−−−26−−−

また、いつもの夢を見た。

先のことなのか、過去のことなのか分からない、妙にはっきりしていて、妙にぼやけた夢。

人形のように表情をなくした龍黄。

夢の中では、私と彼が引き離されて人間界へ放り出されるまで、龍黄は人形だった。



いつの間にか、場所が変わっていた。

何もない。真っ白だ。自分の姿も見えない。

−−−ねぇ、今、龍黄はどうして笑えたのだろう?

どこかで誰かがそう囁いた。

−−−龍黄って、彼に似ていると思わないか?

瑠美那「彼?」

自分の声が、聞こえてくる声のように、曇って聞こえた。

−−−クラウディ。笑い方もしゃべり方も、瑠美那に対する態度も。

瑠美那「ああ、似ている。」

−−−彼は、クラウディを真似ているみたい。そうは思わないか?

そんなこと考えたことはなかった。龍黄は龍黄、クラウディはクラウディでいいと……

瑠美那「………分からない。」

−−−自分を隠しているのは辛いこと。ましてや、それを出せる相手が何処にもいない。そんなのは、苦しい。

瑠美那「アンタ、何が言いたいんだよ。」

−−−早く、楽にさせてあげたくないか?自分に素直になれる場所に、連れて行ってあげたくないか?

瑠美那「………あるのか、そんなところが。」

−−−誰にでもある。ただ見過ごしやすいだけ。あなたはもう見つけてるし、仲間のあと二人も自分の居場所を見つけた。

瑠美那「羅希と飛成?……私も?」

−−−笑っていられるだろう?そこにいるとき、一瞬でも何かを忘れられる。だから、そろそろ龍黄も居場所へ行かせてあげよう。

声が何を言っているのか分からない。

けれど、何故かこうして話しているのが不思議とは思わなかった。当然のようだ。

瑠美那「誰も、止めていない。そうゆうのは自分で見つけるものじゃないか?」

声が、急に近くなった気がした。

−−−あなた達が咎めている。彼の居場所を隠している。自分たちの都合だけで。

瑠美那「なんだよ、それ。知らないって。アイツが楽になるんだったら、アイツの好きにさせてやるさ」

間が空いた。

−−−その言葉を忘れないでいて。彼の意志が、あなたの意志なんだ。



相変わらず寝覚めが悪かった。

彼の意志が、あなたの意志なんだ。最後に聞いたあの言葉がやけに耳に残っている。

それまでに話していたことなんざもうすっかり忘れちまったけど〜

瑠美那「・・・ん?」

ふと外の異常に気が付いた。

時間的には真昼。ちょうど正午の鐘が鳴り響いている。

なのに空が夜のそれを出している。いや、星がない。まるで空を盆で覆ってしまったようだ。

そして、空気が……私のまわりの空気までも、黒い色が付いたように見える。本当は色なんか付いていない。だが、そんな気配がする。

確信はなかったが、魔法とかそんな感じの緊張した気配があった。

慌てても仕方がない、とりあえず冷静に…着替えて羅希達を探すことにした。



羅希達と合流できたのは正面玄関から。

私達以外はみんな部屋に閉じこもっているらしく、姿も物音も全くない。

街の方にも、いつも離れていても感じられる活気がない。

ただ、このアステリア邸の玄関にだけ、妙に強い気配が集まっている。

それは、数の多い来客のせい。

そして彼らは人間ではなかった。一目で分かる。

形は人間ではあるが、細かい部分が成されていない。

肌の色が抜けていたり、顔の部品が欠けていたりその位置が間違っていたり。

けれど、それらは完璧である者が数名、不完全な者を従えて、前に出ている。

だがその背には翼。色や質は違う者の、形態から見て龍黄と同じ。幻翼人。

瑠美那「ってなんかやばいところにきちまったみたいだけど〜、戦いモード?」

私は彼らとは目を合わせないようにして、羅希と龍黄の間に入り込んでそう呟く。

羅希「いや、今話し合いをしようと決まったところだ。」

最近ちょっと運動不足だったのでやるき満々だったんだが…。

瑠美那「そ、んで、こいつら何。一部幻翼人っぽいのが混ざってるけど」

私の質問に羅希はちょっと間をあけて、眉をひそめて小さく言った。

羅希「……龍を魔界に引き渡せってさ。」


−−−そこにいるとき、一瞬でも何かを忘れられる。だから、そろそろ龍黄も居場所へ行かせてあげよう。

誰かの言葉が蘇った。


来客は十数名。

だが話せるのは幻翼人の2人だけで、他の…魔族と教えられた奴らは、龍黄を探すために連れてきただけだったらしい。

魔族は何かと通じている。反発や敵対はするものの、存在自体は繋がっているのだとか。

その繋がりを…龍黄の魔族の血たどって、探していたと。

そして、魔族達は屋敷の外へ思い思いの場所へ出ていき、残る者達は屋敷内の会食堂へ招かれた。

テーブルの片側に私と羅希と飛成と龍黄。

もう反対にはそのやってきた幻翼人2人と、さっきは見えなかったが小さな幻翼人の少女。今は翼を消しているその2人は共に鋭い目つきの青年だ。

ついでに、アステリアとサンセが部屋のはじっこにいる。

羅希「それでは、話し合いを始めましょうか。」

幻翼人A「話し合いなど必要ない。龍黄殿には魔界へ行く義務がある。」

瑠美那「はぁ?!ちょっとてめぇらそれ勝手…」

私が彼らを睨みつけながら言おうとした言葉は、隣にいた飛成に口を押さえられた為に出せなかった。

幻翼人B「魔界では五年前に魔王が戦死。そのためにずっと跡継ぎを捜していた。」

幻翼人A「それをお前達は知っていながら、跡継ぎを隠していた。そのために魔族は怒りを募らせている。」

2人がズカズカ言ってくるのを、羅希が少々強い声音で遮った。

羅希「お言葉ですが、あなた達は昔に龍黄を殺そうとした。
それは私達がしている行為よりももっと酷い。魔族の方々の怒りも今くらいではすまないでしょう。
なのに今更私達だけが罵声を浴びせられるのは心外ですな。」

そのちょっとした反抗に、相手は眉をぐっとひそめ、更に強い口調で続ける。

幻翼人A「揚げ足とりなどどうでも良い!魔族の側が“魔王の息子”を渡さなければ村を滅ぼすと言っている!」

羅希「おや、おかしなことを。魔族は純粋な方達です。自分の意志に忠実、自分の力を信じる。
間違っても他者に当てつけのように要求を出すような事はしないはずです。」

幻翼人A「……っ事は重大だ!四大世界の王が欠けることなどかつて無いこと、それがもう五年だ!魔界は荒れていく!」

羅希「魔界に条約も秩序必要ありません。魔界の規則は自由です。荒れることなどない。現に荒れているとでも?
魔王はいわば魔族の理想。けれどそれがなければどう、と言うわけではないでしょう。」

さっきから羅希と押し問答している人を遮って、もう一人が冷静に話を進めよう、と一息ついた。

幻翼人B「確かに、魔族達は魔王を望んではいても必要とはしていません。
ですが、神界や精霊界には必要な存在です。」

羅希「それくらい分かっていますよ。だからこそ血筋などに関わらずに、そう望む者を立てれば良いでしょう。」

幻翼人B「その辺は私たちにも分かりませぬ。ただ長に言われたことを実行しているだけです。」

……んで、部下達にたのんでおいて、長本人が来ないってのはいい加減だな。

たぶん、今羅希がしたような押し問答をするときに、「長にたのまれただけ」と言う理由を作っただけなのだろうが……

羅希「それであっても、私達は十年前にあなた方とは縁を切りました。龍黄もあなた方に従う義務はない。そして私達も彼を引き渡すつもりはない。」

幻翼人B「そう、我々の手で“魔王の息子”を切り離してしまった。それは不覚でした。」

そう話し出した彼の目には、嘲笑が見えた気がした。

なにか嫌な予感がした。

幻翼人B「その失敗を覆すために、我々は代理を立ててでも“魔王”を作らなければならない。
そして、その魔王の代理の候補は、今此処にいる少女です。」

一瞬、飛成と龍黄に動揺の色が見えた。

羅希は少し前に勘づいていたようで、ただ冷たい視線を向けていた。

幻翼人B「この少女は成長が著しく、このまま成人するまでに鍛え上げれば、立派な“魔王”となってくれるだろう。」

瑠美那「うっわ、超卑怯っつーかなんか見え見えってか。ただ単にうちらに対する見せしめじゃん、それ。」

私が思わず口にした口の悪いセリフに、ニヤニヤしていたそいつがちょっとバランスを崩したが、あんまり効果は無し。

別に何か狙って言った訳じゃないけど。

その子が見せしめというのは、『可哀想』の慈悲の心をうちらに出させようとしているということだ。

だって、魔王が誰でも良いのなら…魔力が強い方が良いのだとしても、今から鍛えずとも、もともと強いヤツを出せばいいじゃん?

なんか急いでるみたいだから尚更もとから強い大人とかを出せばいい。

それに、わざわざここまで連れてこなくても良いじゃん…。

多分、こうなると羅希もちょっと返答に困るだろう。

見せしめとされている女の子のことが少しは気になってしまうだろうし……。

瑠美那「てめぇらウザい」

私が羅希に助け船を出すような感じで、ドスの聞いた声でそう言い放った。

一同が私に注目する。

幻翼人A「な、貴様、人間の分際で」

あ、この。人間の分際とかいいやがったな。

瑠美那「てめぇらだけじゃねぇよ。羅希、お前もだ」

そう言うと、羅希はちょっと苦笑いした。自覚はあったみたいだな。

瑠美那「てかなによりずっと黙ってるお前がウザいけどな。」

名前は言わなかったが、言った対象の龍黄はちゃんと分かっているだろう。

この場で「お前はどうしたい」なんて聞いたところで彼自身の答えなんか出るわけもない。

一度、離してやった方が良い…。

瑠美那「ちょっと来い」

私は龍黄の腕を掴んで、強引に部屋から引っ張って出て行った。

後ろで幻翼人2人の五月蠅い声がしたが、そんなことどうでもいいし、羅希達が止めてくれるだろう。



瑠美那「うし、ここでいいや。」

龍黄「……てかなんでわざわざトイレなんだよ…しかも女性用」

瑠美那「べちゃくちゃ言うな。私に紳士用トイレ入れっつのか?」

だからといって…、と訴えかけている龍黄の視線を流して、私は壁に寄りかかる。

瑠美那「まずは頭を冷やせ。羅希とか、あの……」

なんて言えばいいのかちょっと迷った。

瑠美那「クソ野郎のことは置いておけ。」

龍黄「だけど……」

瑠美那「お前が選べ」

龍黄「………」

彼は視線を床に向けてただ黙り込んだ。

こうゆう問題って決定が難しいんだよな。これから先の人生を決めてしまう二択というのは。

だけど、決めなければいけない。

瑠美那「難しいのは分かってるけど、こうゆう二択ってのは迷ってるようでも実は決まってる。」

龍黄「………」

瑠美那「なんか横やりとか、今までの話とか、そうゆうのがごっちゃんなっててどっちにすればいいのか迷うんだよ。」

私は、経験したのだろうか。

こんな偉そうなことを言っていて……

瑠美那「本当は、どっちがいいのか。お前自身は決めてるんだ。それを見失ってるだけで。」

龍黄「………」

瑠美那「それをよく考えろ。この先どうしたらどうなる、とか考えるんじゃない。
自分がどっちに行くと決めているのかを思い出せ。
どっちみち、行った先では大体後悔する。
でも周りを考えて選んだ道より、自分で良いと思った道なら「仕方ない」で割り切れるだろ。」

龍黄が軽く頷いて、またしばらく沈黙が漂う。

瑠美那「お前は、どちらの道を進んだ自分が見える?」


私はひたすら待った。

自分の気配を消して。

彼の意識の中を、彼だけにしてやった。



龍黄「……魔界へ」

私の胸の奥に何かが刺さった。



飛成「ねえ、羅…龍はさ…」

羅希「魔王になるのを選ぶよ」

飛成の聞こうとしていた事の先を読んで、そう答えた。

その言葉を聞いた聞いた幻翼人2人が、ちょっと驚いたような顔つきになる。

飛成「だよねぇ、やっぱり……龍、優しいし、わがままだもんね。」

羅希「……私は、やっぱり行って欲しくはなかったけどね……」

飛成「うん、僕も」

羅希「瑠美はやっぱり強いな。私は耐えられなくて引き留めたけどね……」

飛成「……瑠美も無理してるだろうからさ……ちゃんと見ててあげなきゃね。一応僕ら年上だし?」

2人は視線を合わせた。

2人とも笑ってはいるが、誰にでも表面上のものだけであるとすぐに分かる。



私と龍黄が戻ったとき、幻翼人2人と少女は帰ったらしく、龍黄の“魔王着任式”が7日後に魔界で行われることになった、と言う連絡だけ聞いた。

私も何処かで分かっていたことだったのだが、羅希達も龍黄の答えを予測できていたらしい。

幻翼人達は勝手に納得して、そう言って帰っていったと。

少々気まずい雰囲気の中で、いきなりパァンといい音が響いた。

瑠美那「……な」

その場で呆気にとられたのは私だけだった。

片方の頬の赤みが目立っている龍黄と、彼の前で上げていた腕を降ろす羅希。

なんで、いつの間にか龍黄が羅希にビンタされてんのか謎だった。

羅希「別に気味が悪い訳じゃないけど、とりあえず今のうちに怒らせてくれる?」

一見穏やかに微笑んでいる羅希だが、その背景には黒いオーラが渦巻いている……。

龍黄「……何かに捕らわれて出した結果じゃない。ちゃんと自分の意志で決めたよ。」

動揺の色などなく、点々とした口調で話す龍黄。

羅希「わかってる、ただの八つ当たりだ。」

おい

龍黄「……でも、これで僕が神族に頼めば、彼らは君らとコンタクトをとってくれるかも知れない。感謝してほしいよ。」

羅希「感謝してるよ……でも後味が悪い……」

そう言う羅希は顔をゆがめた。

たまらず、と顔を片手で覆う。

乱れそうになる息づかいを押さえている。

その様子を見て、飛成が立ち上がる。

飛成「羅……」

とそこでよこやりが。

ベーガンツ「おお!!マイハニィ〜!!泣くなら僕の胸で泣きたまえ!!君の悲しみと涙は僕が暖かく包んであげっぶっっ!!!

羅希に飛びかかる勢いでどこからか走り寄ってきたベーガンツを、何事もなかったように殴り飛ばして、またうつむく羅希。

その攻撃には前のような謙虚さや危機感など欠片もなかった。

いくら全力で殴っても死なないと確信したらしい。

飛成「…………」

羅希に声をかけようとしていた飛成だが、動きが止まった。

そのまま数分の沈黙の後、その場はみんな解散となった。



龍黄との別れまでの一週間

ずっと気まずいままで、あまり話せなかった。

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