ごめんなさい。
こんなつもりじゃなかったんです。
ただ…もう一度、貴方に会いたかっただけなんです…
「んっ…」
何だか首が痛い。寝違えたのか…。
ベッドがいつもより柔らかい気がする。そのせいで寝違えたか。
にしても、なんだか良い香りがする。
柑橘類の香水のような…。
目を開けると、目の前に見知らぬ女性の寝顔。
「うわあああああ!!!!!!!!!!」
朝の爽やかなプロンテラに、ヒショウの悲鳴が響いた。
『シェイディ君!いますか!?』
ユリカからの耳打ちなんて珍しい。しかも朝早く。
『どうかしました?』
『あの、えとっ…家どこですか!今、大変なんです!!そっちで説明しますから!!』
彼女のせっぱ詰まった声に、シェイディも焦りを感じてしまう。彼女に耳打ちで誘導し、家の前で合流した。
彼女はいつものプリーストの法衣だが、髪を降り乱して、息が上がっていて、どれだけ焦っていたのかが伺えた。
「…大丈夫でっ…!?」
彼女はシェイディの腕をとると、また全力疾走を始めた。
元気な娘さんだ。
「あの、いったい何が…?!」
速度増加をかけられて、二人は町を駆け抜ける。「ギルドのみんながシェイディ君の同居人さんを誘拐してきちゃったんです!先日会ったシーフさんを!」
「…ハァアア!?誘拐!?ヒショウを!?なんで!!」
「い、言いにくいんですがっ…」
彼女は走りながら、顔を真っ赤にしてしまった。
「私の初恋のシーフさんが、この前のテロで…シェイディ君の同居人さんだって分かったんです。」「…え」
……よりによってヒショウ?
……“あの”ヒショウに?……え、てゆーか“どっちの”ヒショウ?
「それをギルメンに話したら…みんなが、どんな男か調査してやるって、暴走しだして…」
うわぁ、あの人たちそうゆうの好きそうだ…。
そのときのみんなの顔が目に浮かぶ。
「…とりあえず、急ぎましょう。」
「………。」
「なっ、な…?」
ヒショウは訳が分からず、金魚のように口をぱくぱくさせている。
うろたえているうちに、目の前の女性が目を開けた。
淡い金色の髪に、エメラルドグリーンの瞳。
なかなかの美人だ。「ん…あら、起き…ってちょっと待てぇえええええ!!!!!!」
訳が分からぬまま、ヒショウは窓から逃げ出そうとしていた。
おしとやかに目を覚ます美女…を演じようとしていたマナは、それを見て思わず、叫んで掴みかかった。「ここ二階だしそっちは大通りだからまずいって!」
隣で…しかも下着で寝ていた(フリをしていた)彼女は、ヒショウを羽交い締めにして抑えた。
なかなか力が強いようで、ヒショウは身動きできなくなる。
だが彼はそれでも、暴れるのをやめようとしない。
背中に感じる他人の体温が、不快。
マナが羽交い締めにしていることが逆効果だったのだ。
「は、放せ…!!」
ヒショウは声を絞り出すように、めいっぱい叫んだ。
「あぁ〜!悪かった!謝るから落ち着け!!放すから、逃げるなよ?」女はそう言って力を抜く。
ヒショウはまた窓の方へ逃げ出した。
「だからそっちは駄目だっつってんだろがぁ!!!」
また襟首捕まれて引き戻された。「マスター!抑えるの手伝ってくれ!」
女がそう言うと、部屋の外にいたらしいハンターとその他もろもろが入ってきて、女とは違って力任せではなく、腕を捻り上げて床に押さえ付ける。
ハンターは力よりも、技術に優れている。「…お、れに、触るな…!!」
「…あ、おい!」
普通は動けば痛いはずなのに、ヒショウは痛みなど感じていないように暴れた。
「ばっ…動くな!腕折れるぞ!?」
髪を振り乱して、訳のわからないことを叫んで…明らかに尋常ではなかった。
さすがに一同は焦ってきていた。
関節技で押さえつけていたハンターが、思わず力を抜いた。
この男は、腕が折れても暴れそうだったから。
「ヒショウ!!」
丁度、シェイディを連れたユリカが駆け込んできた。
その瞬間、誰もが天の救いだと思った。シェイディは事態を把握すると、ヒショウに駆け寄り、顔を掌で包んだ。なるべく周りを見せないようにして
「ヒショウ、俺だ、シェイディだ、分かるか?」
「っ……」彼はシェイディを認識すると、彼にしがみついて、肩口に顔を埋めた。
子供のように泣きじゃくり、しがみついてくる姿は少し異様だったが…
「もう大丈夫だ」
なんとかシェイディは平静を保ち、子供をあやすように言い、震える背中を摩る。だが彼が落ち着く様子はなく、荒く、不規則な呼吸を繰り返すだけ。
「ッ…ぃ、が…シェイ…」
「……?」
ヒショウが、何かをいいながら、彼の腕を掴む手に力を入れる。
「ヒショウ…?」
彼の顔を覗き込むと、顔が真っ赤で、涙をボロボロ零して…それは、怖がっているとかいうよりも…
苦しがっている。「…過呼吸!?」
思いついて咄嗟に叫ぶと、ヒショウがこくこくと首を縦に振った。
口を開けて、喉を絞められているかのような声をかすかに出している。「わ、わ、どうすれば…あ、マナ!確かお前酸素マスク持って…」
「マスター、過呼吸っつーのは酸素の取り過ぎなんだ、それは違うぞ。」
マスターと呼ばれるハンターのデュアに、自称成りたてウィザードのイレクシスが偉そうに言う。
「僕がやろう。みんな外に出ろ。」
やっぱり偉そうだ。
わたわたしているみんなを押し出すように、部屋から出した。静かな部屋に、相変わらず苦しそうなヒショウの息遣いだけが響く。
イレクシスは黙って、何処から取り出したのか買い物の紙袋をヒショウの顔の下半分に押し当てた。
「それつけて息してろ。苦しくても死にはしない。」
そう言って、彼はヒショウから離れた。
まるで、ヒショウが人を避けていることを知っているかのように。イレクシスの対処と、みんながいなくなって安心したのか、ヒショウの呼吸はすぐに整った。
けれど、ずっとぐったりしていて、彼を支えているシェイディはどうにも動けなくなった。
「大丈夫か?」
恐る恐るといった感じでシェイディが聞くと、彼は大きく息をつきながら頷いた。「あ…さっきの、人は…」
ヒショウのまだ震えている声。
さっきの人=イレクシスであると気づいてから、シェイディが彼のことを一応紹介するべきかと思い、振り返る。
が。
後ろには誰もいない。
「…ウィザードのイレクシス。俺が入ったギルドのメンバーだ。」
「ああ…そうか…。」
まだ意識がハッキリしないのか、なんだか眠たそうな目で彼は頷いた。
「君に無礼をしたこと、他のギルメンに代わって詫びる。」
「うおっ!!?」
いないと思っていた人物の声がして、シェイディが思わず声を上げた。
だがヒショウはそれ以上に驚いたようで、また息ができなくなった。ヒショウがまた落ち着いてから、イレクシスと向き合った。
「どこに隠れてたんだ…」
さっきまでいなかったはずだが、気が付けば彼は部屋のど真ん中に普通に立っていた。「ハイドクリップで潜っていた。」
そう言って、髪を止めているクリップを指差す。そのクリップに刺さったカードの力だ。
カードはその種類によってさまざまな力を持つ。
時には、特定の職業しか使えないスキルを使えるようになるものもある。
ハイドクリップはそのひとつで、シーフ系が使えるハイディングという、姿を他者の目から見えなくさせる術を使えるようにするものだ。「ああ、とりあえず、すまなかった。本当ならギルメン揃って土下座するべきだろうが、それだと君がまた苦しい思いをするだけだろうしな。僕が代表して謝ろう。」
ベッドの上に足を組んで座りながら言われても、全然謝られている気がしなかった。
「いや…別に…」
ヒショウは、シェイディと初めて会った時のように、震えて、うつむいていた。「シェイディ。とりあえず彼を連れて帰ってくれ。詫びは後に入れに行くだろう。」
「…ああ。」
なんか、すっげー偉そうでムカつく。とか思ったが、シェイディも人のことは言えない。
「ユリカから、事情は聞いているか?」
「ああ。」
「…後で、ユリカ自身が彼にも説明するだろうから、黙っていてくれないか」
「…分かった。」シェイディはヒショウの肩を担いで、立ち上がった。
瞬間「うおっ、なんだこのアコラ…げふっ!!」
「ちょ、君、落ち着いて…ぬわぁ!!」
「デュア、アレク!!…ってぎゃ〜!!」なにやら隣がテロに遭ったかのように騒がしい。
ってゆーかデュアらしい声が言っていた…“なんだこのアコラ”…アコラ…アコライト?
(゜Д゜|||)まさか!!!
シェイディはヒショウを放り出して、部屋のドアを開けた。
「大人しくお縄につけやこの犯罪者どもめぇあああああ!!!!!!」
「お前がお縄につけ馬鹿ぁあああああああ!!!!!!!!」
シェイディは、+6キン・チェインを振り回しインビシブルのメンバーに襲い掛かっていたルナティスに、+5ウルヴァリン・ソードメイスで殴りかかった。
ゲショッ
どさっ
………。
「シェイディ…こ、この子死んだんじゃ…」
「殴りアコなんでこれくらいじゃ死にません。
マナの言葉に、なんだかいつも異常にトゲのあるシェイディが、言い切った。「うぅ…痛いよー、シェイディってばひどい…」
意外にも元気そうに、ルナティスはむくりと起き上がり、自分にヒールを連発した。
だが何せ殴りアコの上になりたてなので、ろくに回復していないようだ。
「すいませんうちの馬鹿が失礼しました。さあ帰るぞルナ!!」
傷の癒えきったルナティスを後ろから蹴り飛ばし、ドアの方へ歩かせた。
そしてわざわざ一度部屋の奥に戻って、また縮こまっていたヒショウを小脇に抱え、持っていた頭巾を被せて家を出た。
…犯罪者の顔を隠してマスコミの波を掻き分ける警察って気分だ。
「……。」
メンバーの間に気まずい雰囲気が漂っていた。
「…ユリカ、ごめんな」
それはもう、三回目の言葉だった。
ヒショウを連れ出したりと、暴走していたメンバー全員が口々に謝る。彼女はそれに、ただ首を振って答えるだけ。
ユリカが怒っている訳ではないのは、みんな知っている。
あんなに脅えていたヒショウが心配で仕方がないのだろう。
脅えていた、それ以上に…苦しそうだったから。「…後で、謝りに行こう」
マナの言葉に一同が頷く。
ユリカはずっと、薬指についている骸骨の指輪を見つめていた。もう、彼が会ってくれないのではないかと
話してくれないのではないかと微笑みかけてくれないのではないかと
心配だった。