屋敷に着いた。

そこはきっちりとした真っ白な館で、それにくっつくように塔や別館のようなものが無造作においてあるようだ。

一体中には何があるのか・・・外から見ると無意味に広い。

本館も、まるで旅館のようだ。

龍黄「広〜」

飛成「さすがわ領主様って感じだね。大豪邸?」

瑠美那「・・・豪邸と言うよりも施設みたいだな・・・」

羅希が先頭で、屋敷の門を開けて入っていった。

十数段の石階段を上ると、なんだか丈夫そうな木製の扉。

門番はいないようで、大きめの呼び鈴が扉のど真ん中に1つ。

とりあえずそれをならしてみると、予想以上にデカイ音がして、少し驚いた。

その音がしてからわずか数秒で、扉が開いた。といっても、手がやっと入る程度の隙間。

「どちら様ですか」

そこから侍女らしき女性の声がしてきた。

羅希「以前、領主様にお世話になりました、楼生・羅・希麟と言います。日日は決まっていませんでしたが、彼に招待されまして、お礼を訪ねて参りました。」

お礼って言うか、なだれ込んできたんだけどな。

侍女「・・・領主様は訳あって今は出られませんので、代理の方をお呼びします。お入りください。」

そう静かに告げて、扉がさっきよりも少し開いた。

羅希がもっと大きく扉を開けて、中へ入っていく。

侍女「コチラへどうぞ」

屋敷の中は、入るといきなり赤絨毯。正面には大きい階段。その両脇に扉が2つ。

上を見ると、薄い天窓や窓から入る光を受けてきらきらと輝くシャンデリア。

なんだか王宮のような造りと豪勢さである。

侍女の人に連れられて私達は階段の脇にある扉へ入っていった。

入った部屋は小さめでゆったりとしたソファが壁に沿って並んでいる。待合室のようなモノらしい。

私達が入ると、侍女の人はさっさと部屋から出て行った。

瑠美那「・・・羅希、ここでまた“セヴァールフ”みたいにボッタクルのか」

私の台詞に、彼はちょっと肩が落ちた。

羅希「別に、しばらく泊めて貰うだけのつもりだし、それに、ちゃんとしたお礼もまだだったからせめて挨拶にって・・・」

以外と早く、代理人とやらは来てくれた。

バン、と勢いよくドアが開け放たれたかと思うと、そこにいたのは・・・

瑠美那「あ、サンセ・・・」

彼はふらふらと幽霊のように、私達とは向かいのソファへ座る。

私達は、彼を見てちょっとだけぎょっとした。異様にやつれている。

綺麗な詰め襟の白い制服が体を覆っていて、そんなにやせているようには見えないのだが、顔色が悪く、頬もやせこけていて、唯一制服から見える手の甲は、妙に肉付きが無くて、すごく細い。

一瞬で、会社の時とは別人のようにやせていると分かった。

瑠美那「サンセ、大丈夫か?なんかすっごいやつれてて・・・」

彼は鈍い動きで頷いた。

サンセ「すいません、少々寝不足気味で・・・。えっとですね、今・・・領主様はお休みになられていまして・・・しばらく寝所にこもっているので、その間、僕が代わりに行政をしております。」

「・・・寝所にこもりきり?」

飛成と龍黄の声がかぶった。

サンセ「はい。領主様は・・・何故か、数日間眠りっぱなしになる時期があるんです。年に数回ですが・・・。その間の執務は全て僕が・・・」

サンセが途中、あくびをかみしめた。

羅希「では、また後日改めて来たほうが?」

羅希は相手側の事情を気を遣っているのか、聞かないでいる。アステリアが何故眠っているのか。彼の微妙な沈黙で、何かあるというのは彼も分かっただろう。

サンセ「いえ、お二人の面識は僕自身が知っているのでかまいません。眠り込んだのが昨日だから、あと一週間くらい眠っているかも知れませんが、それでよければ、屋敷の方へ滞在していてください。部屋は余っていますので。」

羅希が丁寧に頭を下げて礼の言葉を述べる。

サンセ「えっとですね、本館の西に3階建ての別館がありましたよね。あそこは宿屋敷に部屋が作ってあります。1、2階が女官や衛兵の部屋で、3階が客人用になります。3階の空いてる部屋を適当に使って頂いてかまいませんので。食事の方は、決まった時間に食堂に用意されます。自室で食べたい場合には、時間前に堂の方でおっしゃってください」

マジで旅館みたいだ。

サンセはふらふらと立ち上がり、おぼつかない足どりで部屋を出て行った。



飛成は、ずっと抱えていた二人分の荷物をベットの上にドサリと落とした。重さよりも、長時間持っていたせいで腕が少々疲れてしまった。

飛成「夕食までは時間はあるよね」

もう隣でベット上に仰向けになっている羅希にそう呼びかけた。

羅希「ああ、私は少し休むよ。」

飛成「じゃあ、適当に散策してくる」

彼は一度脱いだ上着を再度着て、おもちゃを見つけた子供のような顔をして部屋を出て行った。

一人、部屋に残された羅希は、出て行った相方の背中を不安げに見つめていた。

羅希「・・・迷惑かけなければいいけど・・・」



廊下ですれ違う女官達が、通り過ぎた後に後ろでなにやら騒いでいる。

『ねえ、今の人、すごくかっこよくなかった?。』

『領主様の客人かしらね。見たこと無いわ。』

『ねえ、誰か、声かけないの?』

鍛えられた聴覚のせいで、彼女らの会話が結構明確に聞こえてしまう。

飛成「(僕ってそんなに格好いいのかな・・・。僕としては羅の方がなぁ・・・)」

けれども、その噂されている飛成は少々迷惑そうな顔つきで、たいしてその話に動揺などは見せていない。

とりあえず、なんか声をかけられると面倒なので、少し早足になる。

飛成「・・・何、ココ」

いろいろまわっていってるうちに、思わず苦笑いをしてしまう。

来たとき、彼も「旅館みたいだ」と思っていたが、そのものがココにあった。

飛成「なんかさっきバーもあったよね。それに温泉湧いてる大浴場あったし、今度はゲームセンター?なんかすっごい所だなぁ、この屋敷。まぁ、面白そうだし、後で来ようかな〜」

そんなことをゴタゴタ言いながら、今度はまだ行っていない本館へ。

さっきまでの様子とは違って、本館は豪勢で静かである。そんな様子もお構いなしに、好奇心旺盛に本館の中を歩き回る。

サンセ「どうかしましたか?」

突然後ろから声をかけられて、ちょっとビクっとした。

後ろを見ると、さっき領主の代理で客間へ来ていた青年だ。

飛成「あ、いや。ちょっといろいろ見て回りたくなって。」

今更になって、本館の中をうろちょろしていたのはまずかったかな、と後悔した。

けれど、彼は不快な様子は全くなく、そうですか、と微笑むだけだった。

サンセ「そうですか、でも本館は領主様の部屋と執務室と資料室以外特にありませんよ。領主様が静かな方が良い、と本館だけ空きスペースばかり作ったんです。」

飛成「サンセさんでしたっけ」

サンセ「サンセバスティアン、です。長いので省略しています。サンセでどうぞ。」

飛成「じゃあ、サンセ君。少し休憩とかした方が良いよ。さっき後ろで全然、生気とかの気配を感じなかったから。」

サンセ「あー、でしょうね・・・もうなんかいつ死んでもおかしくないとか自分で思いますから・・・」

飛成「え・・・、でもなんか気分転換すれば世の中楽になるでしょう!」

サンセ「いえ、このままでいいんです。多分、僕がいないと領主様はいろんな犯罪に手は染めるわ、土地の治安を乱しまくるわ、すごいことになるでしょうし。・・・この土地が繁栄して、人々が豊かな生活をおくれる、そうなっていくのを見ていられるのがとても嬉しいですから。」

飛成「・・・もしかして、ここの土地を豊かにしていったのって、領主様じゃなくて・・・」

サンセ「僕です。」

そうキッパリ言い放ってから、軽くため息をつくサンセである。

まあ、一部領主様の犯罪行為のおかげもありますけど、と少々いらだたしげにそんなことを愚痴る。

飛成「大変だねぇ。僕は飛成、なんか不満とか溜まってたら愚痴とか聞いてあげる。たいして楽になんないかも知れないけど。」

そうにっこり笑って彼の肩を叩く。軽く叩いただけでも折れてしまいそうなほど、その方は細かった。

サンセ「ありがとうございます。結構お世話になるかも知れないです。・・・それでは」

頭を下げてそう言い、少々早めの足どりで、飛成が来た道をある行っていった。

飛成「・・・全く、あんな良い子に重労働させてる領主とやらの顔が見てみたい!」

軽く頬をふくらませて、まだ見ぬ領主を悪徳面で勝手に想像してみる。

そして再度歩き出してから、少々よからぬ事を思いつく。

飛成「・・・寝てるんだよね。・・・起きないんだよね。」

サンセに重労働させてる領主とやらの顔が見てみたい、それならば見てしまおう。とずいぶん子供じみた発想をふくらませる。

飛成「だって、どうせ起きないのなら本人も不快な思いしないし、問題ないよね。てかちょっと顔に落書きとかつねってやったりしてやろうかな。」

前の『本人も不快な思いしないから問題ない』と言うものは、後半にはすっかり抜けている。

そんなの事にも気づかず、領主の部屋を探して最上階へ向かう飛成であった。



飛成「(おじゃましま〜す。ホントに邪魔するけど)」

心の中でひそひそしゃべりながら、領主の部屋とやらを見つけた。

部屋の扉を開けた瞬間、視界が赤くなった。

飛成「・・・夕日・・・か」

部屋の奥の壁が全てガラス張りになっている。そこから夕日の光が差し込んできている。

その光のせいでは部屋の中は赤く染まって、妙に幻想的だ。

部屋は執務室で、大机と壁の脇にある本棚がいくつか。それ以外のものは全くおいていない。妙に部屋が広い。

飛成「領主様の部屋、ってココしかなかったよね・・・。じゃああそこが寝室?」

ガラス張りの壁に寄り添うようにして、脇の壁の端にポツリとある木製の扉。

一応、足音を立てないようにして、その扉の前へ。

一応礼儀か、と本当に小さくノックをして扉を開けた。

・・・中に人の気配。でも動く様子はない。寝ている、と確信して、サッと室内に潜り込む。

ドアを小さく閉め、また何もない部屋の隅にたたずむ、カーテンで覆われた寝台に歩み寄る。

なんだか、子供のいたずらのような気分だな、少々面白くなってきた。

実際、子供のいたずらとかわりはない。

寝台のカーテンを音を立てないようにめくった。いつの間には後ろに構えられた手は油性マジックを握っていたりする。

けれど、そんなことはどうでもよくなってしまった。

飛成「・・・」

少々呆気にとられた。

飛成「綺麗・・・」

そんな風に呟いてみたくなるほど、領主は神秘的な美しさがある気がした。

昔、神族を見たことがあった。妙に不思議な力を発している気がして、“神秘的”というものを、初めて目にした気がしていた。

そんな感覚を今思い出す。

一目で男と分かるし、どこをとっても女っぽいところはないのだが、どこか中性的な感じがした。

飛成「・・・“銀髪”?」

夕日のわずかな光でその髪の色が見て取れた。

光が少なくとも、それは良く輝いて見える。

思わず枕に投げ出されている銀糸の一房を手に取ろうとしたとき

飛成「・・・・・・うわぁ!!」

彼は絶叫しながら手を離した。

領主が目を開けて、無言でこちらをじっと見ていたからだ。ワニに睨まれたような気分になって固まる。

飛成「あ、ご、ごめんなさい。え、その、ちょっと屋敷内探検してたらここに来て、その、あーっと〜」

アステリア「・・・」

領主は相変わらず無言だ。

飛成「ってあれ、ね、寝てるんじゃ・・・いや、え、あっと、ですね・・・」

ここへ来た理由が説明できない。

話せない理由である、と言うわけではなく、気が動転してか、何故ここに来たのかすら忘れてしまった。

飛成「・・・あの、起きてます?」

彼が騒いでいるうちに、相手は視線を天井に浮かせていた。

相変わらず無言。

飛成「もしもーし」

アステリア「どれくらい眠っていた。」

飛成「あぐぁ!」

てっきり返事すらしないと思っていたら、いきなりはっきりとした口調で問われたので、少々驚いた。

飛成「えーと、昨日眠り込んだっていってたからまだ一日ですかね・・・」

アステリア「・・・」

彼はムクリと起きあがり、横目で飛成を見やる。

深緑の瞳に射抜かれて、少々息苦しい気分。やっぱり怒ってるだろうなぁ、とまた今更後悔する飛成。

飛成「あ、すいません、僕は羅・希麟の・・・」

アステリア「知っている。実験体だろう。まさかしゃべるとは知らなかった。」

そう言えば、羅希が「良く実験室へ来ていた」と言っていたな・・・

飛成「美園・飛・成玉(メイユァン・フェイ・ソンユイ)です。」

【実験体】という言葉にムッとして、少し声を荒げて言う。

不法侵入の立場のクセして結構強気だ。

アステリア「・・・ていけ」

飛成「・・・はい?」

アステリア「出て行け、と言っている。」

飛成「!」

低い声でそう言われ、睨まれた。

そんな風に言われるのは当然だが・・・

怖いとか、すまない気持ちになったとかよりも・・・なんかムカついた。

でも、思い返せば悪いことしてたんだよな、とやっと気づき、さっさと部屋を出て行く。

妙にバタン、と大きい音が部屋に響き、いきなり室内は静かになる。

アステリア「・・・余計なことを」

彼は何の感情もこもっていないセリフを吐き、また寝台に横たわる。

けれど、さっきとは違い、目はずっと閉ざされない。虚ろに天井を眺めていた。



馬車の中だけでは眠り足りなかった私は屋敷に着いてからも一眠りしていた。

そんなことしている間にもう夕食の時間になったらしく、龍黄に引っ張られるように食堂へ向かった。

どうやら、予定よりも早くアステリアが目覚めたらしいので、特別客用の会食堂で夕食になった。

瑠美那「なんかすごい豪勢な気が・・・」

龍黄「気がじゃなくて、本当に豪勢なんでしょ」

次々と運び込まれる食事に私と龍黄は呆気にとられていた。

瑠美那「飛成?」

なんとなく、顔色が悪い彼に声をかけてみる。

飛成「ん?なに・・・?」

瑠美那「顔色悪くないか?お前の好きな甘いモノあるのに」

飛成「え、ああ、うん。」

大丈夫、と言ったあとに浅いため息をつかれると、全然大丈夫に見えないぞ。

全て料理が運び込まれて、少し待たされる。

そのうち、入り口の扉が思い音を立てて脇にサンセを控えたアステリアが入ってきた。

瞬間、飛成が顔を隠すように深く頭を下げた。

瑠美那「・・・あれ、髪、碧い」

アステリアの髪が前の栗色から、光の鈍い曇った碧に染められていた。

多分、またカラースプレーかなんかか。

彼は私達のことは視界に入れていないかのように、無言で席に着いた。



食事が始まって、羅希が真っ先に話し出した。

私と龍黄はさっさと食べ始めたが、飛成は珍しいことに黙って食事に手を付けないでいた。

羅希「まずは、先日、仲間を助けて頂いたことについてお礼を述べさせて頂きます。」

羅希の堅苦しい敬語を聞いて、アステリアはあからさまに眉をひそめた。

アステリア「普通に言え。」

羅希「はい?」

アステリア「こんなところに来てまで、堅苦しい言葉は聞きたくない。」

羅希「はい。」

アステリアの態度にサンセが後ろで何か突っ込みたがっている。

羅希「それと、コチラが本題なんですが、私達は今ある目的のために動いています。貴方の協力がもらえないかと思って、今日来ました。」

アステリア「具体的にどんな協力だ」

羅希がちょっと考え込んで、返答した。

羅希「図々しいとは思うんですが、しばらく宿を借りたいのと、更に図々しいとは思いますが道具の調達のために此処の貿易路を活用したいとか思ってます。」

アステリア「・・・そのくらいならかまわない。」

自由にしろ、という声と、羅希の謝礼の声が重なった。

何故かその話し合いの結果にホッと胸をなで下ろす飛成が目に入った。

そんなに心配していたのだろうか。

瑠美那「飛成、さっきからおかしいぞ、お前」

ギクリとして、何が、と問い返す声も小さかった。

サンセ「料理、お口に合いませんか?」

サンセの言葉に、慌てて首を横に振り、やっとこさ料理に手を付け始めた。けれど、

アステリア「そうだ、忘れ物だ。“飛成”」

そんなアステリアの静かな声がして、飛成の方に何かが投げられた。

料理の上を通過して、彼の手の中に収まった物は。

飛成「・・・!!!」

飛成がピシリと音を立てて固まった。

羅希「・・・油性ペン?」

更に私達の間に謎が深まった。

瑠美那「お前、何してたんだ?」

彼はその質問にも答えてくれず、最後まで固まっていた。

そのまま、静かに会食の時間は過ぎてゆく。



妙に屋敷の雇い人達がにぎわっているリビングで、羅希と龍黄がなにやら話していた。

風呂上がりで私はタオルで髪を拭きながら二人に近づいた。

瑠美那「あれ?飛成は?」

飛成の姿が何処にも見あたらない。羅希と龍黄は知らない、と言うように首を横に振った。

龍黄「はじめからいなかったよ。」

羅希「夕食を食べたらすぐにどこかへ行ったけれど。」

瑠美那「・・・アイツ、なんかここに来てからおかしいよな・・・。」



飛成「・・・あー、ここにまた来るとはなぁ・・・」

と、一人で呟いているのは領主の執務室兼自室の扉の前。

少しためらいながらも、すぐに決心をし、扉をノックした。

しばらくして、かすかに「誰だ」と問うてくる声がした。

飛成「成玉・・・飛成です。」

それだけ言って、扉を開けた。

飛成「・・・!!」

少し扉を開けた瞬間、見慣れた色と臭いにゾッとして、慌てて部屋の中へ駆け込んだ。

灯りは月光のみ。それでも部屋の壁にアステリアが寄りかかっているのははっきり見えた。

なんだか妙に冷静でいられて、彼の今の様子もすぐに分かった。

左手に鋭く光るナイフ、そして右手と右の首元や肩が真っ黒に染まっている。

部屋の電気を急いで付けて、予感していたことが確信になった。

彼の手と首を染めているのは思った通り、血だ。真っ赤な鮮血が彼の右半身を流れ落ちていく。

多分、手首と首根の動脈が切られている。

飛成「何してるんだよ!アンタは!!」

心配よりも罵声が先に飛んだのは、彼が自殺を図ったと分かっていたから。

急いでナイフを取り上げ、自分の上着で止血を始める。

アステリア「放っておいても死にはしない」

飛成「どう見ても死ぬでしょうが!!」

アステリア「本当だ。」

弱々しい声でそう言って、飛成の腕をつかんだ力は思ったよりも強かった。

アステリア「いつも、死ななかった。」

飛成「今死ぬ!前回平気でも今絶対死ぬから!!」

必死で彼の手首に上着の袖を巻き、首にまた布を巻こうとしたとき、一瞬手を止めた。

首の血でぬれていない部分にいくつもの古い切り傷があった。どれも深い。

会食や、寝ていたときは、チョーカーを着けていて見えなかったが・・・。

なんだかコレを見ていると、“死なない”と言うのも本当に思えた。

飛成「・・・っ」

急いで止血を再開した。なんだか作業の最中に涙が止まらなくなった。

とりあえず、止血をすませたら、なんだか力が抜けて、止めようとしていた涙が全て一気にあふれた。

アステリアはそれを見ながらも何も言わない。

すぐに人を呼びに行くべきだが、なんだか行く力がない。それに、このままでも彼は助かる気がした。

飛成「あのさぁ、なんで・・・こんなことするかな・・・!!」

自分でも信じられないくらい腹が立った。

飛成「産んでくれたお母さんに申し訳ないとか!育ててくれた人に申し訳ないとか!側にいる人を悲しませてなんだか悪いなとか思わないわけ!!」
自分で言っていても、説得力がないなとか思った。

けれど、なんて言えばいいのか分からない。

飛成「もうすぐ死んじゃうかもしれないのに、それでもがんばって生きようとしている人に対する嫌がらせだよ!?これ!!」

そう言いながら、思い浮かんだのは羅希の姿だ。

とにかく腹が立って、気分が悪い。

もうこれ以上叫ぶのはやめよう、と一息ついた。

一発ブン殴ってやりたいけど、相手はケガ人だからやめておいた。

とりあえず泣きたかったので、一通り泣いた。

今思えば、泣いたのはもう十何年ぶりだ。

アステリア「・・・」

そんな状況の中でも、アステリアは何もせずにただじっと訳の分からぬ行動をとっていた飛成を見ていた。

 

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