―――45―――
カルネシア「二人とも、そいつから離れろ。」
飛成の様子をじっと見ていたカルビーが口を開いた。
カルネシア「氷縛を使う」
瑠美那「は!?」
氷縛は知っている。
魔法の結界の一つで、自分の身を守るのではなくて敵を封じるのに使うもの。名前の通り、魔力の集結した氷の中に封じ込める魔法。
時間はかかるがとても強力で、動きはもちろん、意識も時間も封じ込められる結界。
瑠美那「なんでだよ…」
彼のやることだから、意味があるのは分かっている。でも理由は聞きたい。
羅希「……説明する。とりあえず離れよう。」
まだ眉を少ししかめたままの羅希に手を引かれ、おとなしく飛成を置いて離れた。
私達が離れてから、カルビーだけが飛成の側により、ずっと彼に手をかざしていた。
羅希「さっきの、説明。」
羅希がまだ、毒気が抜かれたように気力のない声で話し始めた。
羅希「さっき飛成に起きたことは、裏切ったからの罰じゃない。その前の段階。」
瑠美那「裏切る気配があったから?」
羅希「そう。呪縛がそれを放つ時を判断するのは意外と慎重で、そう簡単に罰を下したりはしない。だから、これから飛成が本格的に僕らに荷担すれば、今以上のことが起きる。」
瑠美那「…そうなる前に、しばらく離しておいてやるのか。」
羅希「飛は、事が済むまで起きない方が良い。氷縛なら、痛みも苦しみも感じないから。」
彼そうが言っている最中に、なんとなく彼の額に手を当てた。
羅希「………なに?」
瑠美那「………いや、別に。」
本当は、彼があまりに傷ついた表情をしていたから、抱きしめたりしてやりたかったが、そんなこと私のプライドが許さない。
その結果変な行動を取ってしまったわけだが…。
瑠美那「悪い。私がちゃんと…飛成のこと信じてれば、こんなことにならなかったのにな」
羅希「……瑠美のせいじゃな」
瑠美那「ストップ」
彼は必ず、誰のことも攻めない。
どうせまた、自分のせいにする。
瑠美那「そう、思わせておいてくれ。」
彼は何か言いたげにしていたが、頷いた。敵意のない魔法のためか、氷縛の光は優しく飛成を包んだ。
横たわる彼に魔力が満ちた氷が張っていき、そのうち飛成を閉じこめ始める。
そしてすぐに大きな柱ができ、眠った人を休ませる棺のようになった。氷の中で、飛成は固く瞼を閉ざしている。
いつか目覚めることがあるのかも分からないほど、頑丈な眠りと、氷だった。
カルネシア「…負けるわけにはいかないぞ。戻ってこないと、コイツはずっと氷の中で目覚められずに生き続けることになる。」
その言葉が酷く心に響く。
飛成の眠る部屋を後にして歩き続けた後、周りが段々と暗くなってくることに気付いた。
そして道が段々と細い一本道ばかりになって…明かりもわずかになる。
みんなで声を掛け合って、進む速さは遅くなっていったが、用心深く進んだ。
瑠美那「………あれ、誰かいる」
先頭の方を歩く私は、一番早くそれに気付いた。
進路の先に誰かいる。
周りは明かりが無くて、みんなの顔もハッキリ見えないのに…その人物だけはよく見えた。
……絵的に、黒の上に切り取った絵を乗せたように。
その人は、うずくまってこちらに背を向けている。
木綿の裾が長いローブに、………少し緑がかった金髪。
瑠美那「………羅希?」
そのうずくまる人物ではなくて、後ろにいるはずの彼に声をかけた。
………返事がない。振り返っても真っ暗闇で何も見えない。
もう、こんなにも暗くなっていただろうか?
瑠美那「羅希!!!」
不安になって、思わず声を張り上げた。
すぐに、前にうずくまる男に視線を戻した。
瑠美那「………あんたは…」
足を一歩踏み出した瞬間、彼の背から何かが突き出した。
赤い、禍々しい光を発する、あの翼とも言えぬ翼。
羅希の。
彼が立ち上がり、コチラを振り向いた。
だが、一瞬は羅希に見えたのだが、今、目の前にいるのは見知らぬ女性だった。
髪は青くて長い。顔立ちは美人とか可愛い言うよりは、人が良さそう。
姿は変わっても、あの翼は健在である、
瑠美那「……あんた、私のなかの男のカノジョ?」
女性「ごめんね」
私の質問なんかオール無視で、彼女はベラベラ話し始める。
女性「私、化け物になっちゃった。」
瑠美那「………あんた、まだ化け物じゃないぞ」
翼生えてるヤツなんか私の周りにたくさんいるし、その羽だったら羅希も持ってる。
女性「…もう、正気を保てなくなりそう。そうなる前に、殺して…」
瑠美那「てかさ、あんた…今ここにいるの?羅希の中にいるんじゃなかったのか?」
女性「嫌なのは分かる…でも、お願い。貴方に殺されたいの。私は化け物になんかなりたくない。私でいたいから。」
………私の言葉を無視し続けるところから、彼女が話してるのは私じゃない。
でも“アイツ”の声が聞こえないし、何処にも姿が見あたらない。
瑠美那「……これ、アンタが思い出してるのか?」
問い掛ける“アイツ”は答えない。聞こえていないのか。
女性「もう、ダメだわ…。お願い、早く!」
彼女がヒステリックに叫んだのと同時に、私の脇をすり抜けて、誰かが彼女に走り寄った。
雪原のように真っ白い髪。
こちらから顔は見えない。
走り寄った男は彼女を抱きしめる。
それと同時に、彼の背から血が噴き出した。
彼の胴体に、穴が開いている。血が異常なほどに流れ出して、彼の胴はすぐに真っ赤になった。
男性「……すまない。」
致命傷でも、彼は力強く女性を抱きしめていた。だが、それを彼女の方が突き放した。
男性「…シュン?」
女性「…ひどいわね。好きなら殺してやればいいのに」
シュンと呼ばれた女性は人が変わったような様子で立ち上がった。
男性「誰だ」
シュン「私のことを忘れた?ジオン」
見当が付いたのか、ジオンが顔をしかめた。
ジオン「……セリシア」
シュンの顔が微笑む。
ジオン「まさか…。何故シュンを使ったんだ!!」
セリシア「波長の合う“セリシアの欠片”を探していたら、この子に当たっただけ。貴方への嫌がらせとかじゃあないわよ」
ジオン「……ならシュンを放してくれ…代わりはいるだろ?!俺でもいい!!」
セリシア「今更、代えるのも面倒だもの」
彼女は無常に笑う。
セリシア「シュンとお別れよ。ジオン」
シュンの顔から微笑みが消え、全身に青っぽい文様が浮かぶ。
彼女が殺気を込めてジオンを見る。
ジオン「シュン……やめてくれ!」
その視線に耐えられずに、彼は泣きそうになりながら叫んだ。
シュン「どうして?ジオン…」
それはもう、セリシアではなく、シュンではなくなったシュンだった。
シュン「私のこと、愛してる?だったら、私のために死んで…」
シュンが刀を構えるのに対し、ジオンが反射的に薙刀のような武器を構える。
映像が消えた。―――結局、彼女は…私が殺すまで正気に戻らなかった。そして、セリシアから解放されることもなかった。
ジオンの姿だけが、視界に残った。
瑠美那「で、こんなん見せて、何のつもりだったんだ。」
ジオン「俺が見せてるんじゃない。君が勝手に俺の夢に突っ込んできたんだ。」
瑠美那「っげ、無駄足ー」
ジオン「……ていうか、君は何してるんだ?こんな所で」
瑠美那「……こんな所、って………ここ何処だ」
ジオン「夢の中…。君、気絶してるみたいだけど……のんきに寝てていいのか」瑠美那「いいわけねーじゃん!!早く起こせ!!」
ジオン「俺に言われても困る!自分で起きろ!!」
瑠美那「うわーヤバイって!!寝てる間に殺されるっつの!!」
ジオン「俺も困る!君が死んだらシュンだって止まらないじゃないか!」
瑠美那「そう思うならなんとかしろよ!!」
ジオン「っ……分かった。とりあえず落ち着いて」
瑠美那「お、おう」
ジオン「目を閉じて」
瑠美那「おう」
ジオン「うりゃ!!」
瑠美那「あだっ!!殴っても意味無いだろ!!」
ジオン「ダメか……」
瑠美那「よし、じゃあ今度は私が」
ジオン「……殴るんじゃないだろうな」
瑠美那「そうだ。」
ジオン「却下」
瑠美那「卑怯だ!一発殴らせろ!!」
ジオン「それより早くここから出る方法を!!」
羅希「……瑠美、悪い夢でも見てるのかな…」
羅希が、隣に丸まってうなされている瑠美那を心配げに見つめる。
カルネシア「コイツだけは殺されるわけにはいかないからな。もう少し休ませてやれ。」
今にも起こそうと声をかけそうな彼に、カルネシアが小さく言った。
カルネシア「その様子じゃ、本当の悪夢じゃないだろ」
瑠美那「卑怯……っぱつ…殴らせろ…」
そうして見下ろされる彼女は眉根を寄せて寝言。
闇から抜けた瞬間、彼女は意識を手放した。
いや、闇を見ていたのは彼女だけだったのだが…。
今思えば、瑠美那以外の3人が幻を見ないのは、彼女がいたからかもしれない。
彼女が幻を創り出す魔力を奪っていた。だが、本人は無自覚。そのせいで体に魔力を溜めすぎ、今倒れてしまった。
というのが、カルネシアと羅希の出した結論だった。
現に、瑠美那が意識を手放している今、幻は好き放題暴れ。闇に包まれた4人は身動きがとれないでいる。
何故、彼女にそんな芸当ができたのかは、全く見当も付かない。
羅希「……」
羅希が、眠る彼女の頬に触れようとする。
だが、彼女の周りに溢れている魔力が、彼の手を弾いた。
竜花「姉貴、目覚ます?」
竜花がカルネシアを見上げて聞いてくる。
カルネシアの隣に座り込み、幻を怯えて彼の服を掴んで離さない。
カルネシア「魔力が抜けてってるから大丈夫だろ。」
それは、竜花だけではなく、羅希にも言い聞かせた言葉。
―――飛成
優しい声。
だがそれに答えたくなかった。
答えてはいけない。その為にみんながここに閉じこめてくれた。―――飛成、起きて……
起きたくない。
だって、起きたら………黙りつづけていたら、さっきまでとは違う声がした。
誰のものよりも聞きたかった、男の人の声。―――フェ…ィ
それが酷く弱っていて、手をさしのべてやりたくなる。
だがそれはかなわない。
彼はしきりに飛成の名前を繰り返す。
今にも、消えてしまいそうな声で。
今はまだ、彼の元へ行ってはいけない。この声に耳を傾けてはいけない。
だが………飛成「………アッスー」
広告 | [PR] 花 冷え対策 キャッシング わけあり商品 | 無料レンタルサーバー | |