―――27―――
龍黄とはたいして特別なことを話すわけでもなく、一週間は経ってしまった。
少々寒い早朝から一週間前に来た幻翼人2人と、更にもう2人…片方は長老らしき人物が来た。
長老は思ったよりも若かった。年寄りというわけでもなく、その一歩手前の中年という感じだ。
羅希も飛成も龍黄も、長老の顔を覚えているらしく、見た瞬間あからさまに怪訝な顔をした。
長老「準備はできているな。」
トーンの低い声で、龍黄に会って早々、前置きなど無しでそう言った。
龍黄は少しして小さく頷く。
瑠美那「魔界ってどうやっていくんだ。てか危なくねぇ?」
私、羅希、飛成、龍黄、アステリアの五人で馬車に乗り込んだ。
その場でいきなりワープとかするわけではなく、何か準備をするため街から離れて平原へ行くらしい。
その場所へ、幻翼人達は先に飛んでいった。
羅希「普通に魔法陣で移動。まぁワープだけど、その距離がとてつもないし、普通に歩いたり飛んだりして行ける所じゃないからね。
それなりに強い力が必要になる。ただ広い所じゃないと危険なだから移動するだけだよ。」
誰にともなくした質問には、少し間があって羅希が答えてくれた。
瑠美那「じゃあ、お前らが必死に道具とか金とか集めてたの無駄足だったな。」
羅希「………まぁ、向こうの人達が人間界に来るときに役に立っただろうけど……そうなるね。」
ちょっと損した気分だ。
すぐに静かになってしまって、何処かともなく視線を巡らす。
アステリアは寝てる。
飛成は前々からずっと同じ布に同じ色の糸で刺繍をしていて、今もそれの続きをやっている。
羅希は窓の外を見たり、私みたいになんとなく視線を動かしていて、たまに目が合う。
龍黄は………。
龍黄「あ、瑠美〜なんか今、顔の部品が中心に集中しまくってる人がいたー」
いつのまにか昔のボケボケペースになってるし………。
てか顔の部品が中心に集中しまくってる人ってどんなだ。
瑠美那「あーそーそー、変な物見つけてないでちょっと静かにしてたらどうよ。」
ずっとボーっとしていて暗い顔してんのもむかつくけど、いきなり明るくなられるのもむかついた。
しかもこんな時に明るくなられると、いかにも無理してるって感じだし。
龍黄「あのね、僕だって緊張してんだし。
今生の別れになるかも知れないんだから、ちょっとくらい優しくしてくれたってさぁ……。
第一魔王なんてシケた職業に就いちゃったらお先真っ暗じゃん……。」
自分で選んでおきながら言うなよ……。
それに、なんかこれまでの経路を知っている上でそう言われると、反論も賛同もできないっての。
何も言えずにため息をつく。
コイツには言いたいことはたくさんあるのに、この場では言いにくい……。
飛成「よし、できた。」
丁度話が途切れそうになったところで飛成が糸を縫いつけた布を、私に差し出してきた。
いきなり渡されても困るんだけど…。
とりあえずそれを受け取ってから、糸と針を片づけている飛成に、この布は何か訪ねた。
飛成「前に話したじゃん、“精霊具”。まぁ、精霊文字で人工的に魔力持たせたから攻撃に使えるほど強力ではないんだけどね。」
瑠美那「……じゃなかったら何に使うんだよ。これ」
飛成「飛ぶのに使う。」
え、飛べるのか。こんな布きれ一枚で。
私がそう思っている間に、飛成が説明を付け足す。
飛成「これからは飛べないと何かと不利になると思うから。見たところ瑠美には魔法の素質が全くないし。飛行魔法も無理でしょ。魔力になれてもいないから翼出せないしね。あ……っつ」
話ながら片づけていたら、針が指に刺さったらしい。
瑠美那「え、私にも羽あるのか。」
飛成が片づけを始めたので、羅希が隣から口を挟む。
羅希「あるよ。まぁ、一応呪われてるし、異形の形ではある。
それに普通の翼と違って魔力が凝縮されていて、使うには暴走を押さえる技術と実力が必要なんだ。
私の場合はそれができるけれど。」
私には無理だな。
物心着いたときから魔法なんて超能力ぐらいにしか考えてなかったし。
瑠美那「あー、そ。じゃあこの布はどうやって使えば良いんだ。」
羅希「その辺は経験と技術でなんとなく悟ってくれ。とりあえず、魔法じゃなくて体力を使うだけだから。」
なんていい加減な……。
私はなんとなく布を広げて、飛べとか動けとか呟いてみたり、心の中で呼びかけたりしてみた。
瑠美那「うあああ!!」
いきなり布が全開に広がって馬車内を飛び回りだした。
飛成「ちょっと何してる……アダァッ!!」
布が思いっきり飛成の横っ面をひっぱたいた。
アステリア「………その布しっかり押さえておけ。」
と、布が的なのだろうが、そのついでに私にも妙にデカイ銃口を向けるアステリア。
…………うわぁ、彼女ぶたれてキレるなんて、彼女思いのヤツねぇ…ってんなこと言ってる場合じゃなくて、うわ
瑠美那「ちょ、羅希そいつ止めろうわぁああ!!!!!」
羅希「わ、わかった、って、ちょっとアステリアさん!こんな狭いところでバズーカなんて……」
飛成「いやぁんアッスー仇うってくれるの、嬉しぃ〜!」
龍黄「うあ!ここ崖なんだけど暴れないでぎゃああ!!!!」
羅希「すいません……遅れました………」
疲れた様子でそう言う羅希に続いて、私達も軽く謝罪。
もうなんか崖から馬車が落ちかけて、馬とか御者が危ないからって、羅希が車と馬切り離して、そのまま車に乗った私達は崖から転落。
危ないところで飛成と龍黄が飛んで車を上空で止めてくれたのだが、すぐに力尽きてそのまま墜落した。
低いところで一度止まったので、再度落下を始めたところは高くなかったので、ケガとかはなかった。
そんなこんなでいろいろあって、脱出後とか始末などでかなり手間がかかって、此処へたどり着くまで約2時間……
長老「もう準備は済んでいる。すぐに行くぞ。」
長老のあからさまに不機嫌な言葉と同時に、周りの者達が動いた。
私達の周りに円を成して立つ。それだけで、妙な違和感に包まれた。
長老「目を閉じなさい。」
言われて目を閉じた。
瑠美那「………っ!?」
いきなり突風が吹いた。思わず息を詰まらせて目をきつく閉じた。
足下の感覚が無くなって、どこか高いところから突き落とされたように気持ち悪い心地だ。
体がこわばった。このままどこかに叩き付けられてしまう気がした。だがこの突風の中で目をあけるのは危険だ。
この空間の中に、みんなもいるのだろうか、と気になった。
けれど、体を動かせずにじっとしていた。
瑠美那「っ………うわぁ!!」
急に体が重くなって、固い地面に叩き付けられた。高い位置から落とされたのではなく、転んでしまった程度。
いきなり訪れた風のない無抵抗の世界に目眩を感じる。
羅希「大丈夫?」
羅希に支えられたとき、バリバリ彼の手を握っているのに気が付いて何となく腹が立った。(自分から握ったんだろうけど)
瑠美那「あぁー平気、頭グラグラするけど……うぇ」
また吐き気がこみ上げたのは、今さっきの状況のせいもあるが、このやってきた世界の空気のせいだ。
魔法という慣れない空気、だがそれ以上に禍々しい空気。
呼吸をして体の中に取り入れてしまうのが不快で仕方がない。
そして妙に体が重い。
周りは薄暗くてよく見えないが、どこかの建物らしい。
筒状の作りで、真っ黒の壁の上の方に窓がちらほら。そこからの光が唯一の明かりだ。
すでにみんなは出口にいる。羅希の手を少し借りて、私もその後に続いた。
筒状の建物から出たらいきなり外で、さっきよりは空気は良くなったが不快感はとれない。
そしてそれ以上に『魔界』という雰囲気に驚いた。
瑠美那「………魔界って意外と明るいんだな」
とため息混じりに言いたくなるくらい、魔界は普通だった。
人間界で言えば自然の多い田舎という感じだが、ただ違うのは家が洞穴のようだったり、木に開いた穴だったり、そしてその住民が異形だったり。異形というか私から見れば怪物。人型が多いがどれも完璧はいないし、人型に捕らわれずまんまの形でいる者も多い。獣だったり魚っぽかったり。
それが私達を発見すると、慌ててご近所を呼び出して、中央に道を残して周りに列を作る。
気にせずに歩こうとして、進んでいるうちにどんどん周りの観客は増えてくる。
龍黄が“魔王”になると知っていて、みんな敬礼をする。
瑠美那「うわ、グロ」
羅希「グロって言わないの」
最終的には今にも捕まれそうなほどに密集した中を歩いていく。
そのうち静かな森に入り、空もどこからかを境に急に墨を流したように暗くなった。
これこそ“魔界”を言えるような雰囲気だ。
そして森の木々の間から大きな影が見えた。それは森を抜けた瞬間に正体がはっきりした。
瑠美那「城……」
と言える建物があった。ただ、人の身長2つ分くらい宙に浮いている。
正面の大扉の前に女性が一人いた。
肌も髪も黒く、目も白目が無く眼球全体が黒い。 四肢は無駄なもの無くすらりとしていて、黒の薄地のドレスを着ていた。
魔族であるのは分かるが、今まで見てきた者達の中では最も人間に近い。
女性「お待ちしておりました」
何というか・・声に実体が無かった。頭に響いてくる“音”だった。普通に女の人の声に聞こえたはずなのに…
長老「この女性は先代魔王の側近を務めていて、先代が亡くなってからずっとこの城を守り、他世界との調和を保っていた人だ。」
女性「名はありません 【執事】で通っています もう継承の儀の準備は整っています 奥へどうぞ。」
まったく声に区切りがなく、機械で作られた言葉のように点々と流れ、また動きもそのように流れて、彼女は気が付けば細い階段を上がりきっている。
大扉が静かに開き、静まりかえった城内へ進む。
中は豪勢さはあるがどこか質素な感じがする。レリーフや壁に文字などがあったりはするが、どれも存在を主張していないせいだろう。そして相変わらず、妙な空気が流れている。
大広間をまっすぐ進んで、また大扉があり、その前で急に止まった。無言で女性が振り返る。彼女が何か言う前に、長老が代役した。
長老「ここでお別れだ。この先の間に行くのは龍黄のみ。ここで“魔王”の力を継承してもらう。」
ちょっとドキっとした。
龍黄「継承?」
長老「今までの“魔王”は媒体が違うだけで別人ではない。代が進むごとに、その力と記憶は次の世代へ受け継がれる。ここでそれを継承して貰う。」
なんだか早口で言われて、よく分からなかったが「媒体」「別人」あたりの言葉にさらにドキッとした。
龍黄が龍黄でいなくなる、そんなふうに思えた。
瑠美那「それって、龍黄が龍黄じゃなくなるってことか?」
羅希「大丈夫、パワーアップするようなものだ。」
言っている途中で後ろから羅希がそう言ってくれた。なんだか言い方が分かりやすくて、そんなに酷いものでない、と思えてホッとした。
私の前にいた龍黄がおもむろにしゃがみ込んだ。
長老も、女性もただそれを見下ろしていた。
瑠美那「龍黄…」
隣に一緒にしゃがみ込んで、彼の顔をのぞき込む。
彼の髪が邪魔で顔は見えない。
龍黄「…なんか、ここへ来たら」
声が震えている。
龍黄「自分が、羅達とも、レティスやパリス達とも、瑠美とも、違うんだなって思った。」
瑠美那「……どうして」
龍黄「……わかんない。ただ、ここの空気が心地良いんだ。こんなに気持ち悪いのに。もうその時点で…僕は魔族なんだって、思った。」
瑠美那「……確かに、奇妙だけどな……」
龍黄「…やっぱ、平気なフリしてたけど、怖いや」
今にも泣き出しそうな声だった。泣いているような声だったが、多分泣いていない。なんとなく、龍黄は幼いときに羅希を斬ってしまってから、一度も泣いていない。そんな気がした。覚えている気がした。
瑠美那「やめても良いぞ」
やっぱり、長老や幻翼人多数が、抗議の声を上げようとした。
瑠美那「うっせ黙ってろ鳥野郎」
じゃあ羅希と飛成と龍黄も『鳥野郎』になるだろう、ってことになるが、その辺は気にしない。
彼らを思いっきり睨んでから、また龍黄に視線を移す。
瑠美那「こんなもんいつだってできるだろ。その気になってからやってみれば良し。その気がないんなら無理してやるほうが馬鹿らしい。」
私は、龍黄を止めたがっていた。言ってる最中にそれに気が付いた。
――――そこにいるとき、一瞬でも何かを忘れられる。だから、そろそろ龍黄も居場所へ行かせてあげよう。
でも、それと一緒に、朝に夢の中で聞いたあの声が浮かぶ。
確かに、もうここへ来てしまえば、龍黄は「迎え」が来る心配をしなくてもいいかもな。それに何より、龍黄自身が一度決めたこと。
もう、龍黄がどっちに行こうとかまわない。
そう自分に言い聞かせた。
そして龍黄も、決心が付いたようで、首を振って「行く」と小さく答えた。
龍黄「僕はもう大丈夫。一週間前にもう決めたことだから。」
いつものように彼が私に笑顔を向けた。無理に見せないようにしている無理に作られた笑顔。
瑠美那「あ、そ、んじゃあちょっと立って。」
私は龍黄の正面に行って、龍黄が立ち上がるのを待つ。
そして立ち上がった瞬間、思いっきり腹に拳を叩き付けて、屈み込んだところで横からフック。
さすがに全力でやったので龍黄はしばらくむせていたし、周りの一同もぎょっとしていた。
飛成「何やってんの瑠美!」
瑠美那「なんだよ、前に羅希もやってただろ」
飛成「いや、羅のそれにビンタはともかく、今思いっきりグーでいったでしょ?!」
瑠美那「おお、いったぜ。羅希思いっきりいったんだから私も別に思いっきりでいいだろー」
飛成「いや、羅が思いっきりビンタしてたら、今頃は龍の首折れてるって」
瑠美那「え…あ、そ。まぁ気にするな。もうやんねぇし」
私の腕を掴んでいる飛成を振り切って、倒れ込んだ龍黄の前にしゃがみ込んだ。
瑠美那「いい加減にしろ。いつまでも子供扱いするな。嘘ならお前の笑い顔なんて見たくない」
ちょっとビシッと言ってやった。
唖然としていた龍黄の目に少し、真剣味が帯びた。
瑠美那「私はもうクラウディを追っていない。だから、お前があいつの真似する必要はない。」
その言葉に、龍黄が少し目を見張った。
「龍黄がクラウディの真似をしている」あの夢の中で言われた言葉だった。
言われてから気にし始めたし、確信はない事だった。でもこの反応を見る限りでは、図星だったんだ。
龍黄「知ってたんだ、僕が彼に会っていたこと。」
瑠美那「んなもん知るか。なんかあのむかつき加減が似てただけだよ。」
龍黄「……違うんだ、瑠美」
瑠美那「何が」
龍黄「僕は彼を知っていたんだ。彼が瑠美を追って森に来ていたから、それで…。」
瑠美那「……」
確かに、アイツが何度か追ってきていたことは知っていたが、いつもすぐに引き返していたから、まさか龍黄と会っているとは思ってみなかったな。
龍黄「それに、僕はいつも瑠美にどう接していいか分からなかった。だから彼を借りた…」
ちょっと青くなった頬を押さえて、起きあがった。
龍黄「ただそれだけで…。瑠美が彼を失ったから、僕が変わりになろうとしていた訳じゃないよ。」
………………げ。
…………………………やば。
龍黄「だから…これでも一応僕の地なのに…殴るなんて」
瑠美那「あぁー、わりぃ、ごめん、てっきりそうだと思って腹立ってたから〜」
龍黄「ま、もう殴られちゃったから仕方ないけどぉ」
口内を切ってしまったらしく、唇に付いた血を手の甲で拭って起きあがった。
龍黄「……でも、今ので頭がすっきりした。ありがと。」
龍黄が何気なく笑った。今までと違って、なんだかふっきれたようで…
龍黄「………羅」
彼は、私の知っているへらへらした龍黄のままで、羅希に話しかけた。
羅希はずっと、眉をひそめていた。
龍黄「瑠美のこと、お願い…します」
龍黄のその声をかき消すように、羅希の声が重なった。
羅希「最後くらい泣いたらどう?」
その言葉に龍黄が首を振った。
龍黄「大丈夫、さっきひっこん……でないや。瑠美、肩でイイから貸して…」
ちょうど私はしゃがんだままだったので、下から手招きして、龍黄にしゃがむように促した。だって、意外と身長差多いからこうじゃないとなんかおかしくなるし。
同じくしゃがみ込んだ彼の頭をぐいっと引き寄せて、抱きしめた。
………胸ないし、サラシつけてるので、問題はなし。
少し乱れている呼吸が聞こえる。
ちょっと前に、私がクラウディを失ったときには龍黄がこうしてくれたっけ…。あの時は泣かなかったが…。
――――ごめん
以前に夢の中で聞いた声がした。
瑠美那「なんで謝るんだ。」
――――あんな風に言っていたが…龍黄には魔王になってもらわないと困るのは…俺たちの方だった。
龍黄の呼吸よりも、その声に耳がいった。
瑠美那「それはいいとして、あんた誰なんだよ。」
――――君に記憶がないのも、君が龍黄を引き留めないように思い出させないようにしていたからだ。
瑠美那「聞いてねぇな、てめぇ……」
――――聞いてるようっさいな。龍黄が魔王になったら、記憶を戻すから。
瑠美那「………態度でかいぞお前。」
返事はそれきりこなかった。
謁見の間のバルコニーから、一階にいる魔族達と共に“魔王”の継承の終了と、龍黄の登場を待っていた。
龍黄と別れてから、飛成はずっとアステリアに泣きついているし、羅希は口元を押さえて眉をひそめている。
私は、なんだかずっと夢のような心地で、もし起きたら、また龍黄がけろっとして枕元にいるような気さえしていた。
そんな訳、無いのだが…。
それであまり泣くことができない。
羅希「………始まった…」
羅希のその言葉を聞いてしばらく、いつも気分の悪いこの世界の空気が、いっそう濃くなった。
それ以上に、魔力に関して鈍感な私でも分かるすさまじい気配。
瑠美那「じゃあ、またな…」
龍黄「うん」
私が言った言葉に返された、対象の言葉。
龍黄「…さよなら」
龍黄が、龍黄でなくなった気配。
魔族達の歓声の叫び。
魔界住人、誰もが喚起した。
そして、それらがより強いのは、魔王城にいる者達。
新たな魔王の姿を見た者達。
今までに見たこともない、殺意のように鋭い漆黒の髪。
肌は魔族の色で、人間界にはない色。近いと言えば、藤色か…。
緑色だった翼はもう無い。
定位置に付き、一瞬私達の方を見た。
瞳は真紅。
魔王。
飛成がさらに強くアステリアにしがみつき、羅希は手すりに拳を打ち付けた。
――――龍黄が魔王になったら、記憶を戻すから。
こんなもの、いらなかった。
なければ……今、泣かなくてすんだかもしれない。
瑠美那「ろ、ん……」
彼の目の端に、亀裂のようにある模様が、涙のように見えた。
彼の消えかけてしまう名を、私の兄の名を、悲鳴のように思い切り叫んだ。
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