私が欲しいのはただひとつ。
かわいいあの子を壊したい。
ただそれだけ。
ヒショウからの「明日帰る」という耳打ちから四日たった。
一日目は、帰るのに手間取っているか、他に用事でもできたのだろうと、こちらからは連絡しなかった。
二日目の昼、不安になって耳打ちをしたが、応答せず。パーティーも解除されていて連絡が取れない。
三日目の朝、騎士団に捜索願を出し、インビシブルメンバーにも相談し、プロンテラ〜アルデバランの山道を捜索したり、モロク周辺を回ったりした。
昼夜問わず探し続け、四日目ももう終わろうとしていた。どうしようもない不安に、ルナティスとシェイディは何も口が開けない。
狩りへ出かける気にもなれず、今はただ体を休め、また捜索へ出かける。もう日はすっかり沈んでしまった夜。
少し荒っぽく扉が叩かれた。「はい?」
「…夜分遅くに失礼します。騎士団の者です」
やたらハキハキした声が向こうからして、ルナティスは扉を開けた。「捜査の報告に来ました。」
「…わざわざすいません。どうぞ」
彼が奥へ通そうとすると、騎士団の青年は首を横に振った。
「いえ、ここで結構です。すぐに済みます」
彼はそう言い、扉の前で書類をいくつか取り出した。「まずは結果的に言うと、まだ当人は見付かりません。」
「……そうですか。」
ルナティスの表情には、がっかりというよりは、やはりという落胆が見える。
「けれど、犯人らしき人物の検討と、最後の目撃情報がまとまりました。」
ルナティスが続けてください、と頷く。「…まず、最後の連絡がアルデバランからと言うことでしたので、そちらを中心に捜索したところ、ヒショウさんらしき人物が確かに何度か目撃されています。」
「最後の目撃情報は…?」
「…深夜に宿屋の三階から飛び出してきた、と露店を開いていたアルケミストが証言しています。」
突拍子もないその答えに、彼は目を丸くした。
「三階…?」
「はい。詳しい時間は分かりませんが…」
「…何かから、逃げてた…?」
「可能性は高いです。」
いったい何から逃げていたのか…
心辺りは一つだけ。「…彼と直前まで行動していた騎士の情報はありますか?」
「はい。銀髪を三編みにした青年…と言うのが多いです。他も同じようなものです。身長は、ヒショウさんよりやや低めで160代後半から170代前半と思われます。これらの証言はモロク、アサシンギルド、アルデバランまで全てで上がっています。この騎士の方も、犯人かはさて置き、参考人として捜索中です」
「…なるほど」
「情報は、以上になります。こちらの方でも何かありましたら、すぐに騎士団にご報告を。」
「分かりました。ご苦労様です」
「はっ。それでは失礼します!」
彼は早足で、暗い街中へ帰っていった。
「シェイディ、聞いてた?」
居間で休んでいたシェイディに声をかける。
彼の位置なら聞こえていたはずだ。「…シェイディ!?」
彼は居間のソファに座っていたが、何かにおびえたように縮こまって震えていた。
走り寄って覗き込むと、顔色も真っ青で、涙腺が壊れたようにぼろぼろと涙を流している。
「どうしたの?!シェイディ!!」
尋常ではないその様子に、ルナティスまでも混乱状態に陥りかけていた。
「…ルナ、ごめん…」
「何が…?」
「ごめん、ごめん!!」
「シェイディ?」
耳を塞いで、泣きながら縮こまって…
ルナティスは、相棒が昔、壊れかけた時に似ていると思った。
同時に不安になった、シェイディまでも同じことになってしまいそうで「大丈夫だから、目を開けて。こっち見て」
震える彼の前に立って、穏やかに声をかける。
とにかく、今は彼に、現実をしっかり見据えて欲しいと思う。
ヒショウをずっと見ていて、彼が取り乱すのは周りが見えていない時、周りを見たくなくて自分の中に閉じこもろうとしている時だと、なんとなく知っていた。「ここ、どこだかわかるよね?」
目を真っ赤に腫らして、掻き毟って髪をぼさぼさにして、子供のように怯えている。
ヒショウと同じだと思った。
シェイディも、傷を負った人なんだと、初めて知った。
「僕のこともわかるよね?」
彼はただ頷く。「僕とシェイディ以外に誰もいないから。安心して。」
「で、も…声が…」
「声…WIS?」
さっき、誰かからWISがきたのか。
ルナティスは何食わぬ顔でシェイディの冒険者カードを取り上げた。
耳打ちというのは冒険者カードを所持していると使えるもので、カードの設定で耳打ちを全拒否することができる。「おっけー。もうWISもこないから、これで完全に二人きりだよ。」
「っ……」
「もう大丈夫だから、目を開けて。こっち見て。」
シェイディはとっくに、ルナティスの方を見ている。
そう言うのは、何も考えずに、周りの状況を見ろ、ということだ。「とりあえず、僕に話さなきゃいけないことはある?」
彼は間髪おかずに頷いた。
ルナティスは穏やかに、じゃあ話して、と言った。
彼は話そうとする、がなかなか言葉が見つからないらしい。
「じゃあ、ちょっとずつ聞くね。さっき僕にいってた『ごめん』ってどーゆーこと?」
彼にタオルを渡す。
シェイディはそれで口元を隠した。
「…ヒショウ、が連れてかれ、たの…俺のせいだ…」
「…ふむ…ってええ!!?」
なるべく冷静になろうとしていたのに、いきなり声を上げてしまった。「犯人…から、WISがあった。」
「…犯人、知ってるの?」
少し息が上がっているが、大分冷静になったらしいシェイディはうなずいた。
「アイツ、昔から…俺が苦しむのを見て、楽しんでた…。アイツのせいで、俺は家を追われたんだ…」
「え…」
「…アイツがやった悪事、全部俺におしけてたんだ…自分は、ずっと優等生ぶってて…」
「何その人最悪じゃん!!!!!」
ルナティスが苛立たしげに叫んだ。
そうしてから、彼自身が話の腰を折ったことに気づき、続けて…といってまたおとなしく黙り込んだ。「今回のことも、ヒショウが俺とかかわりがあるって分かってて近づいたんだ…。アイツなら、ヒショウがそんなに抵抗なくついていけたことも納得いくし」
「納得いくって、なんで?」「…俺とアイツ、は…双子だから…」
「う…」
寝苦しい。
嫌に吐き気がこみ上げる。
首元の汗が流れて、寒気がする。
首元だけじゃなく、額も手も、装束の中の体も汗で濡れている。
濡れているのは汗のせいだけではない。
全身に点在する、ビリビリと響く痛み。
自分では見えないが、そこがどうなっているのかはなんとなく予測がつく。
けれども、寝ている場合ではない、と痛む全身に鞭を打って起き上がった。あれから何日たっただろう。
部屋は真っ暗で何も見えない。日の光も見当たらなくて、時間も分からない。
感じるのは殺される恐怖ではなく、壊される恐怖。
なんとなく、彼は殺す気はないと思う。
斬りつけて、その傷の治療はしないが、致命傷のような傷はつけてこない。
飢えさせる事もしない。保存食を置いていき、彼が戻るまでに食べていなければ無理やり口に押し込められる。一度、何故こんなことをするのかと問うた。
返事は「あの子を壊したい」だった。
あの子、とは誰か。
なんとなく分かっていた。
シェイディ。あの騎士とそっくりな青年。
ヒショウが彼とは関わらせないほうがいい、と思っていたのは正解だった。
けれど、結果、ヒショウはこうなってしまったわけだが。だからか、この絶望的な状況の中でも、ヒショウはそれなりに冷静でいられた。
あの騎士がいない間はずっと、どこかに繋がれた足枷をいろんなもので削っていた。
少しずつ、それが脆くなっていっているのは分かった。
まずは逃げて、シェイディとルナティスに知らせなければ。
それだけを必死に頭に浮かべていた。
部屋の外から足音。
慌ててベッドの下に、足枷を削っていたフォークを隠した。
間髪おかず、部屋の扉がノック無しに開けられた。
「おはよう」
光に慣れない目に、シェイディそっくりの悪魔が映る。
見るたびに全身に寒気が走るその姿。
彼ではないはずなのに…一瞬、錯覚してしまう。「何か喋ってよ。最近すっかり黙り込んじゃって…」
初めてあったときと変わらない微笑みで、髪を鷲掴みにして顔を持ち上げられる。
「君の声、結構好きなのになぁ。あの子が一番好きだけど。」
あの子、と聞いて、すぐにシェイディを思い出す。
「私と同じ顔、同じ声なのに、すごく可愛いんだ。いつも私に怯えててね…さっきWISしたら、泣きそうな声してたよ。」
心底楽しそうに言うこの男に腹が立った。
まだ会ってはいないものの、シェイディに声を聞かせてしまったというだけで、悔しい。
噛み締めた奥歯がギリッと嫌な音を立てた。「本当は、君とあともう一人、あの金髪のアコライトをやってから、シェイディに会うつもりだったんだけど…」
アコライト…そう聞いて、心臓がドクンと音を立てたのが自分でも聞こえた。
心臓や、首筋が熱い。
心臓が…二つあるかのように激しく、早くドクンドクンと脈打つ。
「もう、我慢できないから。シェイディに、会いに行くよ。」暗かった視界が、シャッターを切ったようにパッと暗くなった。
目の前のアサシンが、ずっと大人しかったのに突然暴れだした。
『それは許さない』と言うように。
頬を、ガリッという音を立てて爪で引っかかれた。
騎士は、彼の手の届かないところへ一旦非難する。
すると、繋がれた足枷を引き千切ろうとしているのが、鎖をガチャガチャと引っ張ったり、殴りつけたりしはじめた。
無駄な抵抗なのに。
「っ?!」
喉への手刀。寸でところでそれを防いだ。
一瞬何が起きたのか分からなかったが、繋がれていた筈のヒショウがすぐ目の前にいて、それで鎖がちぎられてしまったことに気がついた。
一旦退いて距離を取った相手の足元を見ると、足枷の鎖が確かに切られていた。
「…私に勝てると思うのか。」
彼は完全な丸腰。それに対し、こちらは重装はしていないが愛用の剣は持っている。
それ以上に有利なのは、二人のレベルの差。「思ってるよ。」
彼はそう言い、口元に笑みを浮かべた。
目の前にいるのに、いないような気配のなさ。アサシン特有のこの感じ。
彼に勝ち目はないと、分かっている。
それなのに、何故彼は「勝てる」というのか。
そして、何故…アサシン成り立ての相手に、緊張しているのか。
「“ヒショウ”が必死になっていたから黙って見てあげていたけど。アンタがシェイディに直接手を出すっていうなら」
彼が、何を言っているのかよく分からない。
けれど、ずっと冒険者として鍛錬を重ねてきたからこそ分かった。
今目の前にいるアサシンは、さっきまでいた男ではない。
剣を構えた。
「……もう黙っていられない。」
そう言って、相手はハイディングし、姿を消した。ハイディングは姿を消せるが、その場から動くことはできない。
だから、壁際を移動できるクローキングばかり警戒して、彼が移動しないように気を配っていたが
何故彼は、ハイディングしたのか。「グリムトゥース!!!」
「なっ!!?」
姿の見えないそこから声がして、木の床を鋭い巨針が突き出し、襲い掛かってくる。
ハイディングの状態で地中から敵を攻撃するアサシンのスキル。
まだ使えるはずがない。覚えているはずがない。
それに、付け焼刃の技ではたいした威力にならないはずなのに
それは騎士には痛手ではないものの、ずっと食らっているとマズい。すばやく後退して、グリムトゥースの射程距離から離れた。
途端に、すぐ脇をヒショウが一瞬で通り過ぎた。
バックステップ。
本来敵の群れから遠ざかる為の後退術で、かなり疲れるため普段、移動には使われない。
その移動速度は普通に走るのでは追いつけない。家から出ようとするヒショウの姿を見つけ、即座に部屋の脇に立てかけられた槍を持つ。
それをブーメランのように回転させ、投げつける。
槍の扱いは剣ほどではないが、それでも使い慣れてはいる。
スピアブーメランは標的を確実に切り裂き、騎士の手元に戻ってきた。
ヒショウに歩み寄り、確認する。
死んではいない。けれどこの様子ならちょこまか歩き回ることもできないだろう。「ッ…!ぬかった…そ、れ…使える、なんて…」
彼はゴホゴホと咳き込み、血を床に吐いた。
「君こそグリムが使えるなんて。いつの間に覚えたんだか…」けれど、まぁいい。
彼はそう言いながら、床に体を投げ出したヒショウの
腕を掴み上げ、捻って
「…な…っ!」
顔を青くして見上げてくるヒショウに微笑みかけ
無理な方向に曲げた腕に、体重をかけた。嫌な音がして、ヒショウが声にならない悲鳴を上げた。
体を痙攣させて、過呼吸のように苦しげな声を上げて、蹲る。
折れた。
「大丈夫だよ。足まではやらないからね。」足までは。
その言葉に、嫌な予感がして
その予感通りに、反対の腕も持ち上げられる。
「貴様…っ!」
見上げれば、あの優しい微笑み。
「ぅ、あああああああ―――――!!!!!!!!」まだ朝日が顔を出しかけた冷たい朝。