―――38―――

竜花は意外と子供っぽく騒がないで、見たい店があると服を引っ張って「見てきて良い?」と小さく聞く。
私は子供嫌いで、理由は五月蠅いから、なのだが…ちょっと竜花に惚れ込み気味。だって可愛いんだもん。
瑠美那「ん、何だあの人混み。」
さっき竜花にねだられて買った料理をくわえたまま、広場の中央にできた人の輪に入っていった。
瑠美那「あ、悪ぃ」
竜花が私の服を放すまいまいとしてついてきて、人に押しつぶされていた。
彼女をなんとか抱き上げ、肩車してやる。彼女は初めてそうされたらしくて、慌てて私の頭にしがみついてきた。
瑠美那「落ちるなよぉ」
竜花「姉貴―――!!!
瑠美那「うわあっ!!
言ってる側から竜花が暴れて落ちかけた。
にしても「姉貴」って……初めて私のこと呼んだと思ったらそれかよ。
瑠美那「おい、一体なんだよ…」
竜花「嫌だ!アレ嫌だ!!」
竜花は泣きそうな声をしてしきりにそう言って暴れた。尋常じゃない。一体人混みの中心には何があったのだろうか。
周りの観客はただ物珍しそうに見たり、たまに眉をしかめたりしている。
竜花ほど驚いていない。
とりあえず、竜花が暴れるので肩からおろして胸元に抱えた。
瑠美那「ちょっと見てくるから、人混みから離れてろ」
彼女は何か言いたそうに私を見て…首を横に振った。
瑠美那「何があるのか見てみたいんだ。」
竜花「助けてやって」
まだ何があったのかも見ていないのにそう言われても…返答に困るぞ。
瑠美那「できそうだったら。」
とりあえずそう言って頷く。
私が更に人混みをかき分けていこうとしたら、竜花がまだ服を掴んでついてきていた。結局、離れる気はないらしい。

 

羅希「久々だな、出刃包丁…」
羅希はウェイトレスの子が持ってきてくれた濡れタオルで頭を冷やしていた。
カルネシア「自業自得だ。」
酒を飲み干して、そう言うカルネシアはかなり不機嫌である。
あのウェイトレス達を守るためだったのに…と、反論したかったが、それで彼が納得するわけがないので黙っていた。
羅希「じゃあ、話の方を」
そう言ってから羅希も持ってこられた酒に手をつける。
かなり強い酒で、少し眉をしかめた。
カルネシア「まずは…お前ならもう何か勘付いてると思うが…」
羅希「……飛成ですか」
ため息混じりに、カルネシアの言葉の先をとった。
カルネシア「そうだ。」
羅希「……彼女なら大丈夫ですよ。アステリアさんもいることだし…」
カルネシア「甘ったれるな。」
カルネシアの声のトーンがグンと下がった。
……やっぱり、言われるだろうな、と思っていたため、そんなにドキッともしなかった。
カルネシア「下手したらお前のわがままで皆が死ぬことになる。」
羅希「分かっています。でも…」
カルネシア「言い訳は聞かない。ちゃんと警戒して、いざとなったら…覚悟しておけ。お前がせずとも俺と…小娘がする。」
羅希「………ぅ…ですね…。」
きっと、瑠美那ならやってくれる。自分が出来ない、したくないことを…。
彼女は優しいから。
カルネシア「あの小娘の手をこれ以上汚したくなかったら、お前が汚れる覚悟をしろ。」
羅希「………」
はい、なんて言いたくなかった。
羅希「……はい」
それでも、言わざるを得ない。
……自分は人を殺す重みをまだ知らない。
それなのに、いざとなったら、親友を殺すことなど、できるのだろうか。

瑠美那「………」
人混みをかき分け、やっと観客の目を奪っていた見せ物を見ることが出来た。というか、観客達の一番前にはじき出された。
竜花が私の足にしがみついて震えている。
礼の見せ物を見て、やっと彼女が暴れた理由が分かった。
それは魔族によく似ていた。
大きな檻の中に入れられたそれの、基本的な“形”は人間。
右腕は人の物だが、左腕は魚のような鱗が生えていてその先には鋭い爪。
胴体は鉄のようだ。そしてそこから生える両足は獣の作り。
尻尾がやたらよく動いていると思ったら、蛇だった。
一見、不格好な怪物だった。
けれど、周りの観客達には分からないその生き物の本質を、私と竜花は“気”を読んで理解した。
ひどく激しく、しかしそれを無理矢理押さえ込まれている、それでも必至に泣き続けている。感じたくない、不快な気道。
私は冷静さを失って、その生き物を鞭で打ち、ただの動物のように芸をさせている大道芸人に掴みかかる。
大道芸人「な、なんだアンタ!」
瑠美那「てめぇ、あれが何か分かってんのか!!」
鞭を取り上げ、地面に叩き付けた。
大道芸人「知るか!商売の邪魔だ!」
男の、私を振り払おうとした腕を掴んで、ひねり上げた。
ズボンのポケットを探って、檻の鍵を奪い、男を放り投げた。
大道芸人「……な、おい!アンタ何やってるんだ!!」
私が檻の中へ入ろうとしたら、竜花がまた服の裾を掴んだ。
そのまま檻を開け、中に入った。
観客の数人がざわめき、一部は逃げ出した。
瑠美那「……なあ、まだ正気か?」
スカートのスリットから、中に装備しておいた剣を取り出す。
見せ物になっていた動物は、見た目通り肉食らしく、私を獲物と見て、飛びかかろうと体勢を低くしている。
瑠美那「正気なら聞け。私を食いたいって事は、そんな姿になっても生きたいのか。」
動物から殺気の視線は抜けない。
瑠美那「……お前も私も人間だ。なのに私を食べ物と見るのか。そしたらお前はただの怪物になる。」
怪物「なんで分かった…」
それが、人の言葉をしゃべった。
少ししわがれていて、その口の作りのせいで発音がままならないが、理解できないこともない。
瑠美那「何が」
怪物「僕が、人間だって」
話し方から、まだ少年だったらしい。
瑠美那「なんとなく。それに、背中に“セヴァールフ”のマークが焼き込まれてる。変な実験でもされたんだろ?」
彼から、私を食べようという意志は消えたらしく、力無くうずくまった。
その方が小刻みに震えている。
怪物「生きたい。」
瑠美那「なら、そうすればいい。」
怪物「でも、こんな、姿じゃ、何処にも、行けない。」
瑠美那「行けるとこなんて意外とあるもんだぞ。」
怪物「…人の、姿で、いたかったんだ。」
は虫類のような目から、ボロボロと涙が溢れる。
しばらくそうして泣いていた。
周りの観客のざわめきが五月蠅い。
私はただそこに立っていた。
かけてやれる言葉も無い、してやれることは…彼が望んでくれないと出来ない。
数分経って、彼は意を決したように顔を上げ、更に震える声で言った。
怪物「…女神様、僕を、殺して、下さい。」
少し苦笑いした。
瑠美那「私は神じゃない。」
怪物「いいんだ、僕には、そうだったから。」
私はまだ鞘から抜かない剣を握って、彼に歩み寄る。
瑠美那「アンタ、名前と歳は。」
怪物「…南国の、奴隷だったから、名前は、ない。歳は、15」
私と同い年。
瑠美那「そうか。私の知り合いに神様だの魔王だいるから…そいつに頼んで、来世はもっと裕福な人間にしてやる。」
今の彼には、死、という恐怖があった。でも、私のそんな一言で、彼の何かが変わった。泣きながら頷く。
もう彼は震えていない。
怪物「最後に、もう一つ、お願いを」
瑠美那「なんだ」
わがままだなこいつ、とか場違いな事を思った。
怪物「僕に、名前を、ください。現世の、僕に、名を」
おかしな事を言う。
彼は一体何を思ったんだか。
名を、と言われて、不思議と迷わずに口をついて出た。
瑠美那「……クラウディ。雲を意味する自由の名だ。」
怪物「クラウディ…」
彼が微笑んだように見えた。
瑠美那「じゃあ、クラウディ…来世で、幸せに…」
彼が目をつぶる。
意外と私は冷静だった。
剣を鞘から抜き、音もなく彼の首を落とす。
彼を殺したんじゃない。解放してやった、転生してやったんだ。
少し間を置いてから観客の悲鳴が響いた。
彼の体から血があふれ出ている。
瑠美那「………」
冷静に、カルビーに習った炎系の呪文を思い出す。
少し長く詠唱して、クラウディの体に放った。
その生まれたときとは変わり果てた姿を、この世に残さないように。
瑠美那「…竜花、行こう」
彼女は燃えるクラウディを凝視していたが、すぐに私の後に付いてきた。
檻から出た直後、地面が大きく揺れた。

 

視界が暗い。少し顔を動かしたら月が見えた。
体の表面は冷たいのに奥が熱い。
カルネシア「生きてるか。」
少し苦しいのに、そんなのお構いなしでカルネシアらしき人物が額をぺしぺし叩く。
羅希「…ぃ…てます」
思ったよりも話すのも苦しかった。
すぐ頭の上に彼が座り込んだ気配があった。
羅希「何処だ…ここ」
カルネシア「さっきの酒場の二階。」
親切にも貸してくれたらしい。
カルネシア「ったく、酒に弱すぎだ」
羅希「…あんたが強すぎんだよ」
また口が悪くなる。
それきり、しばらく会話がなくなって祭りの音ばかりが耳に響いた。
部屋の明かりは小さめのランプ一つ。もっと他にも明かりになるものはあるが、薄暗い方が羅希には楽だった。
羅希「…ん、?」
羅希が小さくうめき声を漏らした。
カルネシア「……セリシア?!」
二人は何か異変を察知し、その正体を先に察知したのはカルネシアだった。
そして二人同時に窓から外を見る。
羅希「…なんだか、変な感じがする。」
羅希は更に具合が悪くなるような、妙な空気を感じた。
カルネシア「…戦闘意志じゃない。何かしようとしてるな。」
そんな事を言ってから数秒後に、突然地面が上下に揺れた。
魔力の流れによる揺れではない。もっと自然なものだ。
だが揺れも、恐怖感を煽るには十分だが大地震という程でもない。
羅希「自然現象だと思いますか」
カルネシア「……」
魔力的な関与は感じられない点で、これは間違いなくただの地震。
だがセリシアの気配とともに起きたのは偶然なのか、悩むところだ。
羅希「…なんか、地面…と山も、黒くなってません?」
カルネシア「……まさか」

戦争が近い。

 

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