―――42―――
セナート「龍ちゃん…生きとる?」
龍黄「ああ」
ガラスのような薄く虹色がかった透明な壁が無造作にある。
一見、迷路のような形だが、造りは捕えた獲物を逃がさぬ檻のもの。
その中で、全身を射ぬかれ壁に縫い付けられた、セナートと龍黄の声が小さく響く。
痛くとも致命傷ではないので、始めは会話の多かった二人だが、まわりの濃密な魔力を含む空気が体内に無理矢理入ろうとするので、押さえるために体力も魔力も消費されつづけ、口を開く気力が無くなってきていた。
龍黄「……」
龍黄は視線を動かした。
その先には、ガラスの向こうにハッキリと見えるアステリア。
龍黄達とは隔絶された空間のようで、彼らの周りとは一変して暗い色が多い。
銀の祭壇に横たわり、全身が赤い服を着たように血に濡れている。
左胸と両手首と首筋に小さなナイフが差し込まれていて、そこから流れ出た血だ。
それは祭壇を流れ、その下の大きな銀の杯に溜まっている。
今溜まっている分が限界で、彼の体内の血は枯れはてた。
これだけボロボロにやられれば神族でも核の回復力が間に合わず、眠りに落ちる。
だが遠くからでも彼が生きていて意識があるのはわかった。
時々咳をし、血を吐いた。
こちらからいくら呼び掛けても彼はちらりともこちらを見ない。
聞こえないのだろう。
龍黄「……」
誰かがアステリアに近付いて来ていた。
飛成…だが表情はなく、感情もなく、人形のようだった。
彼女はアステリアの縛られた祭壇に手を掛けた。
アステリア「飛成か…」
あの状態でしゃべれるのかと二人は驚いた。
飛成「僕がスパイだって知って…呆れた?」
どこか恐る恐る聞いていた。
アステリア「そんなことは、どうでもいい。…お前の心は、俺よりもあの女の下にあるのか」
意外な答えに目をまるくした。
飛成「…アス…」
アステリア「そうなら奪ってやる。お前を殺して誰の手も届かない所で、誰にも渡さない。偽りの思いで目覚めさせた事、後悔させてやる。」
普段と変わらぬ話し方。
だが思い通りにならなかった事への苛立ちを感じた。
アステリア「私から逃げられると思うな…」
その時、彼は飛成が大粒の涙を流していたことは知らない。
飛成「……」
彼女はアステリアの頬に手を添えた。だが肌には触れていない。
目が見えていないらしい彼は、飛成がそうしていることを知らない。
飛成「……」
何か言おうとしたが、唇を噛んで言葉を飲み込んだ。
それから振り切るように走りだす。
セナート「龍ちゃん…」
龍黄「なんだ」
セナート「なんだか…今な…生きなきゃ、って思ったわ」
龍黄「…ああ」
瑠美那「羅希…何か感じないか」
神界の空が黒く変わり始めた。
多分、“カオス”に近付いたんだろう。
しばらくして、私は思わず羅希に声をかけた。
声が震えていた。
羅希「ああ、“カオス”の魔力のせいじゃないかな。本来の力はないけど、またかなりの力を感じる。」
瑠美那「違う」
私が感じているのは、カオスの力じゃない。
セリシアとも違う。
もっと別の…
瑠美那「これ以上近付いたらやばい気がする。」
言いおわってすぐ、肌に感じる空気が…何かを訴えるように動いた気がした。
瑠美那「止まれ!急いで戻れ!」
考えるよりも先に、叫んでいた。
乗り物が小さく揺れた。止まったようだ。
羅希「なんか出る!」
みんな分からないようで、少し呆然としていた。
しかし、すぐにみんな動きだした。
遠くの薄暗い空に、漆黒の雲が見えたから、そしてそれが敵襲と悟ったからだ。
神族「すべて魔族や神族に近い生命体です!」
遠見をした者が叫んだ。
カルネシア「アイツ…ガイアを害したんじゃなくて、従えたのか!」
カルビーが舌打ちする。
世界の大地が腐食したのはガイアがそうした。
そして今目の前に現れたのはガイアが生み出した者達。
羅希「全神族を外に出させてください。…戦争を始めます。」
羅希の言葉が神族を動かした。
前方のガラス消え、重苦しい風が流れ込んだ。
私は何故かみんなを他人事のように見ていた。
風はあたり、羅希の指示が聞こえる。
敵襲が煩く近付いてくる。
羅希「体型デルタ!なるべく頂点に勢力を!道が開け次第リーダーのメンバーが突入します!」
肉声でありながら魔力の波となった声は機械を使ったように全員のもとに届いた。
私達の乗る戦艦以外にいた神族達が忠実に動く。
───何故あんな子供が戦争なんて?そんなの私が聞きたい
───痛い…
転がっていたアレイジの死体から剣を奪い、振ったら偶然に男の首をはねた。
手にその感触が残った。
こうやって殺すのか、とそれを何度も繰り返し、死体に紛れて忍び寄り、敵の首を狙った。
わずか数時間で戦いを覚え、真っ向から戦えるまでになった。───止まらない
動く体と手を止められなかった。
───誰か助けて
止めて欲しかった。でも死にたくはなかった。
“誰か”は生きていて、この世界のどこかに、傍にいてくれる人がいるとなんとなく分かっていた。記憶はなかったけれど…そう思った。
だから生きた。
死にたくなかった。死んだら独りになると思ったから。
けど…クラウディが死んで、独りにされた。
龍黄やみんなが傍にいたのに、独りでいていた気がしていた。瑠美那「…あ」
そうだった。私はずっと独りだと思って、生きても死んでもいいと投げやりになっていた。
クラウディを失ってからずっと…私の時間は止まっていた。瑠美那「羅希…」
よんだらいつも通りにこっちを見る。
当たり前のその行動が嬉しかった。
彼なら私を独りにしないだろうか。
一度、私から手を離してしまったときも、また十年近くかかって探してくれた。
瑠美那「そばに…いてくれるか…?」
いきなりこんなこと言われても訳が分からないだろう。
羅希「当たり前だろ」
こんな時でも優しく微笑んでくれる。
彼が否定しないことは確信していた、昔から。
瑠美那「もう一回だけ、信じてみる」
私を置いていかないことを。
いきなり、目前の敵襲が…その背景に見える死が恐くなった。
けど、乗り越えれば今度こそ強くなれると思えた。
羅希「進撃を!隊形はしながら整えてください!」
羅希の声が、さっきよりも近くに聞こえた。
飛成は、カオスの中を歩き回っていた。
本来なら意志をもつ混沌は、セリシアの力に染まり“混沌”ではなく、セリシアの道具として物質化してしまったため、セリシアが操作しないかぎりただの建物の役目しかしない。
飛成「セリシア…」
声は虚しく響き、返事はない。
飛成「セリシア…?」
不意に、壁の一点で目が止まった。
何も見えないのに、何かがそこで呼んでいた。
歩み寄っても何もないただの壁。が、手を添えたら壁が水のように透けて奥が見えた。
壁を隔て数歩分向こうに服も肌も白い女性がいた。
彼女は哀しげに笑んでこちらを見た。
飛成「ガイア…」
生命の母。自分の奥底がそれを感じた。
ガイアらしき女性は美しかった。
威厳などない、優しい花のよう。
だが姿が心に留まらない。
彼女を見ているはずなのに、焦点が定まらないような感覚。
彼女は何か囁いた。
声は聞こえないのに意志は聞こえた。
飛成「反対?」
促されるままに、彼女のいる壁と向かい側の方に行き、触れた。
飛成「セリシア?」
ガイアのように壁の向こうに眠っていた。
飛成「何故ここにセリシアが……え」
ガイアの言葉。
飛成「では、あれは…」
ガイアの言葉の一つ一つが心に刻まれる。
それを聞くほど混乱してくる。
この壁の中に眠るセリシアこそが本物だと訴える。では自分が従っているセリシアは何者か…?
でも、自分は別のことで迷っている。
飛成「ガイア、私はどうすればいい…。大切なものを、いつの間にか自ら壊してしまった。私にはそれらを取り戻すことはできないと、知ってしまった。いくらがんばっても、無駄死にしかできない。大好きな人に殺してもらうことすらできない」
泣きたかった。でも苦しすぎて泣けない。
以前なら、羅希やアステリアに支えてもらえたのに、彼らにはもう…支えてもらえない。
立ち向かうことも逃げることもできない。
道が見えなくて…消えてしまいたかった。
ここにいればきっと、羅希達と戦うことになる。そうなったら…殺してもらえるだろうか。
でもきっと、彼ならかつての友を殺したことで苦しむ。だから、それは望めないことだった。
ガイアは何も言わない。
力無く膝をついた時、体の奥底に何かの力がはしった。
飛成「セリシアが呼んでる…」
それは善い道標ではないけれど、それでも飛成は動きだせた。
瑠美那「以外とすんなり入れたな。」
神族達は従順に動いてくれて、まず私達の突入を第一に考えてくれた。
…私としてはみんなで一斉に突入のほうが心強いが…相手一人、その上建物内で大人数で戦うのは賢いとは言えない。
私達を信用したうえでの行動、に応える自信は私にはナッシング。
だってみんな“神様”なのよ!?
瑠美那「なぁー、今更ながら私って役立たずじゃん?」
カルネシア「だな」
あっさり肯定すんな、このカルビ丼。
カルネシア「だがお前に憑いてる奴が必要だ」
しかもそっちかよ
瑠美那「あぁ?だってあんにゃろ魔王の件以来黙りこくってんぞ」
カルネシア「いざって時には動くだろ。自我を保って他人にとり憑くのは意外と疲れるからな」
瑠美那「…ならいいけどぉ。あとさぁ、このカラフルな建物なに、セリシアの趣味?」
カルネシア「カオス」
私の中で“カオス”はあくまでカルビー達みたいな神族だったので、偉そうなおっさんを思い浮かべていた。
瑠美那「カオスって生きものじゃないの?この虹色の材質?」
カルネシア「…俺たち位の神族は“生きている”と言えるが、もっと始祖に近いのは“存在する”だけ。条件で白にも黒にもなる。セリシアの力に染まってカオスも変化したんだろ。」
瑠美那「…って、セリシアの思い通りに変わるってことか」
カルネシア「まあ、力と時間はかかるだろうな」
建物は一本道で、どこまでも続く気がした。だから話して気を紛らわさないと落ち着かなかった。
会話が止まったら、かすかに羅希の苦しげな息遣いが聞こえた。
カルネシア「どうした」
私とカルビーが同時に呼び掛けた。
私達が足を止めたら、彼はしゃがみこんだ。
羅希「少し…苦しくて…」
この男の『少し』は少しどころじゃない。
カルネシア「……進めそうか?」
羅希「……いつも、少し経てば…楽になるから…」
彼は自分の肩を抱きしめ、荒く深い呼吸を繰り返している。
私は衝動的に彼の胴に腕を回して少しきつく抱き締めていた。
羅希の息遣いが段々落ち着いてくる。
羅希「ありがとう、もう大丈夫…」
瑠美那「おう」
私の耳元で彼が小さく言った。
少し手を貸そうかと思ったが、彼はすっと立ち必要なさそうだった。
羅希「結構効いた。いつもはなかなか治まらないんだけどな」
瑠美那「タッチセラピーとかアニマルセラピーみたいなもんだな」
羅希「そうなのかな…」
瑠美那「ちなみに有料だから」
羅希「なんでやねん」
あ、なんかキャラ変わった。
瑠美那「ま、体験版ってことで」
カルネシア「お前ら、少し緊張感をもった方がいいぞ。」
カルビーが私達の会話にそう言いながらも、楽しそうに口元をゆるめていた。
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