「君が手配していた手術方法だと、不足分を俺が払うのはあまりに無理があった。
だから他に治療法を探して、その治療ができる人物を友人のツテで探してもらった。」
「…他の治療法?」

彼は投げ捨てるように愛用の仮面を外しテーブルに置いて、前髪を書き上げた。
額にじんわりと汗が滲んでいるのを、手の甲で拭う。

「元の手術方法は人工的に作った血管や心臓の部品を埋め込む。
その部品がとんでもない額なんだろう。
手術後にも調整の為にも金がかかるらしいしな。」
「…ええ、そんな説明をされた。」
「俺が探したのは、患者本人の体の一部を遣って部品を生成する方法だ。
元は患者の体だからコストも抑えられるし拒絶反応の心配もない。」

彼の言葉にフィーリアは目を丸くした。

「…そんな便利な方法があったの?」
「禁止されている人体生成の技術だ。」

彼女は更に目を丸くする。

「…君が望まないなら止めにする。
けど、動物や人間をまるごと作っているような奴らだ、心臓の一部なんか楽に作るだろう。
リスクの高い手術よりも助かる可能性はずっと高いし、ツテさえあれば楽に頼める方法だ。
金額も治療費を入れて、君が必死に稼いだ額からおつりがくる程だ。」

スルスルと、身体に入っていた力が抜けていく。
あっけないほどに、必死に守っていた妹の命が繋がれた。
よく出来た夢じゃないかと思ってしまう。

「…お願い。」

ヒショウは穏やかに微笑み、頷いた。




フィーリアの妹イリスの手術の準備は迅速に進められた。
リスクが低い代わりに心臓の部品を生成するまでに時間が少しかかる。
ほぼ確実にイリスの未来は生へ向かっていた。

だがフィーリアについては逆に死へ向かっていた。
彼女の病は全身に渡る。
イリスの様に下法や高度な技術に頼ろうとしても、治療法は皆無だった。

ヒショウはイリスの時のように走り回っていた。
八方塞がりなのは目に見えていたから、フィーリアが彼を止めた。

「…傍にいて…死ぬ前に、いろいろ話したい。一人は嫌なの…。」

一人、孤独に死んでいくのが怖かった。
だから誰かに傍にいてほしかった。
…いや、誰でも良かったわけではない。

ヒショウにいてほしかった。
彼は心から自分を気遣ってくれるから。
彼なら心を許せたから。

「ねえ…何で、私を何度も助けてくれたの…?」
「………。」

彼は林檎の皮を器用に剥きながら、苦笑いをした。

「…俺の親友が幼い頃に売春をさせられていてな、当然望みもしないことだった。
だが彼にとって大切だったものを守る為にしていたことだった。」
「私と少し似てるね…。」
「ああ。俺は彼が苦しんでいるのに気付けなかった。
それがひどく悔やしかった。
…君の必死な様子が彼に重なった、だから君は助けてやりたいと思った。」
「…そう。」

なんだか…少し空しくなった。
彼が私のことを考えたのではなく、私に友人を重ねたから助けたんだと思うと…。




「…それに、助けを必要としているのに、それを自ら押し込んでいるように見えた。
あまりに痛々しくて放っておけなかった。」

続けてそういわれて、慰めるように彼は私の額に手を当てた。
リンゴを剥いて、汚れた手を水で洗ったあとだろう。
すごく冷たくて心地よい手だった。

彼は私の心の底を、分かってくれた。
そして今もこうして慰めてくれる。
私に友人を重ねたのもそうだろうけど、ちゃんと私のことも気遣ってくれて、ここにいてくれる。

心から、ありがとう、と呟いた。
そしてまだもう少し…死ぬまで、我侭を聞いて欲しいと思いながら
額の上の彼の手に、私も手を重ねた。



きっとヒショウのことを知っても意味がない。
もうすぐ私は全てを忘れて土に還る。
けど、ヒショウには私のことを死って欲しかった。
私の存在の痕跡は彼の中に残されるから。

「…母はね…私達を愛してなかった。」

私が突然切り出しても、ヒショウは手を握ったまま小さく頷いて聞いていた。

「ただ遊びで母に手を出しただけの父を、留める為の道具。
他の女の所で遊び回っている父の姿を見ないで、幸せな夫婦生活を妄想してたわ。」

思い出す、必死に作っている幸せそうな笑顔と言葉。
なんて可哀相で惨めな人。
あんな人にはなりたくないと思っていたのに。

「私は母とは違う、自分勝手な人間にはなりたくない。
妹を私が育てて守ろうと思ったの。」

自分の手を頭上に掲げて見る。、老木の枝のように頼りない手。
母以上に、身も心も廃れた。
売女と罵られた、骸骨のようだと呟かれた、それでも妹のためと必死になっていた。

「私は母よりも惨めに野垂れ死ぬのね…。」

私の手を握るヒショウの手に、ぐっと力が入った。

「それでも、母と違って誰かを守れた…妹を守れたから…これでよかったのよね…。」
「…そん、な…」

かすれた声が隣からした。
前髪をやたら伸ばしているから、かれの顔はみえない。

「…何か、したいことは…?」

聞きながらも、彼は俯いたままこちらを見ない。
今の私にできることなんてたかが知れてる。
彼に頼めることだって、もう十分頼んだ。



しばらく考えて、ふと浮かんだこと。

「…結婚。」

それこそ、もう無駄な話だけど…。

「結婚して、母と違う、幸せな夫婦になりたかったな。
…最後に、私のそんな幸せな姿を妹に残したかった。」

もう叶えるだけの時間なんてない。
こんな無理な願いを口にするんじゃなかった、と言ってから後悔した。

だけど…



「…ヒショウは、恋人いるの?」

彼は少し涙の滲んだ目のまま、平静を装うように宙に視線をめぐらせた。

「…いる。」
「そっか…結婚、したことはあるかしら?」
「ない。というか…」

彼は言葉を切って、長い沈黙を続けた。
何を悩んでいるのだろうと、彼の方を見てじっと待っていた。

「………できない。」

ポツリとつぶやいた。
何故、と理由を聞く前に、もしかして…と思う。

「…相手、男?」

言うと、彼はガクッと肩を落として自らの膝に顔を埋めるように俯いたままになった。
だから言いたくなかったんだ、とか、言わなきゃよかった、とかブツブツ呟く声が聞こえる。

「いいじゃない、好きなんだから恥じなくても。」
「そうだが…やはり、あまり口外したくないことだ。」
「このご時世いっぱいいると思うけどねぇ…。」

拗ねた様な顔。
彼のそれを見れただけで、心が温かくなった。

「…ねえ、じゃあ…本当に、最後の我侭…言っていい…?」
「君の願いを我侭だとは一度も思ってないが?」

そういってから彼はどうぞ、と頷いた。

 

 

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