アイツは欲しいと思った物は何かを犠牲にしてでも奪っていった。
何かを傷つけることをいとわない。
誰かに恨まれてもなんとも思わない。
残酷とか、無情とか、強欲とか…
アイツはそんなものじゃない。
アイツはただの…


 

『シェイ、ディ…!!』

「ヒショウ!!?」
インビシブルメンバーが総出で捜索の手伝いに来てくれて、ミョルニール山脈を探し回っていた。
そんな中の、突然の探し人からのWISに、シェイディは声を張り上げた。
緊急時の時のために、常にパーティーチャットに設定してあったので、その声は離れているみんなにも聞こえた。

【ヒショウ!?なに見つけたの!!?】
【見つけたのか!!】
【きたあああ!!すぐに保護しろよシェイディ!!】
【大丈夫ですか?!怪我とかは!!?】
【すぐそっち向かうぜ!!】
【シェイディ、周りにも気をつけろ】
【…ギオペ倒してからいく】

一瞬耳が痛くなった。

【違う、WISだ。ちょっと静かにしててくれ。】
そう言い、パーティーチャットからヒショウへのWISに切り替えた。

『ヒショウ!大丈夫か?!今どこに』
『シェイディ君にそっくりな騎士が、これから会いにいくとか言ってるの!とりあえず身を隠して!!』
『なっ…』

アイツが、会いにくる…?

『うぐっ…』
うめき声が聞こえた。
『ヒショウ!ヒショウ!!』
『っ…大丈夫…こっちは、なんとかする、から。とにかく…』
話の途中で、プツンと耳打ちが途切れた。
彼女が、自ら切ったように思えた。
いくら呼びかけても応答はない。
けれど、それよりも…

また、アイツが

 

 

「…そのシェイディの双子の兄弟が、会いにくるってか…」
デュアの言葉に、シェイディが頷く。
皆、捜索を切り上げて、プロンテラ北の草原に座っていた。
シェイディは過去の苦い記憶が蘇っているのか、顔色が悪くて、立つのも億劫といった様子。

「…シェイディ、そいつからのWIS拒否、解いてくれないか?」
マナがそう言うのに、シェイディ自身はもちろん、周りのみんなもぎょっとした。
「それは…シェイディには…」
彼が奴の声を聞いただけで震え上がってしまった、その様子を知っているルナティスが、すぐに反対の声を上げた。

「シェイディにはつらいのはわかってるけどな、そう言うからには、奴はWISしてくると思うんだ。
こないなら、こちらからWISしてもいい。
いきなり襲撃されるより、予告を受けたほうがうちらもシェイディを守りやすいだろ。」
マナが強い口調でそう言う。
彼女は強く、賢い。いつもはふざけているが、それをここにいるメンバーは知っている。

「する、よ。WIS…本当は、もう拒否は解除してある。」
シェイディがそう言う。
声が震えているのが痛々しかった。
「…なんて、話せばいい…?」
その質問に、みんながうっ、とつまり、マナの方を見た。

「あーとー…そうだな…あまり、話し込まないほうがいい。
向こうにキレられない程度に、話題をヒショウの安否に絞るのがいいんじゃないか?」
そのマナのわかりやすい指示に、一同が拍手を送る。
「…わかった。やって、みる…」

耳を手で塞いで、その長年恐れてきた人間へ、言葉を送る。
唇を噛み締めて、目をつぶって…

「みんないるから、大丈夫だよ。」
ルナティスの声に、ハッとして目を開いた。
目の前に、みんなの応援の視線。
ルナティスが、どこかへ飛んでいってしまいそうな心を掴み留めるかのように、背中に手を置いてくれている。

大丈夫。みんないる。
不安や恐怖は拭えないけれど
それに勝る暖かいものも
今はちゃんとあるから…

 

「アル、デの…時計の…裏にいるって…」
彼らがどんなやりとりをしたのかはわからないが、シェイディは余裕を持ちつつ、呼びかけを終えられたようだった。
「聞き出せたの?!」
思わず、ルナティスがシェイディに掴みかかる。

「午後の鐘がなるまでに来ないと、ヒショウが死ぬ…って…」

ルナティスを見上げ、彼は震える声でそう告げてきた。
それを聞いた瞬間、彼は頭の裏で何かが張り詰めていくのを感じた。
なんだか、気が遠くなってしまいそうな感覚。
「正午…あと十分程だぞ」
けれど、イレクシスのその一言で一気に覚醒し、みんなも一斉に立ち上がった。

ユリカは言われずとも、ワープポータルを開いていた。
「ワープポータル!時の都アルデバランへ!!」
青い魔力を含む結晶。それを砕いて空間を移動する光を開く。
皆、気が張りつめ、無言でワープポータルの光に飛込んでいった。

 

「ヒショウ!!どこだ!!!」
目的地に着くや否や、ルナティスがヒショウの名を何度も呼び続けた。
返事も人の気配もない。

まさか、彼は既に…?

一同の心に不安がよぎる。
「イレク、今の時間は!?」
デュアも叫ぶように聞いてくるのに、彼は小さく「あと二分ある」と返す。
「なんで…!!?どこだよヒショウ!!!」
ルナティスが苛立たしげに、泣きそうに、声を上げた。

『私たちなら、今君らを見下ろしてるよ。』

シェイディに、囁く様な静かな耳打ち。
「…上!!」
シェイディが叫ぶのに、みんなが一斉に反応した。
時計塔の何階分かの位置に、誰かいる。
そこは本来人が乗るべき場所ではない、不安定な足場。

「…っな…!?」
そこには、ヒショウらしき影と、シェイディ。いや、シェイディと同じ顔の騎士。
皆、言葉を失い、楽しそうに見下ろしてくる青年を見つめていた。

 

鐘の音が、響く。

「約束通り返してやるよ!」
鐘の音に掻き消されかけた、彼そっくりの声。
そして彼は…脇に抱えていたヒショウを、足場から突きだした。

「…!!!」

ルナティスとアレクとゲートが、彼の落下地点へと即座に動いた。
頭から叩き付けられれば間違い無く即死する高さ。
ヒショウは意識がないのか、人形のようにただ加速して落ちる。
下で待ち受ける三人の元へ、煩い鐘の音を背景に

「ッアアア――――!!!!!!」
三人の手元に無事収まった。
その悲鳴も、彼が生きていることを示していた。
けれど、何故彼が悲鳴を上げたのか…受け止めた三人にはそれが一目でわかった。
痛みで痙攣を起こしているヒショウの両腕が、ありえない方向へぐにゃりと曲がっていた。
全身に故意につけられた生傷が、目を逸らしたくなるほど大量に刻まれていた。
けれど、もっともの激痛は、それよりも折れた両腕だろう。

「ルナティス、ヒール…!」
「だめ、です…」
ヒールしと言うゲートにそう返して首を横に振った。
「この状態でヒールしたら…おかしな状態で再生してしまう。それこそもう腕が使い物にならなくなります…」
冷静な判断を下すルナティスだが…けれど、平気ではいられない。
のどの奥が暑くて、涙が止まらない。
自分の何かが切れてしまいそうで、怖い。

「ヒ、ショウ…」
ここ数日、まともに食べていられなかっただろう。
抱き込んだ体が、少しやつれて細くなってしまった気がした。
着込んでいるのはシーフの服ではなく、アサシンの装束だが…それでも、顔色は悪いが目の前にいるのは、数日ずっと会いたかったヒショウだ。
「…ルナッ…ご、め…守れなかった…!」
痛いはずなのに、それよりも“ヒショウ”を守れなかったことを悔やむ彼女に、涙が流れた。

「ヒショウ…ありがとう…僕こそ…ごめんね…何もできなかった…」
優しい。
そして、悲しい。
彼女は、皆を守れなければ自分の存在価値がないと思っているのだろう。
そんなことはないから…。
「生きててくれてよかった…それだけでいい。まだ、タルトの作り方だって教わってないんだから。無理しないで」
彼女は、脂汗を滲ませて、激痛に涙を流しながら、それでもクスクスとわらっていた。わらってくれていた。

「…っんの…そこのクソ騎士がああああああ!!!!!!降りて来い俺の弓で腐った脳みそ風通りよくしてやる!!!!!!!」
ゲートが時計塔にいる騎士に叫んだ。
「下品なローグだな。」
声は、すぐ後ろでした。
ドスッと重い音がして

 

ゲートの腹から、赤が彩った銀色の刃が生えた。

それは本当に一瞬。

 

 

騎士が彼の腹からそれをズルッと引き抜くのが、やたらスローモーションで見えた。
みんなが彼の名をヒステリックに叫ぶ中で、イレクシスがソウルストライクを放った。
けれどそれが命中する前に、テレポートかハエの羽を使ったように騎士の姿が消える。
だがそれを予測していたように、ソウルストライクはそこにいるルナティスやヒショウやアレクの脇を縫って、地面を抉った。
「セイフティウォール」
彼が即座に結界を張った、その瞬間に彼の後ろに現れた騎士の剣がはじかれた。

彼はイレクシスと対峙しながら、楽しそうに口笛を吹いた。
「冷静だなぁ、かっこいいね、君。」
騎士はにこにこと笑っている。
塔から降りてきて近くにいて見ると、余計にシェイディを連想してしまう。

「討つな、マスター」
騎士の真後ろで、デュアが弓を構えていた。
それを止めたのはイレクシスだった。
「討ったってこの騎士には当たらない。矢の無駄だ。」
イレクシスのその言葉を、騎士はにこにこして聞いていた。
「どうゆうことだ、イレク…」
そう聞いてくるデュアの声は、震えていた。
この騎士への怒りでだろう。

「世界の管理者と呼ばれる人がいる。一般市民よりも確実に力を持つ冒険者の世界を管理する人々だ。
それ故彼らは強靭な力を持つ。その力がどう作られているのか、彼ら自身が何者なのかもすべてが謎だ。」
「そして、その力は彼ら自身が身につけたものではなく、何かから得られているという説がある。」
そのイレクの言葉の続きは、騎士自身が話し始めた。
「普通に冒険することに…普通に生きることに飽きた者たちのいくらかが、その力を求め始めた。
そして、私もその者たちの一人で…完璧ではないけれど、求める物に近づいた。」

「たとえば、こんなのとか…」
騎士がそう言って、何かを…ウィザードが唱える攻撃魔法というよりも、プリーストが唱える補助魔法のようなものを使った。
「…ぇ?」
次の瞬間、彼の目の前に呆然と立ちすくむシェイディの姿。
シェイディを、手品のように自分の隣へ移動させてきたらしい。
そう、手品のように。その力を見せつけるために。
「ソウルストライク!!!」
「キリエエレイソン!!」
瞬時にイレクシスが光球を召還し、騎士に放つ。
同時にユリカが、シェイディの身を守るために彼に結界を張った。

「ルナティス!!」
イレクシスが叫ぶ。
ルナティスがヒショウから顔を上げて、振り返った。
視界に、誰か立ちふさがっていた。
騎士の、鎧。

「っ!!!」
ドスッと衝撃があって、体が地面に叩きつけられた。
皆の呼ぶ声がしたが、ルナティスは意識が朦朧としていて何が起きたのか把握できていない。
ただ、体が動かない。
視線を動かすと、地面が真っ赤だった。赤い液体が地面に広がっている。
それが自分の血と気づくのにかなり時間がかかった。
カプラサービスの生命維持機能のおかげで今のところ仮死状態にとどまっている。
この状態で、首を刎ねられたり心臓を突かれたりされれば死んでしまう。

狩りの場合は、相手が魔物で
仮死状態中は身が守られる機能が働くのだが
今、傍にいる敵は人間だ。

 

デュアが騎士を引き離そうと、弓を射る。
案の定矢はかわされたが、ルナティスの傍から彼の姿が消えた。

「リ、リザレク…」
ユリカが咄嗟にブルージェムストーンを取り出し、ルナティスに蘇生魔法を施そうとした。
けれど、魔法を唱えようとした瞬間、持っていたはずの石が消えた。

すぐ隣に、使おうとした石を持っている騎士。
シェイディと、同じ顔で
穏やかに微笑んで、血の残る剣を構えて…

 

騎士の剣を持つ手に、シェイディがしがみついた。
「シェイディく…」
「ユリカさん離れろ…」
声が震えていた。
けれどユリカにはどうすることもできず、ただ後ろに下がる。
イレクシス、デュア、マナ、アレクが、シェイディにしがみつかれた騎士を囲む。
「シェイディ、離れろ!そいつは多分、お前ごと移動できる…」
デュアが叫ぶが、シェイディは離れない。
このままでは、シェイディを連れ去られる気がした。
この騎士の狙いは、あくまで彼なのだろうから。

 

「やっと会えたね、シェイディ」
皆の知っている声。よく似ている…と思っていたが。
今ではその声に恐怖を感じてしまう。

そうして、シェイディの周りの者に恐怖を植えつけて
シェイディ自身も恐れるように、この騎士は仕向けてきたのだ。

「商人になったのか…もったいないな、君ならバードが合うと思うのに。」
そして、シェイディ自身もまた、その声と姿に恐怖を感じていた。
鏡を見るたびに思い出していた恐怖。
それを何年ぶりかに、目の前にしている。
体が震えて、声が出なかった。

「シェイディの声、好きだよ。」
俺は、嫌いだ。
あんたの声も、俺の声も。
「また、昔みたいに歌って聞かせてほしいな。」

それは、あんた自身が奪っただろう。
歌うたびに思い出して…
もう、あの頃の思い出すべてが、怖い…。

何故、また俺の前に現れた…
まだ奪い足りないっていうのか…

「もう、たくさんだ…」
シェイディが泣き出しそうな声で言うのを、騎士は微笑んで聞いている。
「みんなに、手を出すな…もう…!」

「嫌だって言ったら?」

「殺す。あんたも、俺も…殺してやる。」

ここ数日、みんなに慰められながら、励まされながら出した答えだった。
もう終わりにしたかった。
逃げ切れたと思ったのに、この騎士はどこまでも追ってくる。
逃げ切れないというのなら、元凶をすべて取り除いて、終わりにしたいと…。
目の前の、恐怖し続けていた顔が、笑みを忘れて目を見開いていた。