の笑みを浮かべた。
それでまた甘えるように腰にしがみついてくる。
言ったほうまで恥ずかしくなり、また彼の頭を叩いた。



抱きつくことに満足して、ルナティスはヒショウの隣に座った。
勢いがあって、スプリングが軽く揺れてギシギシと音を立てた。
「ヒショウ、どの聖歌が好き?」

今でも鮮明に思い出せる、引っ込み思案で無口で優しかった少年、ルナティスの歌声。


「…キリエ・エレイソン」
小さく言うと、ルナティスは昔とは結びつかない明るい笑顔を浮かべ、頷いた。

「僕もそれが好きだ。」
そう言って、かすかに聞こえる大聖堂からのグロリアを掻き消すように歌い始める。


―――全ての執り成しの祈りを 主の哀れみの故に

―――御名によりて 御手に委ねる

―――我らの祈りを聞き給え

―――キリエ・エレイソン キリエ・エレイソン



この歌をはじめて聴いた時。
あれ以前からルナティスは自分を庇っていたのか。
そう思うとやるせなくなった。
けれど彼は今、とても嬉しそうに歌っている。
あの時は歌の通り悲しげに歌っていた。

ルナティスを苦しめてしまったことを後悔しているけれど、彼に会えたことは後悔しない。
自分が彼の思いに応えたことで、今まで苦しんだ分の幸せは得られるのだろうか。


「…もう、苦しませない。」
「うん?」


ヒショウの呟きを歌い終えたばかりのルナティスは聞き逃してしまった。
別に伝えるつもりはない思い。
伝えなくても守りあいたいと思っていることは互いに分かっている。

何も言わず、隣に座るルナティスに唇を触れ合わせる程度のキスをした。
目の前で前髪の金と、エメラルドグリーンの瞳があった。

今度こそ守りたい。
昔のように影を落とさないで、ずっと笑顔でいて欲しい。
…ルナティスはきっとそう思いながら、ヒショウを庇ってきたのだろう。

だから何かあったら今度は自分が守る。
そう決心して、彼から顔を離した。




自惚れたルナティスがヒショウからキスをされたことを言いふらし、またスマキにされるのはそれから数時間後のこと。


*END*




  
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(゚Д゚*)結局話のまとまらないエロ小説ですいません。
…この際拷問(?)シーンメインの小説ということで(・∀・)つ・)つ・)つ・)つ・)つ・)つ
ここまでお付き合い下さいました方、ありがとうございました。