確かにそっくりだった。
でもそれは外見だけで中身は全然違った。
彼には似つかないほど
優しい微笑を浮かべる悪魔だった


 

 

俺はホードが首をぐりんぐりん回して襲い掛かってくるのを、はねて避ける。
俺の役目はただ避けるだけ。
…これはなかなか楽かもしれない。
思ったより、余裕もあった。
チラッと2人の様子を横目で見る。

シェイディは少し引き腰になりながらも、なかなかいい速さでホードの胴体に切りつける。
ダメージもなかなかで、早さもいい。

ルナティスを見ると…

「はっ!!うりゃあ!!」
ホードの胴体や頭部も、シェイディとは反対側から殴りつけているわけだが…

「…っお!」
彼の様子にあっけに取られて、危うく俺のほうがホードに殴り飛ばされそうになった。
ルナティスがそれに気づき、俺にヒールを飛ばして、そしてまたホードに殴りかかる…の、だが。

そのダメージが異常だった。
なんだが…シェイディの2倍…いや、3倍くらいの威力があるのでは、と思う。
そして下手すると俺と同じくらいいっているのでは…
シェイディもそれに気づいていて、驚いていた。
本人は気にせず、とても楽しそうにホードを撲殺している。
2人がかりというのもあるが、ルナティスのその異常な威力によって、ホードは思ったより簡単に倒せた。

「さすが+5ソードメイス〜ダメージが違うね!」
ルナティスはまるでペットのように、汚れたソードメイスを抱きしめる。
…あのダメージは、決してそれだけの理由ではないだろう。
「…ルナティス、ちょっといいか。」
「ん?なに?」
「お前STRいくつだ。」
「え、STRって?」
「冒険者カードに表示されるだろう。力の数値だ。」
「ああ、えっと…50」
ケロリと言ってのけた彼に、俺は愕然とした。
その数値は俺よりも勝っていた。
シェイディもあっけにとられている。
と、ゆうか…十何日か前に転職したばっかりのアコライトがその数値はありえない。
他の、早さとか体力とか魔力とか、それら全てを完全に捨てていない限り。

俺はいやな予感がして、彼が見ている冒険者カードを取り、見てみた。

「っ!!!!????」

そこにあったのは、もっと信じられない事実。
彼のその数値は、アンバランスではなかった。
物理的な力を求める者がSTRを高くして、魔力などに関係するINTを捨てるというのはよくある。
俺もINTは捨ててSTRをとっているし、防御面に関しても、回避力・速さのAGIを求めて、防御力・体力のVITを押さえている。
ルナティスも、ちゃんとそんな形になっているが…
問題なのは、その全ての数値の多さ。
全体的に、数値が高すぎる。つまり強すぎる。
そしてカードをひっくり返して表を見てみたら

ベースレベル55
ありえないぞお前。
1次職になったばかりのくせに、暦の長い俺と大差ないじゃないか。
それに、ベースレベル55といえば、もう二次職になっている冒険者も多いはずだ。
たしか、シェイディのベースレベルは24。
彼が低いんじゃない。1次職なりたてならこれが正解だ。

 

「…ルナティス…アコライトに転職したとき、お前のベースはいくつだ…」
「55のままだよ」

持っていた冒険者カードを、ルナティスの顔面に全力で返却した。
ルナティスは勢いで、バタリと仰向けに倒れる。
「る、ルナっ!?」
シェイディが唸る彼の肩を揺さ振っている。

確かに、ルナティスの転職が異様に遅いとは思っていたが
それは彼が我が家の家事で忙しいのかと思っていた。
けれど、どうやら彼も俺に負けないくらい狩りにいっていたらしい。
一人、プチスーパーノビス気分を楽しんでいたわけか。
…なんだか腹が立った。

「ああ、サンドマンが出た。ルナティス、行ってこい」
「ええっ!!?だって、ちょ…」
「ハイディング!!」
「うわわわわわわわ!!!!!」
慌てふためくルナティスの目の前で、俺はハイディングで身を隠した。
俺をめがけて迫ってきていたサンドマンは、すぐさま近くのルナティスに目をつけた。

 

 

「…はぁっ、はぁっ…」
四つんばいになって真っ青な顔をしてルナティスは荒い息をついている。
そのすぐ前には、さっきまで動いていた砂の山と、砂のかけらという結晶。
「お疲れ」
俺はそう声をかけて、サンドマンから出た砂のかけらを拾い上げる。
「しっ、死ぬかと思った…」
「ビビって悲鳴あげまくって息してなかっただけだろうが。」
ルナティスの外傷は、ヒールを自分にかけつつ闘っていたおかげで至って少ない。
冷静になれば十分タイマンできる。

「よし、シェイディ。続きいくぞ」
「おう」
「ええっ!!シェイディだけ!?僕は!?」
「お前は一人でもホードくらい倒せる。あとはサンドマンがきたら撃退してろ」
「ひどい〜!差別〜!」
「効率の問題だ。」

 

 

日が傾きだしたころ、俺たちはモロクへ帰ってきた。
本当はプロンテラまで帰るはずだったのだが、ルナティスが本当にもう一歩も歩けない状態だったので、仕方なくモロクに一泊することにした。

俺はぼんやり
町並みを歩いていた。
もうすっかり夜なので店は何処も閉まり
酒場や宿屋のみが明かりをつけている。
もう見るものはなく人気も殆どないが、この雰囲気が好きだ。
…夜のモロクは裏路地に入るといかがわしいことが多いので、それだけがやや困りものだが。

「あ、そこのシーフさん」
「っ!?」
突然横から声をかけられ、内心震え上がった。
だが、逃げるのも失礼なのでやや距離を残したまま、止まって声の方を見た。
「……」
暗いので顔が良く見えなかったが、後ろで縛られた長くストレートな銀髪は見えた。
それがシェイディを思わせる。
私服のようなので冒険者かどうかは分からない。

「何か回復薬、持っていませんか?さっき怪我をしてしまって。」
「…あ」
確かポシェットに黄ポーションがあったと思い、俺をそれを探り出した。
…他人を目の前にして、手が震えているのを感じ、我ながら情けなくなる。
「…どうぞ。」
路地にしゃがみこんだ彼に、差し出した。
相手はわざわざ立ち上がって、お礼を言ってから受け取った。

それを受け取って、飲んだり、怪我をしたらしい足につけたりしている彼を
俺は呆然と見つめていた。

―――…シェイディ?

声にはでなかったが…
髪だけではなく、声も、顔も彼そのものだった。
緊張や不安は、困惑へ変わっていた。

「…私の顔、どこかおかしいですか?」
俺がじろじろ見てしまったせいで、彼がきょとんとしてこちらを見てくる。
それに慌てて視線をそらせたが…
どうしても、彼を他人と見れなくて、緊張していない自分がいた。

シェイディのそっくりさんといえば、ルナティスとシェイディと待ち合わせていたとき
転送広場でもみかけたのを思い出した。
あれは確か髪を下で三つ編みにしていた騎士だったか。
「…いえ…あの、昼ごろ、転送サービスかワープポータルでモロクへきました?」
「ええ。…ああ、あそこでアイスを食べていたシーフさんですか。」
「あ…はい……。」
思ったよりも礼儀正しくて、なんだか段々緊張してくる。

「あの時、私がじろじろ見てたの、気になってしまいました?」
「いや…そう、ゆうわけでは…」
「ごめんなさい。暑い中で見たあなたの持っていたアイスがすごく美味しそうに見えて。」

困ったように、けれどマジメな彼のそんな言葉に、つい吹き出してしまった。
声を殺して、顔を手で覆って、それでも笑いをこらえきれずに、肩で笑う。
彼も、つられてくすくすと笑っていた。

 

彼とは何もなく、黄ポーションの代金を押し付けられるように受け取り、そのまま分かれた。
あれだけシェイディと似ているのだから、他人ではない可能性は高いだろうが
シェイディはあまり自分の過去を話したがらないし、詮索するつもりはない。
むしろ、彼が少しでも言いにくいことなら、聞きたくない。
込み入った話には、深く関わりたくない。
関わればほうっておけずに、俺自身もどんどんそれが気になり、自分のことのように深刻に考えてしまうくせがあるからだ。
だから、あの騎士にもシェイディのことは言わなかった。

何もないことが、一番楽だから。