―――33―――
瑠美那「カルビー!!終わったぞーー!!」
瑠美那は叫びながら家の中に飛び込み、床に倒れ込んだ。
前の訓練でもらったペナルティ4時間分、ずっと森中を走り回ってきた。カルビー曰く「この異様な森に慣れるだけで、外で五感が冴える」らしい。
羅希が慌てて走り寄る。よほど心配していたらしい彼に、大丈夫だ、と言う換わりに仰向けに寝返りをうった。
でもその顔は水浴びをしたように汗びっしょりで真っ赤で、肺が破れるのではないかいうほど荒い息だったので「大丈夫」なんと言えるモノではなかった。
さっきの報告だって、もう最後の力を振り絞って…という感じだった。
羅希「……」
羅希はそれをしばらく痛々しそうな目で見ていたが、彼女を抱き上げて別室のベッドの上に運んだ。
顔や首元の汗を拭いて、布を濡らして額にのせてやった。
息が荒すぎて、礼も言えなかった。けれど、何か言いたそうにしている彼女を見て、羅希は彼女の感謝の気持ちを察してくれた。微笑みかけて部屋を出る。
羅希「彼女に、これからもあんな特訓させる気ですか。」
膝に竜花を乗せて、読書をしていたカルネシアを睨みつける。
彼は羅希のその顔を見もせず、返事もしない。けれど、それは肯定であると感じた。
羅希「……」
何か言いたそうに、しばらくカルネシアの前に立ちつくしている。
カルネシアが本を閉じて、やっと彼を見た。
カルネシア「お前がそうやって脚を引っ張っていると、いつかアイツは死ぬぞ。」
羅希「………」
分かっていた。彼女は強くならなければならない。
それでも、彼女をあんな目にあわせたくない。
肉体的にはもちろんキツい。けれどそれ以上に精神的に苦しいことは、経験者の羅希がよく知っている。
瑠美那の過去も、しばらく離れていたときのことも、見ていて…聞いていて、胸を痛めた。
彼女を軽蔑して虐待した人達に殺意までもった。(まぁ、大半はもう死んでしまった後らしいが)
本当は違うと分かっているのに、カルネシアまでもそいつらと同類に見えて仕方がないのだ。
羅希「………」
カルネシア「……なに威嚇している。」
瑠美那「……あぁーだりぃ〜」
おっそろしく疲れ果てていた彼女が意外と早く起き出してきた。
ちょうど、みんながこれから寝ようかとしていたところだった。
羅希「ああ、瑠美。お腹空いてない?」
瑠美那「空いた…けど、さっきひとしきり吐いたからちょっと置いてからにする。あと着替えない?汗とかがもうべたついて」
羅希「無いね…。私のローブだったらあるけど。」
瑠美那「んじゃそれでいい。」
羅希「水浴びしてきたら?湖そんなに遠くないし。ついでに服も洗っておけばいい。」
瑠美那「あー、そうする。」
あくび混じりにそう言って、羅希が持ってきた萌葱色のローブを受け取り、彼に教えて貰った方向に歩き始めた。瑠美那「あー、カルビーが浮いてた所か。」
付いた湖は見覚えがあった。カルビーと初めてあった場所。
どうせ誰もいない、と豪快に服を脱ぎ捨てて、
ほとりはこけが生えていてぬるぬるしてて気持ち悪いから、湖の奥に飛び込んだ。
周りの空気は冷たくも暖かくもない、生ぬるい感じだったが、湖の水はちゃんと“冷たい”ので、新鮮な感じがした。
体の所々に痛みを感じるのは、走っているときに植物で傷つけたのだろう。
けれど水の冷たさであまり気にならない。
少しあった眠気も吹っ飛んだ。
一回頭まで水に潜って、息を限界まで止めてみた。
瑠美那「っはあ!」
思ったよりも長く潜っていられた。
瑠美那「うおおっ!!?」
顔を出した瞬間に目の前にあったカルビーの姿に驚いて、脚を滑らせた。
瑠美那「びっくりした…。んだよカルビー、覗き?」
前を隠そうかと思ったが、相手がいつも通りの無表情なので、こっちが慌てるのがおかしく思えて、開き直る。
でも一応、首まで潜った。
カルネシア「別に…。羅希抜きで話がしたかった。」
瑠美那「おう、何」
じっとしながら聞くのがなんだかいやだったので、少し深いところへ行って、少し歩き回る。
カルネシア「お前が走ってる間に、使ってた精霊具を見せてもらった。」
瑠美那「…ああ、あれね。羅希と飛成が作ってくれたヤツ。」
カルネシア「改良しておいたぞ」
瑠美那「お。できたのか?」
カルネシア「まあ、羅希は『精霊具』なんて言っていたが、元は俺がアイツに作った玩具だ。」
3、4歳の少年にんなもんもたせんなよ……。
瑠美那「早く飛べたりするのか?」
カルネシア「ああ。消費体力の方も少しは減っただろうな。あと、昔作ったヤツも渡しておいてやる。」
おお
瑠美那「さんきゅー。カルビー、ちょっとそこの服投げて」
カルビーはけだるそうに立ち上がって、私の脱ぎ捨てた服を泉に投げ入れた。
すぐ近くに散らばった服をかき集めて、手元で軽く水洗いした。
カルネシア「前々から言おうと思っていたんだが」
瑠美那「なに?」
服を洗う手を止めて、カルビーの方を見る。
カルネシア「“カルビー”ってのやめろ。なんか腹立つ。」
瑠美那「いいじゃん。カルネシアっていちいち言いにくいし。………あ、じゃあ、もっと分かりやすく…“カルビ丼”でいこう!!」
巨大な石を投げられた。
羅希はさっきまでカルネシアが読んでいた本を机に乗せて、じっと速読していた。
内容はもう昔に何度も読んだ神話。………ただし、実話のものだ。羅希達にとっては神話だが、カルネシアにとっては歴史書だ。
大抵の神族の名はここに載っている。だが何度も読む中で、セリシアは表向きの姿だけ。そしてカルネシアの名は一度も出てこなかった。
だから彼が本当に神族なのか、長い間疑っていた。
羅希「………ん」
読書中に、服の端を引っ張られた。
見てみれば、竜花だ。
――この子もやっぱりホムンクルスなのか…。それにしても…
自分のような厳しい教養をされていないらしい、と少し疑問に思ってみた。
羅希「なに?」
竜花「…カルネシアは?」
羅希「瑠美と……あのお姉ちゃんの所に行ったよ。」
言った瞬間、竜花の顔が曇った。
羅希「何かあったの?」
竜花が必死な目でコチラを見てきた。
竜花「あの人嫌い」
羅希「瑠美のこと?」
彼女は頷いた。
竜花「カルネシアと仲良い。」
彼は少し肩を落とした。
羅希「別に、仲が良いわけじゃないよ。ただ強く鍛えて貰ってるだけであって…」
竜花「…私はあんなふうにしてもらったことない」
あんなふう、とはあの訓練のことだろうか。あれがうらやましい…?
少し考えて、竜花の顔を見た。少しふくれっ面で、いじけた様子。
………あ。
羅希「……竜花は、カルネシアのこと好き?」
迷い無く頷いた。
あーやっぱねー。
羅希「大丈夫だよ。彼も君のことを好きだから。」
優しく微笑みながらそう言う。
……その心の中ではカルネシアをそんな風にいった自分に鳥肌を立てていたが…。でも言っていることは間違っていないだろう。
竜花は少し考えた後、表情は明るくならなかったモノの、どこか満足そうに寝室へ戻っていった。
羅希「………どんな教育したんだ……」
一人目の子供はここまで嫌いにならせたのに、二人目は好き嫌い以上に恋愛感情まで持たせている様子。
ただ単にヤキモチなのかも知れないが、それでもあの感情は大人になっても続きそうだ。その点、恋愛感情と何ら変わりない。
羅希「あの無感情男がちょっと目覚めたとか…?」
そう言えば、彼を避けてばかりいてあまり見ていなかったが…確かに昔とはずいぶん違うかも知れない。
瑠美那「っくしょ!」
くしゃみすべきはカルネシアだったのだが、何故か瑠美那へ飛んできていた。
カルネシア「寒かったらそろそろ上がったらどうだ?」
瑠美那「………じゃ、後ろ向いて。」
カルネシア「………」
彼はおとなしく後ろを向く。
少し急いで水辺に上がって、洗ってきた服を岩の上に置いて、羅希のローブを羽織った。
瑠美那「てか羅希にここ来ること言ったのか?」
カルネシア「言った。」
瑠美那「よく許したな、アイツ。」
カルネシア「……なんで断られる必要がある?」
瑠美那「……だって、女の入浴のぞきは犯罪だろ。……私が女としてみられてなかったか…?」
カルネシア「あー………そんな話何かあったな……泉でもそうなのか」
なんかボケたこと言ってるカルネシアの方を見てみた。
まだちゃんと後ろを向いてくれている。
瑠美那「………アンタさ、あんまし仲良い人とかいないだろ。」
カルネシア「ああ。」
当然の返事だ。
まあ、ずっとこんな所に住んでれば友達出来ないよなぁ。
しかも変なことを分かっていない世間知らず…。
瑠美那「オッケー、もう見て良いぞ。」
私は適当に置かれた服を絞って簡単にたたむ。帰り道、カルネシアが途中で見つけた果実(目玉が付いていて、キモかったのでそこだけもぎ取った)を食べながら歩いていた。
見た目は不気味だったが味は悪くない。
カルネシア「あと、もう一つ。一番話したいことがある。」
瑠美那「おう、なに」
カルネシア「お前が訓練をしている所を見て思ったんだが、お前は戦っている最中に何か安心していないか。」
言われて考える。
確かに、戦闘は…異常かも知れないが、好きだ。けれど安心しているなんて思ってもみなかった。命のやりとりの場、安心なんてするわけがない。
瑠美那「戦いは好きだが、そこで安心するなんて事はない。」
カルネシア「…好きというのは、そうゆう証拠だ。」
………私の感覚としては違うと思う。
カルネシア「戦うことに安心を求めているうちは、ひどく不安定だ。何かちょっとしたきっかけですぐに戦えなくなる。
それがセリシア戦の後だったらいいが、その前だったら死ぬ。」
瑠美那「……ま、気を緩めるなってことだろ?」
カルネシア「気を緩めなくてもそのきっかけは勝手に出来るし、人為的にも作れる。」
瑠美那「………例えば…?」
カルネシア「お前が戦うことで忘れようとしている記憶をえぐり出す、それだけでお前は崩れるんだ。」
忘れようとしていること……?
隣で彼が、低い声で囁くように言った。
カルネシア「お前は初めて戦い、人を殺したのはいつだ。」
その言葉にゾクリとした。
瑠美那「………」
羅希達とは違って、私は人を殺したことがあったんだ。
自分が生きるためにはしょうがない事だった。けど…
初めて戦ったのと、殺したのは、同時だった。
訳も分からぬまま村人に仕事に出させられた。場所は小さな戦争が起きているような現場だった。そこで私の組の敵を倒せばよかった。
村人はそこで私を始末するつもりだったのだろうが…、私は勝ち残って生きてしまった。
その時の風景が…まわりは私が殺した……
パァンと気持ちのいい音がした。
瑠美那「お……」
おでこがちょっとヒリヒリ。
私を叩いたカルビーの手が、まだおでこの前にあった。
瑠美那「………??」
カルネシア「簡単に動揺しすぎだ。そうゆうのが危ないんだと言っているだろうが。」
瑠美那「あ…わりぃ……」
白昼夢を見たばかりで、まだ少々ボケている頭を振った。
カルビーに叩かれた額がちょっと痛い。
カルネシア「…このままお前が強くなれば、自然と戦いにでるようになる。」
瑠美那「………」
カルネシア「俺は死人を増やすために人を強くするつもりはない。」
瑠美那「………」
私は返す言葉無く黙り込んだ。
家の明かりが見えてきた。
瑠美那「じゃあ、私はどうすればいい?」
カルネシア「……死ぬことを恐れろ。」
瑠美那「怖いに決まってるだろ」
カルネシア「本当に怖いのなら、強くなることにも抵抗がある。ましてや…自分の身が危険なのに、笑っていられるはずがない。」
瑠美那「………私は、笑ってたのか」
カルネシア「ああ」
瑠美那「………」
カルネシア「あの状態じゃあ、お前は強くなれるが死ぬ確率が高くなる。」
返す言葉はなく、ただ頷いた。
でも、自分としては死ぬことは十分怖い。なのに、何故私はダメなんだろう。
……もし死んでしまったら、私の運が悪かっただけ…と、割り切るだろうから?
しばらく考え込んだ。
カルネシア「あとは…そうだな…」
彼はしばらく宙に視線を泳がせた。
カルネシア「………いい男でも見つけてみろ。」
瑠美那「はぁ?」
妙な答えに声を漏らした。
カルビーの顔を見るが、彼は普通で、別に今の回答もふざけたわけではないらしい。
カルネシア「そうすれば…羅希くらいには合格点に近づける。」
羅希が合格?
瑠美那「………ま、とりあえず…了解。」
羅希「う……」
急に体に起こった違和感と苦痛に、ベッドのシーツを掻きむしった。
それを握りしめて、一度冷静になって深呼吸する。
段々と無理のあった呼吸も、体の感覚も整っていく。
羅希「………」
それが収まり、ベッドに仰向けになった。窓から人間界とは違う、薄い青がかかった月が見える。
――少し……重くなったか……
確実に体がセリシアの呪に侵されていくのがわかる。最近、特にそれが著しい。
本で分かったことだが、今までにセリシアに利用され、死んでいった者達は、遅くて二十代半ば。早くて十九で呪に取り殺されたらしい。それ以降は衰えていく者が多いからだ。
羅希は二四。一番危険な時期だ。
羅希「………」
いつも死を感じるときには、瑠美那を思い出す。
――彼女を生かすために、生きなければ――そう思うだけで強くなれる気がした。
そうやって命を延ばして、ここまで来た。
神族と少しだけど通じられた。カルネシアを味方につけられた。龍黄が…魔王が味方にいる。
今までの歴史の中で最も良い状況だ。
これを逃したら、もうセリシアを止められないと思う。
それ以上に、瑠美那を生かしたい。
だから
羅希「もう少しだけでも……」
眠気の奥で、家の扉が開く音と、カルネシアと瑠美那の会話が聞こえた。
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