―――37―――
………
ヴァル・ヴァヌス公国。
その第六王子アステリアの収める南部。
近頃、冬の到来を告げる白鳴花の開花が目立つ。
近年は豊作続きであったが今年、わずかだが実りが悪いと思われた。
だがこれからの冬を越せるだけの蓄えはでき、領主邸では他国から家畜輸入の手続きを済ませ、配布を行いはじめた。
保存の悪い野菜や肉を冬に入る前に食べ、その到来に備えて精をつける『冬到祭』は今年も行われる予定で、町はその三日間のための下準備でにぎわっている。
領主邸の近況で、今年に領主がある女性を側に置くようになった。
黒髪で痩身の美女で、容姿端麗の現領主をお似合いだ。
来年には挙アステリア「飛成、何か余計な事を書いていないか。」
飛成「い〜ぇ、べっつにぃ〜」
アステリアが後ろから領主の日誌をのぞき込もうとしたら、飛成が腕でそれを隠す。
まぁ、本来はアステリアが書かなければならない物を、面倒くさがって飛成に代筆させているのだから、何を書かれても自業自得なのだが。
アステリア「……それと、お前は『冬到祭』に出るのか」
飛成「出る!!っあ!」
アステリアの質問に気をとられたら、日誌をとられてしまった。取り返そうと飛びつくが高く掲げられて届かない。
アステリア「……文は様になってるな。」
飛成「ん、だって僕は文学専門だしぃ〜って返してー!!」
アステリア「……最後の『来年には挙』の後は?」
飛成「え」
読まれたくなかったところを指摘されて、言葉に詰まる。ただ頬を膨らませてごまかそうとする。
飛成「知らないよ、返してー、やっぱそのへん書き直す〜!ふざけすぎたの!」
飛成の顔は真っ赤で、そんな様子で飛びついてくる姿は笑えた。
彼女が日誌をとろうとジャンプしたところを、腰を片手で捕らえた。
視線がアステリアと同じ位置で止まる。
飛成「………」
なんか、ちょっとラヴラヴな雰囲気なんじゃない?、とか頭の中で一人突っ込んでみる飛成だ。
顔がすぐ前にあって、目や鼻やまつげまで鮮明に見える。
銀灰色のそれらがたまに光るように見えて、綺麗だなぁと思う。
飛成は無類の宝石好きで、アステリアも見ていて宝石を見ているような感覚に陥ることがあった。
飛成「………」
………こっちがよく見えるってことは向こうもよく見えるんじゃん。
そういや今日寝不足だから、クマとか出来てたり……と不安になるところで彼が表情を和らげて、めっちゃドキドキする。
アステリア「さっきの文、続きは何なんだ」
飛成「まだ聞くかなぁ…」
なんだか目を見られるのが恥ずかしくなって、彼の首にしがみつく。
飛成「……『挙式でも挙げる予定』………とか言ってみちゃったり……かな。」
言って更に恥ずかしくなり、言葉を濁してしまう。
だが彼が面白そうに、でも満足そうに微笑んだ。
ちょっと離れてその笑顔を見たら、胸の高鳴りが更に加速した。
内心、戦争が起こったように混乱しまくっている。そんなうちに彼が音もなく顎を捕らえてくる。
これはもしかして…!とその先を想像して、自分でも恐ろしいまでに体が熱くなった。瞬間、耳の端をかすかに扉のノック音がかすめた。
我に返り、慌ててアステリアを突き飛ばして扉に走り寄る。
離れていく飛成の後ろ姿を見て、アステリアは舌打ちした。
扉を開けて来たのは、両手いっぱいに袋を持った女官である。
女官「『冬到祭』の衣装を持ってきましたー。」
飛成「ありがと。あのさ、時間あったらこの衣装を各部屋に配って欲しいんだけど。」
彼女は明るく笑って、大きく頷いた。よく見ればまだ若い子だ。
女官「はい、喜んで!」
飛成「んじゃあ、瑠美那の部屋分かる?」
女官「あのぅ…」
女官はさっきとは態度がうってかわり、控えめになる。言いにくそうにしながらも、言葉に出した。
女官「この中に、カルネシアさんの衣装ってあります?」
一瞬、何を言うか、と思ったが、彼女がちょっと赤くなっているのを見て察した。
飛成「ははぁ、なかなかイイ趣味してんじゃん。」
女官「え、だって……ヨくないですか?」
飛成「んーイイけど、ちょっと近寄りがたかったり、怖そうだったりしそうだけどねぇ」
女官「そこが評判いいんですよぉ〜」
飛成「君、名前は?さりげなくカルネシアさんに出してみよっか?」
女官「きゃあ!リェナですっ!うあ、いいんですかぁ!」
飛成「いいよぉ、じゃあ、カルネシアさんのはこの黒いのね。」
女官「なんだったら瑠美那さんのも運びますぅー!瑠美那さんもけっこーモテるんですよねぇ」
飛成「あー、瑠美って男より女にモテそうだもんねぇ」女性二人の会話を遠くで聞きながら、アステリアは一人明後日の方向を向いている。
なんかやけに騒がしく、ハイテンションな女官に握手やらサインやら求められたあと、変な服と手紙を渡された。
衣装はなんか仮装大会風で、薄布がごちゃごちゃ付いて、変な仮面も一緒に入っていた。
手紙の方を見たら、案の定飛成からで、夕方にコレを来て中庭に来い、と書かれていた。
多分、ちょっと小耳に挟んだ『冬到祭』かなんかだろうなぁと思う。
こんな大変なときに、のんきに祭りなんかに行っていていいのかと疑問に思ったが、まぁ最近やたらハードな訓練してて、やけに腹が減るので、『冬到祭』で食いまくるのもいいかな、と着てみる。瑠美那「ってなんでこんな変なやつなんかなぁ…」
なんだかおカミさんとかが着てそうなローブのようなドレス。主色は青。祭りではよく着けられる仮面は真っ白に銀の模様。
まぁ、露出度も少ないし動きにくくもなく寒くもないので結構いいのだが、私としては男物がよかった。
中庭に着いたら、先客、羅希がいた。やっぱきっちり十分前に来るタイプだ。
瑠美那「おー結構格好いいんじゃね?」
彼は心底嬉しそうに微笑んだ。
彼には珍しいナイトの格好。もち、本物の鎧ではない。
布で鎧をイメージして作られた衣装で、綺麗な刺繍のマントと良く合って、一目でナイトと分かる。
いつもガサツに分けられた前髪は、上に撫でつけられ、固められていないために少し乱れて蒼の仮面に垂れ下がっているのがイイ感じ。
彼の隣でボーっとしていたら、すぐにカルビーと竜花が来た。
竜花はやっぱり子供で、カルネシアの衣装のマントを引っ張って、早くと急かしている。
竜花は可愛らしいピンクのアンティークドールようなドレス。白のフリル、レースがよく似合い、帽子や飾りで白い羽で飾り付けられている。桃色の仮面。
カルビーは対照的に思える真っ黒の服とマント、髪飾りや首飾りで黒い羽があしらわれている。なんとなく悪魔とか吸血鬼とかそれけいのイメージがあった。
竜花「るおしぃ、カルネシアカッコイイでしょ?」
羅希「あーそーだね」
竜花は以外と羅希と仲が良いらしい。
でも、竜花よりも先にカルネシアのことを話題に出されてちょっと聞き流し気味になる。
瑠美那「カルビーも来るってのは意外だな。」
カルネシア「祭りは行かない。裏道で適当に飲んでる。」
しれっとしたカルビーの様子に、竜花が彼をじっとみて『一緒に行こう』オーラを発している。
カルネシア「小娘に連れて行ってもらえ」
か、それは効かなかったらしい。
竜花はちょっとガッカリした様子で頷く。でもカルビーの側は離れない。
それからほんの2、3分後に飛成が来た。
体にラインがクッキリ見えていて、体の露出は全くないのだが、スリットやら肩だしやら、つくりはセクシー系なのでちょっと色っぽい。踊ると綺麗にドレスが揺れそうだ。
中庭はそのまま外につながっている作りで、その出入り口から貴族用の馬車が入ってきた。
貴族用の馬車としては地味な方だが、それでもなんだか派手に飾り付けられてる中へ入っていった。
4人でゆったり座れる作りで、竜花が飛成の膝の上に座って収まった。
……竜花は思っていたよりも友好的のようだ、が。私にはあまりなつかない。なんでだろう。
羅希「瑠美、ケガの方は」
少し町は離れているが、それでも活気が空気を伝わってくる。音楽が次第に小さく聞こえてきた。
瑠美那「もう全然平気。深かったけど広くはなかったし。薬も効いたのかも」
彼が軽く微笑む。
羅希「そう。まぁ大丈夫だと思うけど、向こうで怪我したり疲れすぎたりしないでね。」
一瞬、彼の目つきから笑みが消えていた。真面目にそう言っていたのだ。
直感的に、戦いが近いと宣言された気がして変に緊張する。
瑠美那「おう。」
瑠美那「うわ、うるせえ…」
馬車は町の入り口で止まった。まだ町に入っていないというのに音楽がよく響く。
楽団が好き勝手に演奏しているのだろうか。
飛成「五月蠅いのは入り口付近と中央広場だけだって」
飛成はスキップでもしだしてしまいそうな勢いで人混みに紛れていった。
ふと見て、屋台や小店が並んでいる通りが目に入ったので、そっちに歩いていった。
カルネシア「お前はこっちだ」
後ろでカルビーのそんな声がして、振り返ると私についてこようとしていたらしい羅希が、カルビーに引きずられて脇道に連れて行かれようとしていた。
そして
瑠美那「………」
竜花「………」
さも当然のように私の隣にいる竜花。
でも目は、隣にいるのが私じゃ不満だ、って目だ。
瑠美那「竜花、カルビーについて行かなくていいのか」
何故か睨まれた。
でも彼女はため息をついて
竜花「カルネシアが付いてくるなって言うんだもん」
頬を膨らませて言う。可愛い…。
瑠美那「んじゃなんか食いにいくか。結構いろいろあるみたいだし。」
彼女はコクコクと頷いた。やっぱり可愛い。
ちょっと竜花に惚れ気味の私だった。
少し小道に入ったところに、祭りに関係なく通常通りに開いている酒場があった。祭りを好まない人々の為にいくつかこうゆう店がある。
音楽や人々の騒ぐ声が遠くに聞こえていた。
祭りから外れているからといって陰気なわけではない。
少し休憩に訪れている人や、普通に酒を飲み交わす人々で賑わっていて明るい。カルネシアに引きずられように酒場の前まで来たときには、もう瑠美那の所に行く気は失せていた。この広い町の中で彼女を見つけるのはなかなか困難だ。
店に入った瞬間、何人かの人に見られた。
店内に祭りの衣装を着ている人は思ったよりも多い。なのに注目されるのはカルネシアのせいだろうか。
この地方は大体が亜麻色の髪が多い。濃いと栗色の者もいるが、黒髪はあまり見ない。
それにあわせて衣装まで黒で統一されているのと、トドメに瞳がやたら赤い。
余所者というレッテルもあるが、この辺りの人々には少し不気味に見えるのかも知れない。
でも彼はそんなのは気にせず、店の窓側の席に座る。
羅希「………」
真正面に座るのは妙な感じがしたため、いつもはほぼ無意識に直視しないようにしていた自分に気が付いた。
少し人の視線を感じながらも二人とも仮面を外してマントをとった。
姿を隠して楽にしていない方が逆に怪しい。
そうしたらもっと人の視線が増えた気がして、中にはひそひそ話す声も出てきた。
羅希「………カルネ」
やっぱり場所を変えないか、と言おうとした時に女性が二人走り寄ってきた。
服と手元の伝票からウェイトレスと一発で分かる。
ウェイトレス「「いらっしゃいませ!ご注文は!!」」
やけに力んでそう言ってから、二人ともお互いを睨む。
羅希がちょっと呆気にとられながらも注文しようとしたら、更に別の女性二人(またウェイトレス)が来て、さっきの二人を少し離れたところに引っ張っていった。
カルネシアは窓の外をボーっと眺めている。
向こうでウェイトレス計4人がぎゃあぎゃあ騒いだ後、ジャンケンを始めた。
羅希「………あ」
そうゆうことか、と視線の真意を察して変に力が抜けた。
とりあえず、4人のうち誰かが勝つまで待っていよう、と思ったら、別の、今度はウェイターが注文をとりに来てくれた。
ウェイター「いつもすいませんねぇ。はみんな年頃ですから。」
と笑いながら言ってくる。
「いつも」ということはカルネシアは以前にもここに来たことがあるらしい。(いつの間に)
カルネシア「サボテン酒2つ。…もっと騒がないのを雇ったらどうだ。」
カルネシアは酒を飲む気がなかった羅希の分まで勝手に注文して、ウェイターに言う。
ウェイター「他のお客さんには“可愛い”って評判良いし…あんなんなるのはお客さんが来たときだけだからね。」
ウェイターが厨房に戻るのと一緒に、さっきの4人はこちらに一礼をしてから厨房へ戻っていった。
羅希「それで、今度は何の話ですか。」
カルネシア「これからの話を色々と…」
羅希「珍しいな、あんたがそんなに言葉を濁すなんて。」
言ってしまってから、ちょっと言葉遣いが悪くなったことに気が付いた。
別に普段に猫をかぶっていたりしているわけではない。昔、長い間一緒にカルネシアと暮らしていたせいで、彼とよく似た自分の一面を持っているだけだ。
久しく彼と二人きりになった為に、昔の感覚になってしまっている。
羅希「これからって、具体的にどのあたりですか。」
彼が言いにくいと思う内容なんて思いつかない。なんだか内容を聞くのを避けるように、そう聞いてしまった。
カルネシア「セリシアと戦うまでと戦った後だ。」
彼がそう言って本題に入ろうとし、瞳が真剣味を浴びる。
ウェイトレスA「どうぞおしぼりですー!!」
ウェイトレスB「これセルフサービスですからっ!!」
ウェイトレスC「ご注文の品をお持ちしまし…ちょっと退いてよ!!」
ウェイトレスD「こらあ!それ私が持ってくはずだったでしょ!!!」
またウェイトレス4人がすぐ前で争いはじめ騒がしくなる。
カルネシア「お嬢さん方」
カルネシアの穏やかな声がやたら良く響いた。そうゆう魔力を含ませたのだろう。
カルネシア「悪いが、大事な話をしているんだ。席を外してもらえないかな。」
紳士的なその態度に、羅希は寒気を感じた。
こうゆう穏やかにしているときこそ、カルネシアのイライラは頂点に達しているのだ。
ウェイトレスACD「「「ごめんなさいっ、じゃあごゆっくり〜」」」
ウェイトレス3人はおとなしく引き下がったが、勇気のある(というか、礼儀知らず)が一人いた。
ウェイトレスB「あの!お名前とか住所とか」
と言った瞬間、去ったはずの3人が、我もとまた群がる。
そしてついに、カルネシアが何処からか出刃包丁を取り出す。
羅希「わー!!」
羅希がウェイトレスを庇うのと同時に、カルネシアの出刃包丁を彼女らに見せまいとした。
羅希「彼、どっちかっていうと男好きの気がある…」
とっさに出た言い訳であることと、こうでも言わないと彼女らは引いてくれない…という意図はカルネシアには伝わらず
出刃包丁の刃は羅希に向き、被害はそれで収まったのだった。
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