貴方はまるで月の様に優しくて…
初めて私をみとめてくれた貴方
貴方がいてくれただけで
貴方に会えただけで
私は…


 

「イレク!落ち着け!!」
デュアにがっちり押さえつけられながらも抵抗をやめないイレクシス。
彼が手を伸ばす先には、ルナティスとヒショウ。
また、夢を見たときのように泣きはらして震えているヒショウを、ルナティスが庇う様に抱き込んでいる。

「ずっと、このためだけに生きてきたんだ!!彼女を蘇らせる為に…!!!」
イレクシスの叫んでいる言葉の意味は、ここにいる誰も理解できなかった。
ただ、彼はヒショウに何かを求めている。
そしてヒショウはそれを拒否している。
その現状しか分からず、皆でいったん二人を引き離そうとした。

「何故だ!!何故また応えてくれない!!?」
イレクシスが悲痛に叫ぶ。
目隠しの下の瞳は、涙にぬれているだろう。

「違う…僕は何も…!」
ルナティスの腕の中で、“少年”は泣きじゃくりながら自分に何かを言い聞かせている。

「応えてくれシンリァ!!」
「僕じゃない!!僕は何も…嫌だァア!!!」
二人の悲痛な叫びが重なる。
次の瞬間、ヒショウが魂が抜けたかのように脱力して動かなくなった。
それでも、イレクシスは「シンリァ」と叫ぶようにヒショウを呼び続ける。

その声は、イレクシスをインビシブルのメンバーが強制的にポータルで移動させるまで
平原に響いていた。

 

 

 

「放せ!!邪魔をするなっ!!」
イレクシスは家屋に戻っても、ヒショウのもとへ行こうと抵抗していた。
それを戦闘職3人がかりで押さえつけられている。
「だから一旦落ち着けってイレク!!そんなんじゃ相手は怯えるばっかだろ!」
「落ち着いていられるか!!!」
彼はデュアの説得に、食いかかった。

その声が、殺気立っていた。
下手をすれば魔法でここにいる全員を殺しかねない勢いを感じた。
「やっと見つけたんだ!!もう、逃すわけにはいかな…ッ」

パァンと、気持ちのいい音が響いた。
その瞬間、イレクシスを含め、全員が静まり返った。
イレクシスの正面に立ち、その横っ面を叩いたのは副ギルマスブラックスミスのマナだった。

「私らがお前の邪魔をするわけないだろ。」
イレクシスは丸い目でマナを見上げた。
「お前とヒショウに何があったのか、話したくないななら話さなくていい。けどな、第三者の目から見てどう見てもお前は尋常じゃないよ、ヒショウにとってもそうだろ。」
「だが…っ」
マナに向かって口を開いた瞬間、彼女に口を塞がれた。

「もう逃すわけにはいかない、だろ?だったら冷静になって慎重になれよ。じゃないとまたあたふたしてるうちに期を逃すぞ。」
マナの手の下で、イレクシスが息を呑んだ。
「ちゃんと、お前がそんなに必死になってる理由を聞いて、それから協力したい。おせっかいだってならいいけどな、せめて慎重にいけ。」
そう言ってから、マナが手を離した。
イレクシスはただ、黙っていた。

「ギルメンなんだから…もうちょっと俺らを信頼してくれよ。」
それから、デュアが横から小さく言った。

日が沈み始め、窓から差し込む光は弱弱しくなってきていた。
それから、静かな夜が舞い降りる。

 

 

 

「ルナ…」
部屋の扉がノックもなしに開けられた。
ルナティスの部屋に入ってきたのは、くたびれた様子のヒショウだった。
「…やっぱ、起きてたね。」
ベッドに座って本を読むルナティスに、ヒショウがそういって笑いかける。
彼も同じように笑みで返してきた。

「ヒショウを気にして寝ないの…?」
「…まぁね。…また嫌な夢を見てるんじゃないかと思って。」
ヒショウの問いに、彼は本を閉じてちょっと苦笑いを交えて答えた。
「ルナ、優しいね」
「極端なだけだよ。世話すると思ったらとことんまで!ってね。」

世話なんだ、とヒショウがクスクスと笑う。
その笑い方は、少女のようだ。

「…ヒショウは私が眠らせておく。だから、ルナも安心して寝ていいよ。」
「いいんだ。ヒショウがつらければ、僕に甘えてくれればいいから…」
無理しないでほしいんだ。
その言葉は薄暗い室内に静かに響いた。



「ねえ、ルナ…」
呼ばれてルナティスが顔を上げる。
だが視線の先にヒショウはいなくて、彼はその下に膝をついて、ルナティスの膝に寄りかかっていた。
「ありがとう」
「何が…?」
突然礼を述べてくるヒショウに、ルナティスは笑みを浮かべて聞き返す。

「ルナに会えてよかった…」
「何、急に…」
彼女は顔をうつぶせているので、ルナティスからでは表情は見えなかった。
彼女はルナティスの質問に性格には答えず、ただ坦々と言葉を発する。

「貴方の負担になるのは分かってるけど…ルナだけは信じてる。きっと、ヒショウが信用しきってるからだね。」
「どうしたの、ヒショウ…」
「違うよ。」
やっと、彼女は顔を上げた。
その表情は、何の感情も映さない。
けれど、良くない感情を抑えているのが、ルナティスには見えた。

目の前で自分を押し殺している彼女の代わりに、泣いてしまいたくなった。

「私は、ヒショウじゃない…ただの異物。ルナがいなければ…もっと酷いものだったね。」
自虐的に笑う彼女を見て、ルナティスに込み上げていたものが溢れ出す。

「そんな、こと言うなよ…。」
ヒショウの代わりに、涙を流していた。
涙で滲んで、相手の顔がよく見えない。
ルナティスは探るように、ヒショウの頬を手で包み込んだ。

「予感がする…もうすぐ、きっと終わるよ…」
ずれていた歯車が、ゆっくりと咬み合い、回りだす音が聞こえる。
すべてが元通りになる。
そうすれば…
「私は、きっとヒショウの中から浄化される…彼は、きっとその時こそ解放される。」

ルナティスがぐっと頬に添えた手に力を込めてきた。
ベッドから落ちるようにしゃがみこんで、ヒショウの首根にしがみついた。
放すまい、逃すまいとするように。

「ずっと…一緒にいたのに…?」
ルナティスの声が、言葉が聞きとりにくいほどに震えていた。
「なんで…ずっと、僕らを守ってくれたじゃないか…異物なんて、言わないで…あまりにも…」
涙でヒショウの服が濡れるのもかまわず、彼は顔を押し付けてきて、泣きじゃくっていた。
「嫌だ…それじゃ…死んでしまうのと、同じじゃないか…!!」

死なないで、行かないで、消えないで
ルナティスの言葉を聞いて、ヒショウも静かに涙を流した。
腕の中で体裁もなく泣きじゃくる青年とは違い、人形のからくりのように、透明で冷たい涙。

ルナティスの中では、体を持たないこの女性も、ちゃんと一人の人間だった。
言葉を聞かなくとも、表情を見なくとも、姿を見なくとも、
ずっとヒショウの中で…ずっとそばで笑ったり、怒ったり、喜んだりしていたのが、ルナティスには見えていたのだろう。

「ごめんね…初めは…こうなるはずじゃなかったのに…」
ただ、ヒショウの中にいて、時々したいことを適当にする程度だったはずだ。
けれど、ヒショウの中からルナティスを見ていて…

「ルナが、あまりにも優しくて…すがりたいと、思ってしまったから…。
ルナなら…後にも先にも見えない、私の道を…照らしてくれると思ったから…っ」
耐え切れず、すがり付いてしまった。
そしてやはり、彼は優しかった。
誰にでも、月のように優しく光を降り注いだ。

「違う、そんな…僕は、ただ…ヒショウと…いや…君と、話したくて…会いたくて…」
ルナティスが、彼女の背中に回す手に力を込めた。

「なんとか…ならないのか…っ、…!」
「無理だって…私は…人間じゃないもの」
ヒショウという青年が作り出した“モノ”

「これでいいの…私は、祝福されずに生まれてきたから。
私自身、消えることをどこかで望んでるから」
何故、自分がここにいるのか分からなかった。
だから、いつ消えてしまっても良かった。

「不謹慎だけどね、ルナが泣いてくれるのがすごく嬉しい 」
「っ…君が…助かるなら、いくらでも泣くけどね…」
ルナティスのそんな言葉に、笑ってしまった。

 

「…ちょっと邪魔する。」
聞き耳を立てていたのか、ノックも無しにガチャッと扉が開いてシェイディが顔を出した。
それにヒショウが顔を上げたが、ルナティスはグシャグシャになった顔をうつむいて隠し、袖でゴシゴシと拭いていた。

「…うちのギルメンが総勢また来てるんだが…」
「まぁ、よく団体さんで来られる方たちね…」
シェイディの言葉に、ルナティスが苛立たしげに呟いた。
謝るならイレクシス一人で来いよ、ナドと思ったのだろうか。

「ヒショウはこっちにいて」
「うん、そうするわ」
夕方、ヒショウもイレクシス同様尋常な様子ではなかった。
彼らの前に姿を出して、どう振舞えばいいか分からない。

ヒショウはルナティスのベッドに座って、いってらっしゃーいと他人事のように手を振る。
その様子を見てルナティスは笑みを浮かべ、もう一度服の袖で涙を拭き、顔を整えた。

 

 

入り口からすぐのリビングにしか大人数がいる場所はないので、そこでイレクシスとデュアとルナティスだけがテーブルを囲んで座り、他はみんなその周りを囲むように立っていた。
「先刻は、取り乱して失礼した…」
イレクシスは速攻そう切り出し、頭を下げた。

「いいえ…何か事情があったのでしょう?言いにくい事なら」
お聞きしませんが…ルナティスがそう続けようとしたところで、イレクシスがそれをさえぎった。
「いえ、聞いてほしくて、来ました…できれば、ヒショウも、うちのギルメンも含めて…全員に聞いて欲しい」
イレクシスの必死の形相に、ルナティスは息を呑んだ。
目隠しの奥の瞳に、心臓を捕まれるような…。
それは彼には、ある意味脅しに思えた。
聞かなければ死んでやる、とでも言われそうな、見えないけれど見えている瞳。

「…けれ、ど…ヒショウは、今ちょっと…」
ルナティスはなんとか視線をイレクシスから引き剥がし、床に向けた。
「なら、構わないが…ヒショウにとって重要な話だ。」
触れられてもいないのに、顔を持ち上げられたような気がした。
何故か、予感がする。
それがいいものか、悪いものかも分からないが…

「では、内容を…ヒショウを呼ぶ前に、簡潔に話してもらえますか…?」
イレクシスは静かに頷いた。

 

「ヒショウ…」
「え、ルナ…どしたの」
まだインビシブルメンバーがいるはずなのに、いきなりルナティスが部屋に戻ってきて、少し慌てた。
ベッドの上で暇を持て余していたヒショウは起き上がり、ルナティスのもとまで歩く。

近づいて、ルナティスの顔色が真っ青なことに気が付いた。
「ちょ、ルナ!どうしたの!顔が真っ青…!!」
支えると、体重はかけてこないが、ルナティスがしがみついてきた。

「ヒショウ…ねぇ…受け止めてくれる…?」
「え…?」
ルナティスの言葉の訳が分からず、呆然としていたら、シェイディも部屋に入ってきた。
彼の方を見ると、彼もルナティスほどではないが、気力のぬけたような顔をしていた。

「どうしたの…二人とも…」
ヒショウはとにかく不安になって、聞いた。
ルナティスはどうしていいか分からないのか、まだ口ごもっていた。
しかしシェイディがその問いに答えてくれた。

「イレクシスが…アンタのことを、話してきたんだ。」
「…ヒショウ?」
「違う」
説明をしてくれているはずのシェイディの言葉の意味も分からなかった。
ヒショウのことを話したのかと聞いたら、違うと答えた。
つまり…

「…アンタの、ことだ。」
それはつまり…
ヒショウから作り出された、女性の…


  ルナティスが言った言葉
  “受け止めてくれる…?”


「ねぇ…何を…聞いたの?イレクシスってウィザード…私のことを知ってたの?」
シェイディが頷いた。
いつ、ヒショウの“病気”のことがバレたのだろう。
そう思い、彼女は少し考え込んだ。

「イレクシスさんが…言ってることが本当、なら…」
やっと、気持ちの整理がついたのか、ルナティスが顔を上げた。


  “受け止めてくれる…?”


「…君は、ヒショウという青年から生まれた…第二人格じゃない…」


元は、一人の人間だったんだ。