「何を言ってやればいいのか、分からない。」

信じられないほど痩せ細った少女を目の当たりにして、涙が止まらなくなった。
彼女の前であまり泣いてばかりいられないと、我慢はしていたが
その姿が見えなくなれば、子供のように泣きじゃくってしまった。

死が確実な人間、共に悲しむべきか、励ますべきか。
大丈夫だ、なんて冗談でもいえない。

苦しくなるとルナティスにすがってしまうのは昔から変わらない悪い癖。
彼はいつでも、誰にでも、優しくしてくれる。
道を指し示してくれる。

フィーリアだけには、自分がそれをしてやりたかった。
自分の力で、彼女の道を指し示してやりたかったのに…。


まるで逃げるように騒がしい参列者の海から抜け出して、広場のベンチに腰掛けた。
慌ててあそこから抜け出したのは、フィーリアの容態が良くないように見えたから。

悪い予感は的中。
しばらくしてから著しく彼女の容態が悪くなった。
タキシードの上着を彼女の肩にかけて、顔を覗き込むように前に膝を立てる。

「…大丈夫か。」

大丈夫なはずが無い。
けれどそれ以外に言葉が見つからない。
彼女は頷いてこちらの手を掴んでくる。

「…休んでいられない、急いで…ニブルヘイムに…行かないと…。」

手袋ごしでも指先が酷く冷たい。
この状態では彼女はニブルヘイムまでの道のりを越えることはできないだろう。

けれど…

「ニブルヘイムには行かない。離婚もしない。」

前から決めていたこと。
…本当の恋人であるルナティスに後押しされて決められたことだが。

「誓っただろう、永遠に守ると。」

丸く見開かれた茶色の瞳は、どんなに痩せ細っても大きくて綺麗だと思った。
普通に暮らして、綺麗に着飾ればどんなに可愛らしい少女でいられただろう。

「ヒショウという名は君にやる。君が墓に入っても、君の名の隣にその名前を彫る。」
「…でも、恋人さんは…?」
「アイツには、別の俺の名前がある。そっちと一緒に生きると…」

「ま、そーゆーわけだから、お二人さん、お幸せに。」

突然背後から声をかけられ、二人とも心臓が跳ね上がった。
フィーリアと向かい合うように、いつの間にかルナティスが立っていた。
祭儀用の神父服のままで。
そしてその隣には彼の後輩らしいプリーストの姿。

「僕のことなんか気にしないで、二人でハネムーンに行っておいで。」

そんな言葉と共に、隣のプリーストがワープポータルを開く。
彼に微笑みかけて、フィーリアの身体を抱き上げた。
彼女は信じられないほど軽くなっていて、胸が痛む。

ヒショウはフィーリアを抱えたまま、なんとなく行き先の分かるワープポータルに足を踏み入れた。





出た先はプロンテラ北東にある遺跡。
プリーストを目指すアコライト達が訪れる修行場だと聞いた。
ここにワープポータルの記録をとっておけるのはプリースト転職試験の時とも。
ルナティスはわざわざ転職したばかりの後輩を探しておいてくれたのだろう。

「ここは…?」

フィーリアは見覚えのない森を見回していた。
ヒショウはそれにただ笑って答えるだけ。

「もうすぐ、夕日が見えるな。」

彼女を抱き上げたまま、森の中をただ一定方向に進み続ける。

「…友人が、持っていた雑誌にある写真が載っていた。
有名な観光スポットでもない、どこだか分からないような写真だったんだ。」
「どんな写真だったの?」
「…これから分かるさ。皆どこの写真か分からないと言っていたが
俺は無駄に風景を見て時間を潰すのが好きだし
昔ここを狩場にしていたから分かったんだ。」



「海が、ある」

話しているうちに、森が開け、海の音が聞こえた。
フィーリアもそれが聞こえ呟いたのだろう。
二人の横は高い崖になっていて、少し上から顔をだせばまっすぐ下に海が見える、急な斜面だった。

その崖にそって進むとぶつかるある一点に、大きな木がなっていた。
大きいが古ぼけてはおらず、今も葉は青々として、幹もがっしりとして色が良い。

「…もう十年ほど前に初めて見たが、いつまでも枯れるようすはない。」

言いながら、ヒショウは少し腰を屈めて木から垂れ下がる蔓をよけて、その木の下にたった。
崖と木の間は1メートルか2メートルほどのスペースしかなく、ギリギリ寝転れるほど。
ヒショウはフィーリアを膝に抱えるようにして、木の根元に腰掛けた。

向こうを見ろ、と視線で促す。

「なかなか絶景だろう。」

まだ日の入りには早かったが、海が赤く染まりキラキラと輝いていた。
視界の上にヴェールをかけるように木から葉や蔓が程よく垂れ下がっていて劇場の幕を彷彿とさせる。

心洗われるというのはこうゆうことを言うのだろう。
フィーリアはそれを目にした瞬間から太陽が次第に落ちていき海に足をつけるまで、ずっと抱えていた死の不安を忘れた。
けれど、急に胸を締め付けた苦しさと咳で、我に返った。

「大丈夫か!もう、見たかったものは見た。…帰ろう。」
「待って、いいから。」

ヒショウが手にした蝶の羽を、フィーリアが慌てて下げさせた。

それからしばらくまた、海の方をみる。
太陽が海に近づいてから、一層光が強くなった。
そして海に沈んでいき、だんだんと空に夜の帳が降りていき、太陽の光も小さくなっていく。



「…私、太陽と死にたい。」
「…何?」

突然フィーリアが口にした言葉に、思わず怪訝な声が漏れる。

「夕日って、海に沈むとき、すごく眩しいくて大きいのね…、初めて知った。」
「まぁ、海にも太陽が移るからな。」
「私の人生、っていうのも…そんな、感じだった。ずっと、暗くかったけど…沈む最後だけ、明るかった。」

視線を戻したフィーリアを見て、ヒショウは息を呑んだ。
目が虚ろで、唇が既に死人のように真っ青だった。
頬に触れてくる小さな手も、温かいとはいえない。

「幸せだった。私、誰より、最高の瞬間を…感じたから。」
「………。」

死が確実な人間、共に悲しむべきか、励ますべきか。
大丈夫だ、なんて冗談でもいえない。
なんと言ってやればいいのか分からない。
ヒショウはずっとそう悩み続けてきた。

頬に添えられた彼女の手を握り締めた。
涙腺が壊れたように流れ続ける涙で、その彼女の手まで濡れるのも構わない。
声も抑えきれずに嗚咽が漏れる。

「…もっと早く、貴方に…会いたかった。」

フィーリアのか細い声を聞いて、ヒショウは涙をぬぐってから彼女をみた。。

「そんなの…関係ない。…ッ…これから…ずっと傍に…いられる。」
「…そう、だね。私、忘れない…貴方の名前。
ちゃんと…隣に、彫ってよ、ね…?」

涙を流しながら、息を切らしながら、二人ともボロボロになったようだった。
そのまま、二人共に崩れていってしまいそうなほどに。

もう、呼吸音も聞こえないほどに小さくなったフィーリアに、せきを切ったようにヒショウが口付けた。

その瞬間に、彼の頬に添えていた手が空を切り
力なく地へ垂れ下がった。

「さよなら…」

唇を放した瞬間に、風に消えたフィーリアの声。
太陽も、もう海に沈んで光の欠片も消えていく。

今度こそ、動かなくなった彼女の身体。

確かに、彼女は太陽と共に消えていった。
そして残された薄暗い夜、そこにたった一人だけ残された男。
なんという虚無。
このまま闇に食われてしまいたいと思うほどに苦しい。

ただ、恋しくて泣き続けた。
求めたのは太陽か、フィーリアか。

消えていったフィーリアに届くように、亡骸を抱きしめて「愛している」と叫び続けた。



フィーリア、君はちゃんと連れて行けたのだろうか
この血にまみれた暗殺者ではなく、ヒショウという男に残された光の部分だけを。






「『太陽と共に生きた聖女 ここに眠る』か。素敵な戒名だね。」

彼女のために祈りを捧げた後、ルナティスが刻まれた名を見ながら言った。
ヒショウは隣で彼の言葉に強く頷いた。

「でもさぁ…『太陽と共に消えた戦士 ここに眠る』っていうのはどうかと思うよ?
消えてるだけじゃん、何もあらわされてないじゃん。」
「…まぁ、夫の戒名は適当に彼女に合わせてくれと頼んだから、な…。」

「うーん…まぁ、『生きた』ってのも過去形だし…二人とも消えた先で一緒だってことでいいのかな?」
「…そうゆうことにしておこう。」

いつもはヒショウが一人でくる墓参り。
ルナティスがフィーリアの墓の在り処を知ったのはついさっきのことだ。
教会裏の共同墓地は全てが同じつくりで、尚且つ数が多い。

埋葬された場所を事前に見ていなければ、探し当てることは難しい。
埋葬された瞬間を見たのはヒショウのみで、ルナティスは仕事でここを訪れることはあっても彼女と“ヒショウ”の墓は見つけられずに居た。

「…ありがとう、ルナティス。」
「何が?」
「前に、アドバイスをくれたこと。」
「どれかよく分からないけど、どう致しまして。」



フィーリアが死を迎える数日前、ヒショウが耐え切れずにルナティスに泣き付いた。
「何を言ってやればいいのか分からない」と。

『ヒショウが思うことをやればいい。』
『優しく笑顔で見送ってくれても、悲しさに泣き崩れても、彼女は受け入れるよ。』
『彼女は本当に君を愛しているから、君が与えてくれる全てのものを幸せに感じる。』

ルナティスは微笑んで、あっさりと言い切った。
その瞬間にヒショウは肩の荷を降ろせた。
だから最後まで、自分に無理をすることなくフィーリアと接することが出来た。



「いつも、お前に頼り過ぎないようにと…思っていたんだがな…。」

そう苦笑いした瞬間に、ルナティスにくしゃくしゃと髪の毛をかき回された。

「っ…なんだ…!」

ヒショウは慌てて立ち上がって髪を撫で付けた。
そんな様子を、墓の前にしゃがみ込んだルナティスが笑いながら見上げていた。

「あのアドバイスはね〜『僕だったら…』って考えて、思ったことを言っただけだよ。」
「…そうか。」
「そう、で、言っただろ。『本当に愛しているから、与えてくれる全てのものを幸せに感じる。』って。」
「……そうか。」
「そうなんだよ。」

上からと下からでしばらく視線を交えたまま、二人は黙り込んだ。
そしてその沈黙を破ったのはヒショウから。

「フィーリアが死んだとき、目の前が真っ暗になった。」
「…うん。」
「そのまま、泣いて、泣き続けて…言葉どおり、崩れてしまえたら…そう思った。」
「…うん。」
「けど、彼女の亡骸を抱えて帰ってきたときに、お前が居て…また泣きたくなるほど嬉しく思った。」
「…実際また泣いてたけどね。」

「彼女が死んで、太陽を失った。けど、俺の傍にはまだ太陽がいた。そんなことを思った。」
「………。」
「だからフィーリアも、俺を案じずに…最後まで笑って逝けたんだと思う。」
「…ヒショウ…。」

墓を見ているヒショウを見つめたまま、ルナティスは立ち上がる。

「…今のセリフ、言っててクサくない?」




ゴスッ!

「ゲフッ!!」

ルナティスも思わず漏れた一言に、ヒショウが思わず腹に蹴りをいれた。
身体をくの字に折った彼を見ずに、共同墓地を後にする。

「ちょっと、待てよっ…うっ…」

ケホケホと咳をしながら、ルナティスは去っていく相手に走って追いつき、隣に並んだ。
そして一息ついてから、彼の手を握る。

「…ずっと傍にいるから。」
「………。」

「愛してる、アスカ。」
「…分かったから、グローリィ的セクハラをしてるその手を尻からどけろ。蹴るぞ。」

最後に呟かれたアサシンの名前は、『太陽と共に生きた聖女』にとどくことはない。
彼女には必要の無い名前だから。



そしてその墓の前に、イリスという少女の退院通知が置かれるのはそれから数日後のこと。


*END*

 

 

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これでも意外とノーマルがスキです。
ノーマルなら純愛で清い関係がスキです。
死にネタなら尚GOOD (いいのかよ
かなり自己満足で書いた話でした。
いやー楽しかった!!たまにはこんな話が書きたくなるふー。でした。

(`Д´*)不評がキテも気にしねえ!!


  |||OTZ 
(気にしないんじゃなかったのか