―――40―――
羅希「瑠美、起きて」
少しの休憩のつもりが、つい疲れて寝入ってしまったようだ。
珍しく急ぐように、羅希が私の頬をぺちぺちと叩いて起こす。
瑠美那「んー今何時」
羅希「もうすぐ日が落ちるね。瑠美、急いで起きて」
何かと問い返す前に彼に抱き上げられた。
瑠美那「うお、なになに」
羅希「いや、時間がないから」
彼はそのまま家を出て、どこかへ走っていく。
途中で村人達が変な目でこっちを見たが、彼はお構いなしだ。
私も、まだ寝ぼけ眼なのでこのほうが楽で良かった。
瑠美那「んでぇ、どこ行くの」
羅希「あ、あそこあそこ」
彼の俊足で、あっという間にそこへついた。
村で一番大きな木。御神木だ。
少し、昔のことを思い出した。
これくらいの時間に、この木の上で…
私が何か言う前に、彼が私を背におぶる。
そう、こうして彼がこの木を登っていたのだった。
当時よりも彼は成長しているから、登る手つきもスムーズで、楽々と上に上がっていく。
あっという間に、下を見るのを少々ためらう高さまで来て、一際たくましい枝におろされた。
羅希「やっぱ体が大きいと楽だね」
瑠美那「うわ、相変わらず高っ」
目的の日の入りまで少し時間がある。
瑠美那「私が飛べないから、わざわざここまで登ってきたんだっけ」
羅希「そうそう…あの時は本当に楽しかったな。…葉蘭も傷ついていなかったし、瑠美の両親も一緒にいて、龍もそばにいた。」
瑠美那「………」
私は一度記憶を失っていたせいか、取り戻したそれを思い返しても感傷に浸ることが少なかった。
だから、彼の言葉を聞いて、昔からいろいろと失っていたことに気がついた。
瑠美那「私の両親ってさ…やっぱこの村のどこかに埋められてんのかな」
羅希「…そうかもね。」
別に、傷つきもしなかった。
呆然と、少し小さく見える村を見渡していた。
両親のことはぼんやり思い出せていた。
母も父も、強くて優しい人だった。
母は金の瞳と髪が輝くように綺麗で、顔立ちは穏やかで、どこか勇ましいけれど…龍黄に似ていた。
父はアステリアと全く同じと思える銀の髪に深緑の瞳で、顔立ちは母のように穏やかなのだが、私に少しに似ていた気がする。瑠美那「……!」
甘い香りの花の寝台で眠ること叶わぬ
冷たい土と石の棺桶に眠る
貴方に捧げる旅人の鎮魂の歌は
今宵 棺を包み貴方だけの物回想を、楽器で奏でているような歌声に遮られた。
羅希のそれが一瞬で私の心を包んだきがした。
眠気に似た心地よさ。だがどこか悲しくて感傷的だ。
多分、鎮魂歌…失われた記憶に眠る忘れられた心
その命捕まれようとも存在し
神の名を叫べど救われぬのなら
共に輪廻を越え 旅立とう
神は導かず全てを見守る者歌と共に日没が訪れた。
空が朱に染まり、その上部から藍色がそれを覆っていく。
沈んでいく太陽も、だんだんと輝きを失っていく。
いつもまぶしい太陽がこの時凝視していられる、そのことに私は昔、いつも優越感を感じていた。
いつの間にか朱は地平線へ追いつめられ、音もなく消えていく。
そして更に静かな、藍色が空に立ちこめる。
ただの一連の動作。
けれど、偉大な雰囲気を漂わせる光景。光景と、歌に、これまでにない甘美な心地に、消え入りそうになる。
無意識で、隣に座る羅希の手を掴んでいた。その手は思った異常に暖かい。
彼は私がそうしていることにも気付いていない様子だった。
太陽の光が完全に消えて、彼の歌の余韻も消えた。羅希「瑠美」
心を満たしていた感情が消えてしまい、少々虚しい気もしていたとき、羅希が夜のように静かな声で囁いた。
また、昔のことを思い出す。―――僕の心には
羅希「私の心には、いつも君がいた。」
―――迷惑なだけ…かも知れないけど
羅希「迷惑なだけかも知れないけど、瑠美が私の存在意義で、私を強くしてくれた」
―――だから、これからずっと一緒にいたいんだ。
羅希「だから…」
言葉が止まった。
彼は目を閉じ、何か考え込む様子だった。羅希「…生きて……君にもっと明るい世界を見てほしいんだ。私が、森を離れ村を離れ、見てきた物たちのように輝いていた物たち」
彼の言葉で、世界が開けたような気がした。
魔法のような、広い世界を見た気がした。
けど…何かひっかかる。羅希「だから、この戦いに勝って、生きて…」
胸の奥で何かが熱くなるのを感じた。
クラウディや龍黄が離れていってしまったときに感じた熱さだった。
瑠美那「お前はどうなんだよ」
なんだか、腹が立つような、悲しい気分になった。
瑠美那「“ずっと一緒に”って昔は言ってくれたよな…、でも今の言葉じゃ…アンタは生きることを諦めてないか。」
羅希は曖昧に微笑んだ。
無言の肯定。
瑠美那「ふざけるなよ。1人で生かされたって嬉しくも何ともない。アンタは…生きたくて戦ってきたんじゃなかったのか」
空から朱が抜けていく。
もうすぐ、夜が来る。
羅希「……そうだね。始めは」
彼の言葉に、感情が感じられない。
羅希「でも、体が蝕まれていくのを感じる度に、自分のことは絶望的になっていく。でも、その分、瑠美のことに希望を持てた。」
言い訳に聞こえた。
瑠美那「……自分のことが、どうでもよくなったからだろ。」
羅希「……ああ…」
何処か投げやりに声を漏らして、彼は天を仰いだ。
羅希「……そっか……。やっぱり、自覚はしてたつもりだけど…私は馬鹿だな。」
そう言葉に紡いだ瞬間、彼の瞳に迷い。
多分、心の奥にあったものを、彼が自覚して呼び起こしてしまった。
羅希は『瑠美那を守る』という道しるべを失った。
戦いを前にして、羅希を混乱させるのはヤバいけど、そうじゃなかったら、彼は…戦いの最中か後でも、必ず死ぬ。
羅希の表情が…人形のように思えた。
瑠美那「私も一つ間違えば、こうなるのか…」
羅希「え?」
瑠美那「百聞は一見にしかず、だな。あーなるほどなるほど、こうはなりたくないなー」
羅希「だから…何」
勝手に1人で納得した後、彼と真正面で向き合う。
月の明かりと一緒に、太陽の残り火で、顔はまだよく見える。
瑠美那「あのさ、お前まだ私のこと好きなわけ?」
羅希「もちろん」
……こーゆーとこばっか迷いはないんかい。
瑠美那「んな乱暴でガサツで慎みの欠片もなくなったのに?」
羅希「別に、自分の好みに合った人を好きになるって訳でもないみたいだね。」
瑠美那「じゃ、それでいいんじゃん?」
羅希「はい?」
まだ混乱中。
ま、私もこんな言葉で彼が理解出来るとは思えない。
瑠美那「お前は私が好きだから、私を守る。私はお前を守る。それでよし!心中とかどっちか守り損ねるのは気分悪いから二人で生きる!これでいこう!」
羅希「だから、何を結論を出して………え?」
彼は何故か効果音がつきそうなほど固まった。
羅希「……え、私を守るって…え?」
なんだか気付いたようだが、それを肯定していいのか否定するべきなのか分からないようす。
瑠美那「別に〜私が羅希を好きだから守る、ってんじゃないと思うから。」
羅希「……あ、ああ、そうだよね…え、思う?って」
だからいちいちつっかかるなよ…。
私はちょっと呆れて、でもどこか呆れてもいない感じで、ため息をついた。
もう、日はすっかり落ちて、相手の顔が見えにくい。
村が小さな明かりをともしている。
なんだかぼーっとしたまま、何も考えないで彼の肩を掴んで、引き寄せる。
何が起きたのかいまいちわかっていない彼の頬に唇を押しつけた。
ロマンチックとはほど遠く投げやりだが…
羅希「うわあ!!、うわっ!!」
私にされたことと、それにビックリして後ずさったために木から落ちかけたことで、二重のビックリ。
けれど、持ち前の運動神経と馬鹿力で墜落は免れ、足場によじ登ってきた。
羅希「び、ビックリした…」
瑠美那「お前ホント単純だよな」
羅希「だ、だって、アレだし、てか、ん?、キス?え、瑠美から?……はああ!!!?」
どんどんと混乱の極みに陥っていく羅希の姿はなかなか笑えた。
瑠美那「はいはい、もう暗いから帰るぞ。」
羅希がいつもの調子を取り戻したので、心おきなく帰れる。
彼を羽交い締めにするようにして、精霊具を使って地面まで飛んでいった。
さりげなく彼の左胸を触ったら面白いくらいに脈打っている。
でも、羅希の顔はなんだか吹っ切れたようだった。
ので、なんとなぁくやっちゃった行為だったけど…終わりよければ全て良し。羅希「瑠美ー、あれって交際OKってとってもいいわけ?」
瑠美那「あーもーうるせー、お前みたいにウジウジしたのは願い下げ!」
カルネシア「なんだ、結局そこまで進んでたのか」
竜花「………」
瑠美那「おい、竜花…なにホッとしてんだよ。」
羅希「瑠美ー、どうなの?」
瑠美那「お前は所詮ホッペにちゅー止まり」
羅希「ええ!」
竜花「………」
カルネシア「…っおい、竜花!……っあー!何考えてんだおまえは!せめて口元拭いてからにしろ!」
瑠美那「あらま、対抗心?竜花可愛いー。てかカルビー、ホッペがソースだらけ…」
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