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アステリアの自殺現場を目撃してからおよそ数十分後。

一般人なら確実に死んでいるはずの傷を負ったアステリアは、一命を取り留めた。

と言うよりも、たいして命に別状はないような状況だった。

彼はどう見ても、普通の人間であるのに、あの傷で死ななかったのが、飛成には不思議に思えてならない。

飛成「で、何で自殺なんかしたんですか。」

今は飛成の処置を受けて、ベットの上に横たわるアステリアに、すこし苛立った声色で問いかけた。

彼から顔を背けるように横を向くと、染められた栗色の髪が肩から落ちた。

アステリア「今に始まったことではない」

飛成「何で死のうとするの!!」

答えになっていない返事よりも、その言葉自体に腹が立った。

だるそう、と言うよりは面倒くさそうな様子でいるアステリアをいくら睨んでも、彼はその先を話さない。

飛成「答えてよ!」

アステリア「・・・」

飛成の目を横目で見る。

アステリアは激怒している飛成の目を見ても、相変わらず冷たい瞳でいる。

そして、相変わらず無言。

飛成「羅は・・・」

突然、羅希の名を挙げた飛成を黙って見ている。

話し出した本人は話をすることに集中できて、すこし怒りを収められた。

飛成「彼は最近、一人で苦しそうな顔をすることが多いんだ。きっと彼を蝕む呪術のせいで苦しんだと思う。でも、誰かが側にいると「大丈夫」って言って、無理していないようなそぶりで笑う。」

また、やっと収まった涙が、また出てきそうになって、うつむいた。

飛成「もうすぐ死んでしまうかも知れないのに・・・、それで、同じ呪いを受けた瑠美を、瑠美だけでも助けたいって、必死に生きてる。なんとか自分の命を延ばして戦ってる。」

アステリア「・・・」

飛成「あと僅かな命をのばして・・・いや、もう本当は切れているのかも知れない。それでも、目的があって、挫折しないでがんばってる。重い荷物しょってさ・・・。何も努力しなくても普通に生きていける僕らを、すごく羨ましく思ってるよ。」

アステリア「・・・」

飛成「だから、僕も彼の為に命をかけて手伝ってる。手伝うことしかできないけど、それでも一緒に戦って行ってる。一緒にここまで来たんだ。」

アステリア「・・・」

飛成「だから」

急にここへきて飛成の声がオクターブ下がった。

飛成「目の前に自分で自分の命捨てようとしてる馬鹿がいる・・・」

アステリア「・・・」

聞いているアステリアは全く動かず、眉ひとつも変えずに飛成を見ていた。

飛成「そんなん許せるかってーの!ムカつくもん!!だから聞きたいんだよ!!理由を!!」

けんか腰に、相手が重傷を負ったけが人(本来なら死人)に怒鳴ってやる。

部屋の外に声が漏れるかも知れない、なんてことは全然頭にない。

飛成「さっさと観念して話さんかい!!」

息を荒げて睨みつけてくる飛成をしばし見て、アステリアはため息混じりにやっと声をだした。

アステリア「母上が殺しに来るからだ。」

飛成「・・・は?」

いきなり出てきた言葉に、思わず自分でも「変だ」と思うほど変な声が漏れた。

アステリア「母上は死んだ今でも、私を憎んで殺しに来る。それに従っていただけだ。」

なんとなく、彼の首にあった古傷を思い出す。

あれはひょっとしたらアステリア自身が付けたのではなくて・・・。

そんな考えを振り払った。

飛成「・・・死んだ?」

アステリア「十何年か前に自害した。」

飛成「・・・憎んで、って、そんなに悪いことしたの?」

アステリア「母にとって・・・私の存在自体が苦痛だったのだろう。」

飛成「どうゆうことよ。」

アステリアが目をつぶり、口調は更に面倒くさそうになる。

アステリア「・・・母は、今ではヴァル・ヴァヌスの一部となった隣国クリフウィンの第一王女。
そしてヴァル・ヴァヌスの王子との政略結婚を押しつけられた。
母は快く結婚を申し受けた。ヴァル・ヴァヌスの第六王子アーテネスを好いていたからだ。」

飛成「・・・」

“アーテネス”の名に少々考え込んだ。けれど、まさかな、とすぐに考えるのをやめた。

彼が一瞬思い描いたのは、瑠美那の父の姿であった。

あの聡明で優しくて、綺麗な銀髪の・・・

・・・ん?銀髪?

アステリア「その男と結婚をする条件で政略結婚は成立した。だが、結婚が決まってまもなく、相手は逃げ出した。」

飛成の肩が落ちた。

アステリア「必死の捜索は続いたが、その男は結局見つけられず、他の王子との結婚が決まった。」

アステリアの口調は落ち着いている。まったく曇りない。

アステリア「母は気性が荒く、意志の強い女性だった。もう反対し、結婚を取りやめるように要請したが、その王子本人に脅されて結局は結婚した。そしてその男との間に私を産んだ。」

飛成「脅し?」

アステリア「逃げ出す時に書かれた書き置きだ。それには彼が国を捨てて逃げたという事実がつづられている。
アーテネスは王家にまれに生まれる銀の髪を持つ者。その者は確実に王位を受けた。
だが、書き置きを公開されれば彼の王位は失われる。それを防ぐために結婚を了解した。」

・・・銀・・・

飛成の思い浮かべた人物と、アステリアが語る人物は同一であると確信した。

この国が、瑠美那の父の故郷であった。

でも、それよりも、そんなことよりも話の先が気になった。

初めてアステリアの口元がゆがんだ。僅かなうごきだったが・・・

アステリア「母上は私を・・・アーテネスに似ない顔を見るたびに、狂った。そして何度も私を殺そうとした。」

首の傷がそれか・・・。処置をするのに上着を脱がせたとき、丁度心臓の位置に傷跡があった。それも何個も。

一度は考えるのをやめたことが的中した。

アステリア「何度、斬りつけられても私は死ななかった。それで彼女は更に狂っていった。
いつか母上が私を殺せるように、誰もが寝静まったとき、彼女の元へ一人で行った。
そして何度も斬りつけられ、殴られ、銃で撃ち抜かれた。」

話を聞いていて、飛成は血の気が引いた。

殺されるために、毎晩母の元へ通っている。そんな子供の姿、尋常ではない。

それに、それでも生きていたアステリアに違和感があった。

アステリア「ある晩に、その脅されている事実を知った。母上が父にその書き置きをちらつかせていたのを見た。」

飛成「・・・」

アステリア「その日のうちに父を殺して書き置きを奪い返してやった。」

飛成「え・・・」

もう、聞いていて頭がおかしくなりそうになった。

想像できる範囲ではなくなった。

子供を殺そうとする母親もイカれてる、と思ったが、実の父親を殺したアステリアもイカれてる・・・。

アステリア「だが、もう母も疲れていたようでな・・・それを届けてやったら、私の目の前で笑って首を切った。」


___母上!書き置きを取り戻しました!

泣き崩れていた母が、幻を見ているような目つきでこちらを振り返った。

背景に見える月光に照らされ、美しい。

___書き置き・・・まさか・・・

少年は手に持っていた、実の父の血が付いているその紙を掲げた。

その掲げた物とは反対の手には、血にぬれた金細工のナイフ。

床に座り込んでいた母がゆっくりと起きあがった。

髪がぐしゃぐしゃにかき乱されていたが、それでも見上げていたアステリアは美しいと感じた。

その紙を受け取り、しばし眺めると母はまたその場に崩れた。

___すまぬ。すまぬな・・・こんな事を・・・

彼女は涙を流しながらアステリアのナイフを持つ手を握った。

___母上、泣かないでください。これで母上の泣く理由は1つ減ったのでしょう。

彼女は小さく頷くと、アステリアの手からナイフを取り上げた。

そのまましばらく項垂れていたが、やがてナイフの刃先を持ち上げた。

その瞬間、アステリアはあ、と声を挙げた。

そうだ、母上が泣く理由はまだここにあるんだ。

いつものように、自分に刃が突き立てられるのを待って、目を閉じた。

___すまぬな、アステリア・・・

妙な違和感があった。

その時は気づかなかったが、彼女がその名を口にするのは初めてだった。

___私は、母らしいことなど、1つもできなかった。

そんな事かまわない。

自分は生まれるべき人間ではなかった。

___すまぬ。もう、苦しまなくても良い。

瞼の向こうの気配が徐々に離れていった。

え、と疑問の声をあげて、目を開けた。

彼女は刃先をこちらには向けていない。自らの首元に突き立てていた。

___母上!!やめてください!!

狂わんばかりに叫んだ。これからの情景が頭に浮かんで、怖くなった。

思わず、離れていった母の元へ走り出す。

___すまぬ。

彼女は今まで見たことがなかった笑顔を浮かべていた。

その笑顔に足を止められ、その瞬間に視界が真っ赤に染まった。

その赤で、母の笑顔がかき消えた。

アステリアの悲鳴が響き、衛兵が駆けつけるまではそう時間はかからなかった。



今更ながら、アステリアにこんなことをしゃべらせるのが酷いことに思えた。

飛成「も、もう話は分かったからしゃべらなくていいよ・・・。首の傷にも悪いだろうし・・・。」

アステリア「心配せずとももう終わりだ。」

ハァ、と深いため息・・・安堵のため息が着いた。

飛成「ものすんごい過酷な人生たどってんだね・・・。今更だけど話させてごめんなさい。」

ダバダバと滝のような涙を流しつつ謝罪する彼にアステリアがポツリと、別に、と漏らした。

飛成「ねぇ、“お母さんが殺しに来る”っていうのは?」

謝罪して、話させたことを後悔したわりにはまた質問に回る、矛盾だらけの男に、アステリアも呆れた表情になった。

アステリア「年に何度か、夢を見る。」

飛成「ああ、あんだけすごい体験してたらトラウマにもなるよね・・・」

アステリア「その後起きると、無意識のうちに自殺しているらしい。」

飛成「・・・」

コイツはアブない。

徐々に立ち位置が彼から離れていってることに飛成自身気づいていない。

アステリア「いつもはサンセが止めているらしいが、今回はすでに起きた後だったので油断したようだな。」

飛成「あー、じゃあ僕が止めに来なかったらあぶなかったんだぁな。」

アステリア「どうだかな。」

飛成「ん?てことはナニ、自分の意志で自殺してるんじゃないの?」

アステリア「願望はある。ただ実行が無意識なだけだ。」

飛成「だめじゃん!死ぬなよ!んー、なんか昔に辛いことがあったのはよく分かるし、
今なんかそんなことしたくなる気持ちもよく分かるんだけどさ〜。
もう昔のことは昔なんだし?
適当に生きてりゃなんか楽しいことあるって。生きててなんぼだよ?」

アステリア「・・・」

彼の無表情に、こいつ改心してないな、と思った飛成は少し悩み込む。

飛成「どー言えばいいかなぁ・・・」

アステリア「お前は・・・」

飛成「ん?」

アステリア「・・・何か生き甲斐があるか?」

飛成「いろいろあるよ。なんかね、仲の良い人とか好きな人とかと一緒にいるといつでも嬉しいし、・・・あ!!」

突然、彼が出した大声に、少し眉をしかめるアステリア。

そんな事お構いなしに、飛成は嬉しそうに思いついたことを五月蠅い声で話し出す。

飛成「あのさ、羅の歌とか聞いてみるとイイかも知れない!」

アステリア「・・・希麟の?」

アステリアはなんのことかわからぬ発言をされて、少々困惑して眉をひそめる。

飛成「そうそうそう。あのね、羅って幻翼人の村で代々受け継がれてきた聖歌を受け継いだ歌人なの。」

羅希が歌を、と言われても、全く想像が浮かばず、視線をしばらく宙に浮かせる。

飛成はそんな様子を全く見もせず、武勇伝を語る子供のような調子で話している。

飛成「歌声には魔力がこもっていて、羅はそれを特別に強く引き出せるの。
それだけ美声なのね!もうそれが聞いていて、すごく幸せな心地になれるのよ。
一回聞いてみると人生観変わるかもしんないよ。
この屋敷バーあったじゃん?あそこの人歌ってたところでさ、羅を歌わせてみてさ。
んじゃあそこ借りるよ。ちゃんと聞きに来てね!来なかったらマジで殴るよ?」

相手の了解を全く得ず、思い立ったらすぐ行動!と、飛成はさっさと飛び出していった。

その去った後ろ姿を見て、開け放たれたままの扉をしばし眺めていた。

さっきまで騒いでいた者がいなくなって、妙にポッカリ空洞が飽いた気分になる。

しばらく思考を休ませて、小さくため息をついた後に吐き捨てるように言葉を出した。

アステリア「いつまで覗いている。」

どこに放ったか分からないその質問に、しばらくして応える返事が来た。

返事は天井裏から。

瑠美那「なんだ、分かってたか。」

ゴトリ、と何かがズレ動く音がして、アステリアの視界の上から瑠美那がストン、と降りてきた。

服装は全身薄皮でできた戦闘服。体のラインにピッタリしているのでしのび装束のようにも見える。

瑠美那「なかなかやるな、アンタ。これでも本業だから気づかれない自信はあったんだが。」

アステリア「何か調べたいことがあったのか。それとも暗殺か?」

そんな事をサラリと言うアステリアに、こちらも無表情で、前者、と応じる。

瑠美那「羅希からいろいろ聞いてたら、あいつって妙な趣味持ってそうでさ。
女に見向きしたり、興味示したり全然しないらしいし、誰かと風呂に入ったりも絶対しないらしいし。
まさかその手の趣味があるのかちょっと心配になったもんで。」

アステリア「・・・結果は」

瑠美那「・・・あー、微妙。」

アステリア「・・・」

瑠美那「てかアンタもそうゆう気あったりする?」

アステリア「・・・」

無言で枕の下から小型の銃を取り出すアステリアに、ちょっと焦って両手を挙げる。

ちいさく、冗談です・・・と言う言葉を聞いて、静かに銃を下げる。

瑠美那「飛成のあのカマっぽい口調とか態度って多分、元からだな。少し安心したわ。」

アステリア「・・・」

瑠美那「じゃぁ、バーでまた。」

アステリア「・・・」

瑠美那も、さっき飛成が消えていったドアの向こうに消えていった。

ドアは、何か言いたげに開け放たれたままだ。

しばらく凍ったように動かずにいたアステリアが、そのドアを通るまでに、そんなに時間はかからなかった。




羅希「あのさぁ、そうゆうことはきっちり準備をする前に言ってくれる・・・?」

腕を組んで、飛成を見下ろす羅希は、珍しく不機嫌だ。

見下ろされている人物は床に正座である。

飛成「ごめんなさい・・・ついつい計画性を持たずに先走ってしまったもので・・・」

そういって、一回り小さくなる。

場所はバーのステージの裏方。

羅希をここに呼び出してから、彼の「いつ私がいいよ、って言ったっけ?」と言う台詞を聞いて、初めて自分がメインの人物に出演の許可を貰ってないことに気づいた。

それでもなんとか頼み込もうとする飛成を、意地悪に説教する羅希。けれど彼は別に断るつもりはない。

飛成は先のことは考えないけれども、何か行動を起こしているときはとにかく必死なのだと言うことを、彼自身良く理解しているからだ。

ステージはしっかりと用意され、ボーカルの登場を待つだけの形で、館内放送(この館にはそんなものまであった)で集まった観客達もぞろぞろを集まった。

羅希「まぁ、ここまで用意されてるんだから、歌わないわけにはいかないし。私服のままでいい?」

飛成「歌ってくれるの?」

羅希「いいけど。曲とかは決まってる?」

飛成「うん。羅の知ってるやつを2曲くらい頼んでおいた。それと、最後に僕が伴奏やってあげるから、アレをヨロシクね。服は用意してないからいいや。じゃあがんばって〜!」

羅希「・・・」

なんとかなったと思ったとたん、さっきまでの反省ぶりは何処に行ったのか。

うきうきした様子で控え室から手を振って出て行く飛成をため息混じりに見送って、彼はステージの舞台に出て行った。

さっきまで薄暗い部屋から、急にライトのまぶしいステージ上に上がって、目が痛くなった。

けれど、観客席の様子はよく分かった。

テーブルは全て埋まっていて、立って見ている人が数人。

入り口付近にいる瑠美那やアステリアも見つけた。

他に壁に沿って立っている者が何人か。

それでも結構多いので、少々引いてしまった。

ステージ脇に飛成を見つけ、まわりからは分からないように睨んでやる。

それから楽器を手に準備している人に、どうぞ、と口と動作で示してから、前を向いた。

脇からマイクを差し出されたが、それを断ったので差し出してきた人や観客達が、少々不思議そうな反応を示した。

やがて背後から聞き覚えのある伴奏が流れ始め、曲を確認する。

思い出された曲は、普通女性ボーカルに歌われる失恋の曲。

なんでこんな曲が選ばれたのだろう、とちょっと不思議に思いながら、歌詞を思い出す。

そして歌の始まる直前に深く息を吸い、言葉を発した。


淡い月光が湖に落とされた涙を映し出す

私はこんな思いは忘れたの

もう、そんな幻影を見せないで

思い出したい、思い出せない記憶を

思い出したくない、思い出してはいけない記憶にしないで


彼の歌声はそんなに大きな声でもないのに、マイクが無くとも室内中に広がった。

音や声と言う感じではなく、香りのように室内に回っていった。

歌が始まった時点では、観客は手を叩いていた。

けれども歌が流れて、時が経つに連れ、話し声も、感嘆の声も、拍手もなくなった。

聞く以外に行える反応が無くなった。

聴覚以外の感覚が、歌声にどんどん削ぎ落とされていくようだった。

心臓が止まったように生きている実感が無くなり、歌声にのみだけ神経の存在を確認できた。

そんな異常な事態に陥るほどに、歌声が美しい。

聞いている人たちには、【歌声】には聞こえない。何か別の薬のような感覚だった。


いつまでも返してくれない私の心を

私の中に残った貴方を

もう放して欲しい・・・そのどちらの物も

これ以上苦しめるのなら

貴方の手で私を小さな宝石にして

なんの意味も持たないガラクタにして

なにも感じられない世界に置き去りにして

それが嫌だというのなら

私に新しく翼を与えて

私を愛してくれる人の元へ羽ばたかせて

それが誰の元であっても


いつの間にか、音楽の手が止まっていた。

感想のはいる場所になって、慌てて合奏団の手が動き出す。

しばらく歌声が無い間でも、観客達は怖いほどに静かになって、間奏の終わりを待っていた。


瑠美那「・・・」

アステリア「・・・口が開いているぞ。」

隣から聞こえた、幻想の世界から現実世界へ引き戻すような声を聞いて、はっと正気の眼光を取り戻した。

私は言われた言葉の内容を理解して、なんか恥ずかしくなって顔を赤らめた。

瑠美那「な、なんか思ったよりもすごかったから。」

アステリア「確かに、観客の魂が抜けているな。」

たとえの表現であったが、確かに見回してみると魂が抜けているように見える。

・・・いや、マジでぬけちゃってるかもしんない。

瑠美那「ひょっとしたら、人を殺せるような感覚だったな・・・。」

アステリア「・・・」

私の全身が、酒を飲んだ後のように熱い。

今でも、感情が高ぶっているようだった。

悪い感覚ではない。むしろ心地よい。けれどもそれにも限度があった。

何かが奪われていきそうな甘美な歌。

先ほど突きつけられた感覚を、少々怖いと思いながらも、更に多くを求めていた。

瑠美那「アンタは、大丈夫なのか?」

アステリア「・・・さぁ」

そう言う彼は、普段となんの変わりはない。

私は多分、顔赤かったりするんじゃないか。でも彼にはそんな様子はない。

それに、私の様子なんて見ていられる余裕があるのだから、私が正気を失っていたとき、アステリアは正気を保っていた。

瑠美那「本当に何者だよ、あんた」

アステリア「・・・間奏が終わるぞ」

これから愛する人よ 私の姿を見つけて

こんな暗い世界でも 貴方なら私の輝きを見つけられるでしょう?

・・・・・・。

貴方の片翼は私が背負ってあげるから

もう、私だけが貴方の全てになるから

・・・・・・。

もう、全てを捨ていいから

もう、楽になっていいから

・・・・・・。

私が、側にいてあげるから

・・・・・・。

私を、早く捜し始めて

私を、早く見つけ出して

・・・・・・お前に務まるのか


歌が終わった。けれど静寂は続く。

歌い終わって一息ついている羅希は何も言わない。

ある程度予想していた結果だった。

羅希「・・・どうしようかな」

このまま観客達が落ち着くまでまっていようか、と思い悩んだとき。

後方から思ったよりも早い反応、拍手が聞こえてきた。

視線で探すと、入り口のすぐ脇にいるアステリアだ。

いかにも気合いのない拍手だったが、それが元になって、拍手が観客に広がっていった。

そのうち、五月蠅いまでに拍手が響いていった。

歌い終わって気がついたが、いつのまにか観客がずいぶん増えていた。

羅希「・・・」

彼は後ろの合奏隊の人たちに、合図を送ろうとした。

飛成「羅〜」

ステージのすぐしたの飛成から声がかかった。

羅希「なに」

飛成「後ろの人たち全然音楽できてなかったんだけど」

羅希「・・・仕方がないんじゃないか?」

飛成「やっぱり、アレいこ、アレ。観客の人たちもなんか魂抜けそうだったもん」

羅希「・・・分かった。」

飛成が、軽やかに高めのステージ上に飛び乗った。

飛成「音楽はもういいです。ご苦労様でした。んじゃあ、ピアノ借りますねー。」

呆気にとられている合奏隊の人たちを追い出すように指示を出し、ピアノ伴奏の人を突き落とすようにどかして、そこに座った。

ステージに羅希と飛成しかいなくなって、ざわついていた観客達も静かになり始めた。

羅希は飛成に、いいよ、と合図をして、飛成はピアノを弾き始めた。

難しい伴奏なわけではないので、そんなに上手いとは思わない。けれど弾き慣れていている。

ゆったりとした、流れのゆるい川のような旋律。

前奏はすぐに終わって、羅希の歌が静かに加わった。


完全なる魔は 聖歌によりて眠りにつく

幻の心は 聖歌がきっと目覚めさせる

今 目覚めるは始祖の歌


ピアノの伴奏は彼の歌声に良くついてきていて、さっきとは違い歌声の背景に常に存在を示していた。

そして、観客も正気を保ちながら聞けていた。

歌声の美しさは変わらない。

けれど、それに心を奪われることはなかった。


瑠美那「・・・(この歌・・・?)」

聞き覚えがあった。

歌ではなく、この歌詞に。

誰かがよく囁いていた。

どうしてこの二人がこんなことになってしまったのかは今でも分からない。
それに、彼らの悲しみは今も繰り返されているの。

・・・どうして?

きっと幸せになりたくて、何度も何度も戦っているのよ。

幸せになりたいのに殺し合ってるの?

戦っているのは、自分の心とよ。

瑠美那「・・・あ」

目眩がして、倒れそうになるところを、アステリアにぶつかって止まった。

アステリア「どうした。」

瑠美那「・・・?」

妙に感覚が研ぎ澄まされる。

けれどそれは現実ではない。

幻の中で研ぎ澄まされていった。

激しい嵐の中 涙は許されず

悲しい歌の中 その叫びに涙して

愛する為に刃を振るう

私のこと、愛してる?それなら私の為に死んで

やめてくれ・・・!どうして、そんな・・・

結局無理だったのよ・・・どうあがいても彼女には逆らえない


・・・彼女は神だから

瑠美那「あ・・・」

アステリア「!」

剣を交え 白き花弁に夢を写し

神深なる魔に身を託し 永き眠りに入る


分かった・・・一緒に逝こう

そんな・・・馬鹿な・・・!!!

白銀の花弁は その2人に子守歌を

泉の聖水は その2人を母の手を

もう、このまま目覚めることなく、ずっと、一緒に・・・

おのれえええっ!!!

血と涙を流し 翼を汚した2人に

同胞の祈りで願わなくば安息を

・・・ありがとう、大好きよ

サンセ「多分、貧血か何かだと思いますけどね・・・」

サンセの声がした。その後に続いて、アステリアの声。

アステリア「部屋を探して、運んでやれ」

「はい」

彼の命令に従う、数人の声。

それから、やけに静かになった。

 

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