「おねーちゃん、私…死ぬのかなぁ…」

小さく震えながら言う妹に、そんなことはないというのが精一杯で
けれど自分のその声も震えていた。

「おねーちゃん、私の代わりに、素敵な人を見つけて、結婚してね…お母さんと違って…。」

そのとき初めて、妹も母の壊れた人生を知っていたのだと悟り、おどろいた。
妹はいつものように明るく笑っていた。
涙を流しながら。

「私の分も、幸せになってね。」




アルベルタの町に出て、また相変わらずの労働と売春の日々。
早くお金を稼いで、こんな生活から抜け出して
結婚なんてこんな汚い身体でできないけど、でも幸せに暮らしたいと思っていた。

「…う、ぇ…」

客の前では精一杯色っぽく振舞わなければと思っていたのに
少女は突然吐き気に襲われて、慌ててトイレに駆け込んだ。
最近、食べるものをよく吐き戻すし、時々くる突然の吐き気に悩まされていた。
しばらくえづいて、少し落ち着いたところでトイレを出た。

「ごめんなさい、少し…化粧直しをしていたの。」

はにかんで笑って、人相の良い今日の客の隣に横になる。
彼も笑って少女のまだ発達しきらない胸をいきなり揉みしだく。
気持ちよくもなかったが、少女は小さく声をあげて相手の手を離させてその指を口に含んだ。

男の顔が、いやらしく歪んで、雄になるのを感じた。
慣れた気配の変化。
けれど少女の脳裏にふと浮かぶ、彼女を抱かなかったアサシンの顔。

あれもこんな気配を見せるのだろうか、そう考えると…嫌な気分になった。
それは優しく幸せだと思っていた母が、自分たちを初めて殴り怒鳴りつけた瞬間…
彼女はとっくに壊れていたのだと初めて知った瞬間に似た気分だった。
そう、裏切られたような喪失感。





翌日、酷い寒気を感じて客のいなくなった宿をそのまま借り、寝込んでいた。
熱があるのかもしれない。
震えながら鞄の底に厳重にしまってある金を数えていた。
数え終わって、小さくため息をついた。

――― …まだ足りない…でもあと少し…。

自分に言い聞かせて、少女は深い眠りについた。
「っ…」
酷い目眩を感じ、思わずベッドに散らばる金の上に突っ伏した。
寒い。
このままいけない。
いくらかの札束をポケットへ、残りを鞄へ突っ込み、ベッドから起きだした。

質素なワンピースを着て部屋を出た。
「…すいません、診療所はどこですか。」
子供連れの母親に聞くと、彼女はにっこり笑って町の入り口の方を指差した。
それに礼を言って親子とすれ違った。

「ママー、あのお姉ちゃん骨みたい。」
子供の無邪気な声が後ろから聞こえてくる。
振り返ったら、母親が子供の腕を引っ張って足早に去るところだった。

骨みたい…?
手や足を自分で見ると…本当に、骨みたいにガリガリだった。
こんな身体で、昨日までよく客がとれていたものだ。

急に手足の見える服装でいることが気になった。
周囲が気になって仕方がない。



「…っ」
そして幸か不幸か、気づいてしまった。
人ごみの中に、私の方を見て笑うあのローグを。
私は反射的に背を向けて走り出した。

心臓がバクバクと音を立てる。
今度こそ、殺される。
ここで死んだら、私の努力は全て水の泡になる。

必死に全速力で逃げたけれど、すぐに心臓や頭がキリキリと痛み出して、めまいが酷くなった。
ただでさえ風邪が酷かったのに、いきなり走ったせいか…。
アイツはいない。私は姿を隠しながら目的地の診療所へ、尚逃げ続けた。

「…っ!!!」
髪をつかまれる。
嫌でも分かる、つかんでいるのはあの男だ。
そのまま軽々と後ろに引き倒された。

「もう期日から3週間目だぜ?」
胸を靴で踏みつけられて、頭上に振り子のように触れる彼の短剣。
周りに人はちらほらといるけれど…
悲鳴を上げているだけで、助けてくれる人がいない。



「いやああああああああああああああ!!!!!!!!!」

もう、泣き叫ぶしかできなかった。




悲鳴と共に頭の中で叫んだのは
“ヒショウ”

彼ならまた助けてくれるかもしれない、と…。



響く金属音。
ハッとして顔を上げた。

「またてめえかァア!!」

二度目の背中。
何故か涙が込み上げた。
恐怖からではなくて…胸が苦しくなった為の涙。

「ストーカーかてめえ…。」
「護衛と言え。」

顔は見えないがやっぱり“彼”の声だった。二週間ぶりだがなんだか懐かしく聞こえた。
キッと短い金属音がまた響き、アサシンが繰り出した蹴りをローグが後方に飛んでかわした。
前回の金的もあり、警戒していたのだろう。

「ハッ、同じ手に二度もひっかかっ」

――― ゴスッ!

ローグが笑いながら後方に跳んだ瞬間に、鈍い音が響いた。
倒れたローグの後方にはスタナーを構えていプリーストの姿。
別にプリーストは彼を殴りつけた訳ではない。調度良い位置にスタナーを構えていて、そこにローグが勝手に突っ込んだだけだ。
事前に彼らは打ち合わせしていたのだった。

「こっちだって二度も同じ手を使うか。」

ヒショウが吐き捨てた言葉にプリーストが頷く。
彼が少女へ近付き、目の前に膝を立てて座り、腕を掴んだ。

「大丈夫か」

頷こうとしたら、彼がふと驚いた顔をして掴んだ少女の腕を見た。
彼の驚きの意味に気づき、慌てて振り払う。

「どうしたんだ。…痩せかたが普通じゃないぞ。」

彼に見られたことが酷くショックだった。
涙がでそうになり、慌てて思考を振り払う。

「…アンタには関係ないわ。私のこと、もう買ってもくれないくせに。
恋人気取り?保護者気取り?
助けてくれたのにはお礼を言うけど、なんで私のことつけまわすのよ。」

彼は言葉を失ったようで、微かに眉間に皺を寄せる。
恩人に失礼な態度だと少女自身も思った。

けれど、突き放さなければ…泣いてしまいそうだった。
彼に縋り付いてしまいそうだった。
身体はボロボロで、いつ殺されるとも分からないこの生活がもう嫌だ、と。

けれど、もう誰も頼らない、頼っても無駄だと言い聞かせてきたから…。



「…もう、君の言い分はどうでもいい。」

突然、彼は口にした。
目はこちらを見ていない、だから自分に言い聞かせているように見えた。

「目を放して、君はこんなにボロボロになっていた。
今だって、あのローグを見つけていなかったら君は死んでいた。」

彼はそう言って、少女を担ぎあげた。
まるで猫のように抱き上げられ、勢いあまり彼の肩から後ろへ上半身が落ちそうになって慌てた。

「ちょ、ちょっと…!!」
「何と言おうと世話を焼かせてもらうからな。」

二人の後を、ローグを縛って顔に落書きをしていたプリーストが追いかけてくる。
彼は少女の涙の滲んだ顔に気づいたが、何も言わずに気づかないふりをしてやった。

少女の抵抗は小さく、すぐに諦めたようにおとなしくなった。
気張ってはいても、誰かに助けを求めたくて仕方がなかった。
こうして彼が無理やりにでも助けようとしてくれてる今、もう彼女にはこれ以上抵抗することができなかった。

数分後、少女の啜り泣きが聞こえたが
ヒショウも、彼の相方も、何も言わないでいてくれた。
慰めるように背を軽く叩かれ、涙は止まらなくなった。

 

 

Back Top Next