どうして彼を放してあげないの?
せっかく彼が見つけた
暖かい寝床をめちゃくちゃに壊して
それで貴方の何が満たされるっていうんだ。


 

父さんが、優しかったはずの父親が、だんだんと冷たくなった。
いや、冷たくなったんじゃなくて…俺を、見なくなった。
母さんは少し厳しかったが、それでも無闇に怒鳴ったり、罵声を浴びせてきたり殴ったりなんかしなかった。
徐々に2人は変わっていってしまった。
だんだんと壊れ始めた。
俺にだけ。

でも、変わらず大切にされてたあの人だけは…
変わらず俺に優しかった。
なんで両親が俺を嫌いだしたのか
その理由なんかより
あの人がずっと俺を見てくれていたのがうれしかった。

それなのに……

 

 

『シェイディとルナティスへ
  モロクに用事があるので少し残ります。
  先にプロンテラに戻っていてください。
                    ヒショウ  』

宿の部屋のテーブルの上に、丁寧な字で書かれた置手紙があった。
モロクに用事って何だろう、と思いながら、シェイディは商人の服を着込む。
ルナティスはまだ夢の中なので、彼が目覚めるまでに回復薬の調達に向かうことにした。

「…それにしても…久しぶりに嫌な夢を見たな…」

 

 

モロクでの用事などまったく思いつかない、と首をかしげるルナティスと一緒に、とりあえずプロンテラに帰還した。
…プロンテラも暑いと思ったが、砂漠地帯に比べれば涼しいもんだ、と二人は心から思う。

「あ、そういえばヒショウ、バックステップ覚えにいったのかも。」
「…シーフのスキルか?」
「そうそう。この前、練習に必要な材料集めてたから。」
「なるほど。」
「じゃあ、今日は一緒に狸狩りでもしにいこっか!」
「…また猫耳のヘアバンド目当てか…?」
なぜかルナティスは、ずっと猫耳のヘアバンドをほしがっていた。
そんなものをとって何に使うのか謎だ。
「経験値が一番の目当てですよ!じゃあ、早速行こうー!」
うそつけ。
そう思いながら、シェイディは彼の後につづいた。

 

 

「あ、シーフさん!」
カプラサービスでプロンテラに今まさに帰ろうとしていたところを
シェイディの声が…いや、そっくりの声が、呼び止めてきた。
振り返れば、昨夜の銀髪騎士。
今はポニーテールではなく、はじめて見たときと同じ三つ編みをしている。
「昨日はありがとうございました。」
「…いいえ。」
本当によく似ている。まるで双子だ。いや、本当に双子なのかもしれない。

「シーフさん、よければ昨日のお礼に壁をしたいんですけど」
「え…?」
突然何を言うのだこの騎士は。
あまりに唐突な言葉に、目を丸くした。
「いやね、昨日ポーション貰うときに冒険者カードが見えて、そしたらもうシーフさん転職間近じゃないですか。
だから、次会ったらお礼に壁でもして転職させてあげたいなって思っていたので。」
「いや、たかが黄ポーションにそんな…金だってちゃんと貰ってますし」
「いやいや、お礼というのも確かだけど、なにより私がやりたいんです。」
「で、でも…」

 

その後長々と続いた押し問答。
結局折れたのはヒショウで、彼はため息ながらに了解した。

 

「…ヒショウ、遅いなぁ…」
「今日は帰ってこないんじゃないか?」

もうすっかり日は沈んでしまった。
タヌキ山から帰ってきて、夕食も済ませ、もうさめてしまったヒショウの分の夕飯の隣で適当に話をしていた。
といっても、ルナティスが昔の思い出やら何やらを語るばかりで、シェイディはそれを聞くだけ。
けれど、そろそろ話のネタも尽きてきた。

「バックステップ習得に一日もかからないと思うんだけどなぁ…」
「ついでに狩りでもしてるんじゃないか?」
「かもね〜…あ!ピラミッドの中で迷ってるとか!!」
「あるか、ルナティスじゃあるまいし…」
ルナティスは唇を尖らせた。

 

『ルナティス、シェイディ』

突然、二人の冒険者カードからヒショウの声がした。
パーティー機能で、カードを通してパーティーメンバーに声を伝えられる
なんだかその声はものすごく疲れている気がした。
慌ててシェイディとルナティスはカードを取って、パーティーチャットに切り替える。

『ヒショウ、大丈夫か?』
『どうしたの、何かあったの?』
二人の声が重なる。
『…あー、いや、なんか…昨日知り合った騎士が壁してくれてたんだが…』
声には出さなかったが、ルナティスは驚いて目を丸くしていた。
シェイディも少なからず驚いていた。
あ の ヒショウが他人と二人だけで狩りにいくというのが信じられなかった。

『ああ、じゃあ疲れてるんじゃない?』
『…ああ、ものすごく…』
それは、精神的にも身体的にも疲れたのではなかろうか…。
『それでな、なんだか…引きずりまわされてる間に、転職した…。』

 

『なにいいいいいいいいいい!!!!!!!!????』
『きゃあああああああおめでとおおおおおおおおおおお!!!!!!!!vvvv』
いや、ルナティス。そこは驚けよ。そして叫ぶな。

『ありがとう…てか、すぐにでも帰りたいんだが…ものすごく眠くて…』
『ああ、またモロクに泊まる?』
『いや、今いるのアルデバランなんだ…』
『チョットマテ?w』
ルナティスが笑顔のまま思考回路が止まっている。
アルデバランと云えばプロンテラ北にある都市で、モロクとは反対方向。
尚且つ、あそこの近くの狩場といえば都市のど真ん中にある時計塔というハイレベルな冒険者が集まるダンジョンくらい。

『もしかして、一日時計塔に…?』
『…スパルタというのをはじめて受けたよ…』
ルナティスの質問にそう答える声は、心底げっそりしていた。
『こっちにカプラでセーブして、そのままモロクにとんぼ返りしてアサシンギルド直行だったから
蝶で戻った先がアルデバランだったんだ。
明日、また彼と一緒に徒歩でプロンテラに戻る。』
『ああ、うん。わかった〜気をつけてね。騎士さんによろしくー』
『お疲れ』
二人はヒショウに声をかけて、チャットをきった。

 

「…ヒショウ、もう転職間近だったんだな」
「確かにそうだけど…よほどスパルタされないと一日で転職できるほどのレベルじゃなかったと思うよ?」
二人の間に、なんだか沈黙が流れた。

「それにしても…なんかビックリだな…知り合ったばっかりのやつと二人で」
「そう!僕もそれ思った!しかも全然大丈夫そうだったしね〜。ヒショウ、人嫌い克服したのかな?」
確かに、最近俺の入ったギルドの人たちとギスギスしながらも話したりしだしていたから。
けれど、それでも近くにルナティスかシェイディがいないと駄目だったので、少し疑問に思う。

「あ、そうだ。ヒショウの転職祝い、何がいいかな?」
食後にルナティスが彼特性ブドウのアイスを持ってきてくれた。
…どうでもいいが、ルナティスは料理も家事もその辺の奥様よりもかなりデキるやつだと思う。
それを一口食べてから、考える。
「ああ…そうだな…アサシン用武器ってなんだっけか」
「カタールか、短剣だよ。ただし、短剣は2本だけど。あと斧とか使う人いるけど普通しないね〜」
シェイディの質問に、ルナティスはかなり詳しく答えてくる。
「ヒショウ、俺達になかなかいい装備くれたしな。こっちもそれなりの用意したいが…」
「ん〜二次職が使う武器っていうと値段とんでもないからね〜かといって安いやつより性能いいやつが欲しいし〜」
二人はうーん、とうなったまましばらく思案に耽った。

「リボン装備して『僕がプレゼントw』みたいな?」
「ヒショウはそんなネタで笑うようなやつじゃないだろ」
「いや、笑うところじゃないし。でもあっちのヒショウは喜ぶと思うよ?」
「やめろ。シャレにならん。マジで身の危険が…」
「まあ、冗談だけど。」
ちょっとムカッときたが、けれどそんな些細な怒りはアイスの冷たさに冷まされてしまう。

 

 

「…う…」
体がひどくだるい。
少し吐き気もする。
なんだか体が浮いているような感じがする。

「…起きました?砂漠の暑さと疲れから熱が少し出たみたいで…おかゆ作ってもらったんで、食べてください。」
そんな声がどこからかして、うつぶせにベッドに投げ出していた体を持ち上げれば、看護用の椅子にあのシェイディそっくりの騎士がいた。
ベッド脇の小テーブルにいい香りのするおかゆと、湯気を上げているカップが置かれた。
「…すいません。」
「いえ、私が無理させたせいですから。私って変に熱血で、周りが見えなくなるんですよね。」

カップの中身はミルクだったらしい。
それを受け取って、少し飲み込んだ。
のどの痛みに触れず、すっと体の中に飲み込まれた。
「でも、ありがとうございました。…最近、なかなか転職にたどり着けなくて、悩んでいたところだったんで」
そう言うヒショウの声は少しかすれていた。けれど、いつも他人と話すときにある気まずさはない。
それに、シェイディそっくりの顔が微笑んで返す。
「それはよかった。」

「そういえば、まだ…名前、聞いてませんでしたね。今更かもしれないけれど」
「ああ、そういえば。」
騎士はコロコロと笑うが、ヒショウは今まであえて聞かずにいた。
シェイディの同居人である自分が、彼に関わるのはよくない気がしたから。

「シェイディ」

「…え?」
騎士の声は、確かにそういった。
同じ名前?

呆然としてしまったヒショウに、彼はいつもどおり微笑んでいた。
ただ…目が笑っていない気がする。

「シェイディです。よろしく、ヒショウ」

シェイディと同じ、深い紫の瞳。
けれど、彼とはどこか違う色。
寒気がするような、冷たい…

何故、自分の名前を知っているのだろう。
冒険者カードを見たのだろう。
けれど、何故名前が知られていることが

こんなに…怖い。

 

「シェイ、ディ…?」

気分は、蛇に睨まれた蛙。
いつも他人に感じる、不安や緊張とは違う。
純粋な恐怖。
敵意ではなく、穏やかに―――

食われていきそうな感覚。

いつも笑顔という仮面に隠されていた本性を覗いてしまった。
動きたくても、動けなくなった。

 

そんなヒショウの心中を読んでいるかのように
彼はただ、口元だけ笑いながら

「…っ!?」
ヒショウの頭を掴んで、ベッドに押し付ける。

「な、なに…?!」
心臓がドクドクと脈打つ。
いつも戦うモンスターとは違う敵意。
穏やかで、ひどく冷たい感情。
それが、ヒショウの抵抗を妨げる。

「なんで教えてくれないのかな」
シェイディと名乗った騎士の、悲しそうな目がすぐ目の前にある。
けれどそれは、獲物を哀れむような悲しい目。
「なにが…?」
喉が熱くて、胸元が熱くて、汗がにじむ。

「シェイディのこと。」
「っ!?」
「ヒショウも、私とあの子のこと引き離すつもりだったのかな…?」
だんだんと、狂気を帯びてくる瞳が
怖い。

 

―――逃げなさい!!!

 

頭のどこかで響いた声。
それに後押しされるように、ヒショウは自分の上に手を伸ばし、壁に触る。

―――クローキング!

シーフのスキル、ハイディングの応用。
姿を消し、壁に沿ってだが移動できるスキル。
ヒショウの姿が消えて、彼の頭を押さえつけていた騎士の手が、枕の上にポスッと落ちた。

すぐに部屋の窓が開き、そこに姿を現したヒショウが窓から飛び出していった。