あまりアサシン装束では好ましくなかったので、私服で書類を抱えて大聖堂を訪れた。
何人かのプリーストが仕事をしている部屋に通される。
その中に、俺が指名したプリーストの姿を見つけると、彼も気づいてこちらへ来た。
彼はずっと仕事をしていたせいか、結わえた長い銀髪が少し乱れている。
けれど表情や顔の造形は相変わらず人形のように整っていて、気品がにじみ出る。
「貴方が私を訪ねるなんて、珍しい…ルナはいないんですか?」
彼は、俺の相方であり、恋人であるルナティスの友人。
友人でありながら日々ルナティスにセクハラをしたり付けねらっている変態だが。
「…ルナティスには、別のことを手伝ってもらっている。」
「そうですか。」
部屋の奥の、彼の机の方へ促されて後をついていく。
そしてペンを持ってから、俺の持っている書類を読み出す。
数分後、彼は持っていたペンで書類にサインすることなく、それをペン立てに戻した。
「貴方、ふざけているんですか。」
笑顔のまま、穏やかな声のまま、彼はそう言って書類を机にたたきつけた。
小さくWeddingの文字がつづられて綺麗だった白い紙に皺がついた。
元々親しくない、むしろいろんな意味で敵対していた相手だ、請け負ってくれないかもしれないとは思ったが…。
ここまで腹を立てられるとは思わなかった。
「以前言いましたよね。貴方がルナを悲しませるようなら、私が遠慮なく攫っていきますと。」
「ルナティスの了承は得ている。あんたのサインを貰って…式の牧師はルナティスに勤めてもらう。」
彼は盛大にため息をついて、彼にしては珍しく眉間に皺を寄せている。
「よくもまあ、抜け抜けと仰いますね。
確かに貴方方は結婚できないとしても、目の前で最愛の人が他の女と結婚する
そんな光景を見せ付けられる彼の気持ちを考えたら、とても…」
「それでも、最期くらいは幸せにしてやりたいんだ。」
もっともなことを言うプリーストの言葉をさえぎって、強く言った。
「今までずっと苦しみ努力していたのに、神に見放されて時期に死ぬ運命の少女だ。
もう彼女には何も無い。こんな俺しか彼女を救ってやれない。
いや、救えるかも分からないが、見放すわけにはいかない。」
プリーストはしばし考え込み、口を開いた。
「…少しの間だけ、夫婦のフリをして彼女を幸福のまま死なせてあげたいと?」
「…ああ。」
「そして死んだら貴方はさっさとルナの元へ舞い戻ると?」
「……そうなるな。」
彼に皮肉気に言われると、自分が酷いことをしているように思えて相手の顔を見れなくなった。
「そのような訳があるのでしたら、無下に拒めませんね。」
意外にも彼は納得してくれたのか、しぶしぶとペンをもう一度手に取った。
けれどまだサインは入れない。横目にこちらを見てくる。
「1つ、お聞きします。」
「何だ。」
「彼女が死んだあと…貴方はどうするのですか。」
「…どうする、というと?」
「その少女のことを忘れ、ルナに尽くすのか。それともずっと心に彼女を留めておくのか。」
「…俺が彼女を忘れることはないだろう。
だから“ヒショウ”は彼女と共に墓に入れる。」
彼は怪訝な顔をしてこちらを見る。
「ルナティスだけの俺の名前がある。アイツはそれがあればいいと言ってくれた。」
「そうですか。」
彼は頷いて、紙にペンをはしらせた。
「でしたら、中途半端に結婚なんてするんじゃありませんよ。
しばらく貴方は彼女の夫、それ以外の何者でもない。」
忠告のように彼は強く言い、書類を差し出してきた。
それを受け取ると…サインは『Lunatis』とつづられている。
「…なんでルナティスの名前を…」
「ルナは確かに大聖堂勤めではないですが、私よりもここで仕事をしてますから私よりも有名ですよ。
修道士達や一般の方々なんか、彼をここの司祭と信じて疑っていませんしね。
それに、書類といっても厳重にチェックされるわけではありませんから。」
どうせ気づきやしません、ときっぱり言って彼は自分の仕事机に腰掛けた。
「貴方の問題です。私を、名前だけとは言え巻き込まないでください。
…人の命がかかる重い話は嫌いです。」
仕事に戻った彼に、頭を下げてプリースト達の部屋を出る。
「その間、私がルナを慰めますか。」
「聞こえてるぞ性職者。」
聞こえないように呟いたつもりだったのだろうが
アサシンとして鍛えた聴力は聞き逃さなかった。