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小さくノックの音が響いて、夕日の差し込む執務室の扉が開いた。
部屋の主人はアステリア。返事はなかったが在室していた。
執務机にばらまかれた書類にガンをくれていた。
飛成「・・・ども」
先刻のことを気にしてか、いきなりズカズカ入ってくることもせず、扉の隙間から顔の半分を覗かせていた。
アステリア「・・・入れ」
少しためらってから、静かに足を踏み入れ、扉を閉めた。
瑠美那「羅希」
私のものすごく小さい問いかけに、彼は反応してくれた。
羅希「何?」
瑠美那「あのさ・・・なんか変な声聞いたんだよね・・・昨日」
夕日が明るくて、室内は真っ赤だった。
これから暗くなると、屋敷中の灯りがつけられて壁や天井のレリーフが綺麗に輝く。
でもそうなる前の直前のこの赤い光も綺麗で好きだ。
瑠美那「なんか狂ってるような女の声と、なんかソレを止めようとしてる男の声でさ。」
羅希「うん」
瑠美那「それが、お前の歌ってた歌に良く合う情景だった気がしたんだ。」
私は部屋に1つの質素なベットに腰掛けた。
羅希は少し大きめのソファで、なんか難しい本を読んでいる。
羅希「そうりゃぁ、そうだろうね。その2人を謳った歌だから。」
瑠美那「・・・どういうことだ?」
彼はしおりを挟んで本を閉じた。
羅希「その声は私も良く聞く。夢で見ることもまれにある。礼の呪いの症状だと思うけれど。」
瑠美那「あの声の2人って誰?」
羅希「・・・村でよく話されているおとぎ話だよ。女が神の禁忌を犯して罰を受け、狂ってしまい、その恋人が彼女を止めるために心中する。」
瑠美那「うわ、センス無ぇ」
羅希「その2人の晴れない思いが今も続いて、私達の受けた呪いになって、伝わっている・・・と一般では言われてる。」
ふーん、と他人事のような反応をして、私はベットに仰向けになった。
天井はまあまあ高くて、結構良い部屋だ。
瑠美那「その2人さ、どうにか説得できないわけ?」
羅希「・・・さぁ。でもね、私が思うにその2人は悪くないと思うんだ。」
瑠美那「・・・なんで」
羅希「なんとなく。何度かその2人の夢を見ていて思った。
その2人は利用されていたんじゃないかと・・・思う。」
それで、今も・・・、と本を開きながら小さく付け足した。
瑠美那「じゃあもう一個質問」
羅希の返事はない。けど多分聞いてるだろう。
私は天井を見たまま質問をした。
瑠美那「龍黄ってさ、なんか変な風に変身したことある?」
返事はしばらく無かった。
私にはもう質問はなかったから、ただボーっとしていた。
羅希「・・・あるよ」
返事が返ってきたのは、私が帰ろうと起きあがった瞬間だった。
飛成「・・・へ?」
彼女はものすごく変な声を出した。
部屋に入って、ただなんとなく来てしまっただけなので、やることもなかった。
調子はどうだ、だの、サンセが苦労していることと話したりして、なんとなくそこにいた。
そうしていたら、唐突に質問されたのだ。
好きな男はどうした、とかなんとかと・・・。
アステリア「誰か好きになったのだろう」
飛成「・・・勘違いしないでね!!アンタじゃないから!!」
夕日に照らされてもあったが、それ以上に顔が赤く染まった。
そう言った瞬間に、彼が少々険しい顔つきになった。
アステリア「……」
無言でアステリアは執務机の前に出てきた。
思わず数歩退いてしまったのは彼に殺気を感じからだった。
さっきまで適当に話していただけなのに、なんで急にこんな険悪な雰囲気になっているのかが理解不能。
てかなんでこの人が怒ってるのか分からないし。
飛成「な、なに怒ってんの……?」
アステリアはいつもよりも冷たい表情で彼女の前に立つ。
以前は身長差はそれほどでもなかったのだが、女に戻った今では彼を見上げる形で、そのせいか妙に威圧感があった。
それだけではなかったが…。
飛成の首に何か冷たい物が当たった。
それがするりと首に巻き付き、軽く絞められる。
それが彼の手であることに気がつくのに数秒かかり、気づいた瞬間に背筋に寒気が走る。
なんで怒られるのか、なんで首絞められるのか、全ての行動が理解できない。
でも、理由は分からないが、いくら怒っているにしろ人の首締めて絞殺なんて事………
飛成「・・・」
……………するかもしんない。こいつなら。
飛成「ちょっと待って!なんで怒ってるのってゆーかなんで僕が首絞められてるわけ!?マジでこわいんですけど!!」
ちょっと涙目になって彼の腕を首から外そうとする。
・・・ほっそいクセして変に力強いのがムカつく。
彼の腕は首から離れない。
アステリア「あれだけ揺さぶり起こして、あれだけ引き寄せておいて、いざとなったら突き放すのか。たいした女だなお前は」
飛成「女ってゆーか、もう十何年も男やっててなんか五分五分?じゃなくてどうゆうこっちゃ!!」
アステリア「これ以上私を惑わすのなら消えてもらいたい。」
飛成「なに言ってんの、私別になんもしてないでしょうが。ただアンタが死ぬ気なくなるようにがんばってただけなんだけど。」
アステリア「私から母上を奪った。」
彼の手に力がこもった。まだ苦しくはなかったが、それでも少しの恐怖感に彼女は顔をゆがめた。
アステリア「その代わりにお前が私を現実に引き留めてくれると…思っていた。」
飛成「……」
アステリア「だが思い違いだったようだな。お前は私の元へ留まることはないか。」
飛成「……」
アステリア「他の男の物になるのがどうも我慢できん。私の物にならないのなら、誰の物にもさせん。」
飛成「………」
アステリア「そして私はお前の幻惑を捕らえよう、母上を捕らえていたように。」
飛成「…………」
…………………あー……つまりこれって………遠回しな告白って言うか、嫉妬?
現状は首絞められてるけど、そう思ったら怖くなくなった。
飛成「僕はそうやって何かに捕らわれてるアンタを見るのが嫌だったんだよ?また僕を怒らせる気?」
アステリア「それでもいい。」
飛成「子供の考えだね。どうせならいい目で見られるようにしなよ〜」
アステリアは依然と表情が硬いが、飛成は首絞められてる状況でも笑いながら口調も相変わらず馴れ馴れしい。
飛成「やだもー、ヤキモチ?かわいいのぉ〜」
とか言いながら子供にするように頭をなでられ、さすがに彼は引いた。
珍しくその頬が少し紅潮しているように見えるのは気のせいか。
アステリア「お前な…」
さっきまで首に巻き付いていた手を、飛成がつかんだ。
飛成「大丈夫だよ」
何が大丈夫なのか、飛成自身言ってからそう思って、その先の言葉を考える。
アステリアはとりあえずその先を待った。
やけにまわりが静かだ。
なんの物音も聞こえない。
誰の話し声も聞こえない。
二人の気配しかあたりにはない。
妙に緊張して、とりあえずこれでいいか、と思いついた言葉を出した。
飛成「ずっと側にいるから。」
こんなに簡単に言ってしまってはいけない言葉かもしれないけど、今ならいっても良いと、不思議な…確信に似た感覚を感じた。
まっすぐ彼の目を見た。
相変わらず表情が硬くて、人形みたいで、なんか目なんか生気が無くて、人形みたい。
だけど、綺麗だなぁと思う。
こうして見ていて、宝石のような人だと思う。
髪が染められていない、あの時の銀色だったらもっと綺麗なのに。
飛成「髪さぁ」
今は無造作に背に垂れている彼の髪を軽くつかんだ。
手触りは髪のように思えない。綿の糸のようだ。
飛成「なんで染めてるの?」
アステリア「染めてはいない。」
カラースプレーだと言うことは触って分かる。爪でひっかいたら落ちそうな感触がする。
飛成「だってさ、銀色綺麗だったじゃん。なにか嫌なことがあったの?」
なんだかまた母親の辛い話とかが出そうな気がした。
彼の表情は全然変わらない。ここまで無表情だと逆になんだかすごい。
視線も飛成からずれずに、口だけ動いている。
アステリア「母上が……」
そらな。やっぱりきた。
アステリア「……父の顔をしてアーテネスの髪をしているのが気に入らないと言っていた。」
アステリアの顔、イケてると思うけどなー。どんな人だったんだろう、その似てるって父親は。
飛成「僕は好きだよ。」
………と、言ってからなんか変な響きに聞こえて、ちょっと変な気分になった飛成だ。
なんかカップルみたい〜、とかなんとか……。
飛成「なんか顔とか髪とか良い感じじゃん?うん、売れそう」
アステリア「売るつもりはないぞ」
飛成「売ったら売れそうって事」
アステリア「何にだ」
飛成「え、なんかお店とか?でもあんまり売りたくないな。」
なんだか現実感のある話になってきて、アステリアの方が少々困惑する。
けれど、やっぱりその表情は硬いままなので飛成はそんなことには全然気づいていない。
飛成「後で見せてね、髪の毛」
子供がなにか珍しいものを見せて、と言ってわくわくしているような様子。
その表情には裏表がない。ただ見たいという意志のみ感じられた。
アステリアにとって誰にも向けられたことがない表情であったし、向けられるとも思っていない表情だ。
アステリア「………この髪は」
飛成「うん?」
アステリア「権力の象徴であり、天罰を下す者の印だそうだ。
それで昔、大人達は私に媚びを売るか、近づかずにいた。
同じ年頃の子供も親に言われてか、誰も寄ろうとしなかった。」
そう言われて、龍黄達の少年時代が浮かぶ。
いつも一人でいて、始めは誰かと仲良くなりたいと試みていた龍黄だったが、誰も側にいてくれなかった。
彼の存在を厭わない少年。羅希が龍黄に出会う頃にはもう彼は心を閉ざしきっていた。
今のアステリアも龍黄に似ているな、と思う。
飛成「あーやだよねー、そーゆー変な肩書き。」
龍黄が背負っていた【時機魔王】の肩書き。
アステリア「何も変わりはしないが、誰にも見せないでいた。」
見せる度に人は彼を怪物を見るような目をする。
その光景が鮮明に浮かぶ。
飛成「……あんましさぁ、泣かせること言わないでくれる〜?」
アステリア「……別に言ったつもりはないが」
飛成「ん〜、んで?」
アステリア「……他人に見せる義理はない。」
一瞬、「これだけいろいろ話したのに“他人”って言う?」とか思ったが、何故かそう言う直前に彼の考えが分かった。
……この人もちゃんとはっきり言ってくれればいいのに。
飛成「はいはい、僕はもう“他人”じゃないでしょ。これからそうなるつもりもない。から見せて」
少しムキになっているアステリアがおかしくて笑いながらそう言うと、彼が妙に満足げな顔をして微笑んだ。
いつの間にか夕日は沈んで、空のてっぺんが藍色に染まり、星がわずかな光を発していた。
もう夕日の光が完全に消えた。
何の灯りもつけてなかった部屋は火が消えたようにフッと真っ暗になる。
その瞬間、まるで石像のように一寸の動きもしなかった龍黄が、ソファから立ち上がり窓辺へ歩く。
その足どりは酷く疲労したようにふらついている。
月の光を求めるように、窓辺から差し込む光の中に身を置いたが、月自体が今夜は明るくない。
薄い光に照らし出された彼の姿には生気が見えない。
屍のようだ。
けれど、彼の右目だけが生きているように見える。
いつもよりも赤みを帯びた、その茶色の瞳だけが世界に在った。
何かに呼ばれている。
懐かしいものもあるし、記憶にないけれど覚えのあるものもある。
龍黄「僕は……どうすればいいと思う?」
その質問を聞いてくれる人は、ここにはいない。
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