壊れていく音が聞こえ始めた
鏡の中のあの人は
いつでも不適に微笑んで
俺を殺しに来るんだ


 

暑い。

「……。」
場所はモロク。
乾期の真っ只中で乾ききった、熱い空気。
それに晒された体は、どんどん熱くなっていく。
俺は大通りの端で、アイスを食べて猛暑に耐えていた。
日陰に行けばここまで熱くはないはずだが、待ち合わせをしているシェイディとルナティスを見逃してしまうかもしれない。

今日は彼らの壁をすることになった。
壁とは、レベルの高い人がモンスターを引きつけて、弱い人に横から叩かせてレベルを上げさせてやることを言うんだが…
俺は一度もしたことは無いし、されたこともなかった。
多分、俺とルナティスならできただろうが、俺は戦いになると回りがまるで見えなくなるので敵の攻撃を避けながらアイツを気遣うなんてこともできないで、なんらかの事故で危険な目にあわせる可能性が高い。
だから、どうもしてやる気になれなかった。
けれど、今はシェイディがいるので、2人いれば、俺の気が回らなくても大丈夫だろう…
ということで、今回三人で狩りにいくことにした。

ゴーグルと上着を外し、アイスを食べながら、カプラサービスの空間移動でモロクへやってきた冒険者達に気を配る。

もうそろそろ太陽が昇りきる。約束の時刻のはずだ。

 

「…ぁ」

銀髪の青年が転送されてきて、思わず反応した。
髪も、ポニーテールでは無く後ろで三編みにしてあるが、同じくらいに長い。
けれど、その服装は…商人ではなく騎士。
人違いだった。

けれど

「…え」

彼と目があった。
シェイディだ。

訳が分からずポカンとしていたら、にっこりと微笑みかけてきた。
…その笑顔が、シェイディらしくないと思った。

彼はそっぽを向いて歩き出す。

「え、な、シェイディ…!」
「あ、ヒショウ」

返事は別のところから帰ってきた。

「え?」
転送されてきた集団の中からシェイディが出てきた。いつものポニーテールに商人の服。
「…どうしたんだ、ぽかんとして」
「あ…いや…」

さっきの騎士、どう見てもシェイディだったのだが…
状況から見て、人違いだろう。
まぁ、顔のそっくりな人間は世界中に三人はいるというしな。

「なんでもない。…ルナティスは?」
「ソードメイス、精錬してる。」
「…そうか。」

彼の転職祝いに俺がやったソードメイスだろう。
今まで彼が使っていたのはただのメイスだった。
ノービス時代にはそれくらいでいいと思うが、アコライトになったらそうも言えない。
他人と組むことも増えるだろうし、それなりにいい装備を持ったほうがいいと思い、買ってやった。
それを買う為に、丸4日間フェイヨンダンジョン4Fに篭っていた。

あそこなら俺にもなんとか篭れるレベルだし、ムナックやボンゴンの落す帽子やシューズを売れば、かなりの額が稼げる。
現に、ルナティスに買ったソードメイスは、ボンゴン帽を売ってできた金だ。
シェイディにも、雌盗蟲カードが3枚刺さったスティレットをやった。

2人とも喜んでくれたし、かなり大事に(特にルナティスは過剰なほどに)扱ってくれているので、努力も無駄ではなかった。

 

「俺が引き寄せたヤツだけ叩けよ?」
「はーい」
ルナティスが楽しそうな声で、手を上げてそう言ってくる。
…なんか、子供を引き連れてる保父さんみたいな気になってきた。

「あと、サンドマンとかいう砂のモンスターが出たらすぐシェイディは避難して、ルナティスは俺にヒール。手出しするな」
「はーい」
ルナティスの、さっきと同じような返事。
今日の狙いは、ホードという巨大ミミズ。
壁には良く使われているし、獰猛でもなく、こちらから手を出さなければ何もしてこないので、それが多く生息している地帯もあまり危険ではない。
一緒にそこに生息するサンドマンというモンスターを除いては。

 

さっそく、ホードが地面からひょこりと顔を出しているのを見つけた。
「「…でかっ」」
シェイディとルナティスが声をそろえてそう呟く。
…はじめて見たときは、俺もそう思った。
体の1/3程度と思われる範囲を地上に現しているのだが、それだけでも人の身長は軽くこえている。
もし全身地上へ上がってきたら、恐ろしい大きさだろう。

「じゃあ、俺がひきつけるから、そっちから叩け」
「りょかーい」
「わかった」

俺はそのへんに転がっている石を拾い、ホードに向かって剛速球で投げつけた。
…一応、これもシーフの立派なスキルだ。
ずいぶんと素敵な音がなって、ホードはコチラをぐるん、と振り返ってきた。
その様子に、2人がびくりと震え上がっているのが面白い…。

ホードは地面に潜り、地中を移動して
「ぎゃああああ!!!!!」
「うおっ!!?」
ルナティスの悲鳴とシェイディの声をバックに、俺の目の前から飛び出してきた。