―――48―――

羅希の様子なら、瀕死になるまではシュンに体を乗っ取られるなんてことはないだろうと油断していた。
何かが彼から魂の力を奪っていったのだろう。恐らく、祭壇の上に感じる神族の気配…キャディアスに。
いくら瑠美那でも、羅希相手は無理だろう。実力的にも精神的にも…。
下手をしたら瑠美那までジオンを引き出してくる可能性がある。
ジオンはおそらく、シュンとの心中しか考えていない。それだけは避けたかった。

カルネシア「…っ」
瑠美那に走り寄ろうとした瞬間、セリシアが進路を阻んできた。
防御にと溜めていた魔力を攻撃用に切り替える。
彼女はその魔力を自分のものでかき消し、そのままカルネシアの肩に掴みかかる。
振り払う間もなく、何かの気配にセリシアごと取り巻かれた。

意識を失ったのは一瞬。
だがその一瞬でカオスの闇の中に引き込まれた。
人が水の中に引き込まれた時のように、体が上手く動かせず、体が徐々に異物に蝕まれていく。
結界を張ろうとしたが、セリシアが彼の両手から魔封じの力を流し込まれた。
彼女を振り払おうと藻掻くが、力が入らない。
気道を行っても、彼女自身の力で跳ね返される。
セリシア「君はよく頑張った。力も至らぬのに…」
彼女の優しい笑顔が眼前にある。
セリシア「ずっと独りで寂しかっただろう?仲間もすぐに後を追わせてやろう」
彼女がカルネシアの左耳朶に触れ、そこにあるピアスを指で転がす。
カルネシア「貴様…何者、だ…」
セリシア「貴様とはひどいな。」
彼女の笑みに冷たさが差した。
セリシア「これでも“君達”の命の恩人なのに。」
カルネシア「……?」
耳朶のピアスをもぎ取られた。
そこに痛みと熱さを感じる。
セリシア「…キャディアス」
カルネシア「!?」
セリシア「君にも優しい僕の記憶があったから、まさか僕がセリシアを利用するとは思わなかったみたいだな。」
カルネシア「……何故…」
セリシア「僕は命をかけてセリシアを守った。君達はずっと僕に生かされてきたのだから…その命をどう扱おうが、僕の勝手だろう?」
無情な言葉が突き刺さる。
ただ言葉を失った。

魔封じから解放されても、もう何をするも手遅れだった。
体は完全に機能停止。ただ意識があるだけだった。
カルネシア「キャディ…アス、様」
カルネシアに、過去のセリシアの感情や記憶がすべては無くとも、ただ尊敬し、もっとも大切な人だという思いはあった。
たった一人、信じられる人だった。
その記憶はあいまいで、むしろ他人事のような感覚ではあったが、それでも忘れられない何かがあった。
キャディアスがセリシアに渡した彼のピアスも、放せなくなる自分がいた。
顔もあまり覚えていない、だが…裏切られたことがやたらショックだった。

セリシア「お別れだ、セリシア……」

 

セリシアの形見のピアス?
カルビーがつけていたピアスを拾い、羅希はそう言った。
羅希「このピアスを忘れてるってことは、貴方はセリシアではない。……もはやキャディアス殿でもないんだ。」
瑠美那「え」
『もはやキャディアス殿でもない』というところにつっかかった。
困惑している私に、羅希が小さく言った。
羅希「セリシアは誰かに体を乗っ取られた、って言っただろう?」
瑠美那「……ああ」
羅希「……キャディアスになんだ」
瑠美那「うえっ!?」
事実に驚いたが、なんでこいつはそういうことをポンポン思いつくのかも驚いた。
彼の話が確かなら、私達はずっとキャディアスと戦っていたということか。
セリシア「……君は、カルネシアとは違って気付いていたのか」
否定しない…というか、むしろ肯定している。
やっぱり、コイツ…セリシアの姿で、しかも女口調なのにキャディアスなのか!
羅希「カルネシアも放置されたセリシアの魂を見たときから気付いてました。ただ、認めたくなかっただけで。」
セリシア「そうか。まあどうでもいいことだが…」

瑠美那「どうでもいいことか!?」
キャディアスのあまりの言葉に、苛立たずにはいられなかった。
瑠美那「あんた、セリシアの恋人だったんだろ?好きだったんじゃなかったのか?なのになんでこんなことができるんだ」
やけに頭が冴えていた。
今までやけにみんなが話すことが難しくて混乱していたのに、今の私はすべて知っているように思えた。
キャディアスはカオスの中で刑を受けていた。
セリシアは必死に強くなって、彼を迎えに行ったんだ。ただ、この男の存在の傍にいたくて。
だがキャディアスは自分の完全復活の為に彼女を乗っ取った。
セリシアの力なら抵抗できただろう。けれど、彼女がキャディアスを拒むはずはない。
それが彼の意志で、望みなんだから。

キャディアス「そうだな。セリシアの為なら自分のことなんて……」
はじめはそう思っていた。
彼は言って、一歩ずつ後退していった。
キャディアス「けれど、僕の受けた苦痛を理解できるか?
今では僕を陥れた神王も、黙ってみていた神族達も、神王の策略の要となったセリシアも憎い」

瑠美那「……アンタ、もうダメだな。」
なんだか寂しくなった。
ずっと羅希が私を追いかけてきてくれているせいか、人を好きになると強くなれるように思えていた。
こんな風に腐ることなんてないと思っていた。
それに、キャディアスに裏切られても大人しくしているセリシアを哀れに思った。

セリシア。この男はアンタの好きな人じゃない。
なのに、いいようにされても構わないっていうのか?

―――違う。私は……

 

キャディアス「……っ」
相手が怯んだ。
相手が油断したら速攻斬り込む、が定着した私は羅希の短剣を取った。
カルネシア「左目をねらえ!」
カルビー、生きてたのか!!
とか思うこともなく、指示された私は機械的に左目をねらう。
嫌な感触がして、短剣は刃先を深く、セリシアの眼球深くに突き刺した。
十分に刺したあとに、すぐに短剣も抜いて下がった。

 

羅希「手応えは?」
瑠美那「……ただ目を潰したって感じしか……」
羅希が私の答えに舌打ちをする。
とりあえず私は彼に手を貸して、その場を離れようとした。
しゃがみ込んだ瞬間、彼に突き飛ばされた。
瑠美那「っ…」
私と羅希の間を、もはやレーザー砲といった巨大な光が通った。もちろん、キャディアスの魔法。
その光が消えて、羅希も無事なのを確認したのと同時に、狂ったようなキャディアスの怒号が聞こえた。

キャディアス「消えろ!」

見つめられないほど巨大で眩しい炎。
それがキャディアスの上で唸り、私達に殺気を向けている。
体が一瞬で凍りついたようだった。
羅希はさっきも立つのが精一杯だったようで、またしゃがみ込んでしまっている。
羅希「逃げろ!早く!!」
彼なら絶対言うだろうと思った。
だから
瑠美那「できるわけないだろ…」
自分に言い聞かせるように、つぶやくだけ。彼に返事をしなかった。
…逃げるべきなのは分かっていた。
あれは何をしても防げるものではない。
だが…何をしても防がなければならないものだから。
瑠美那「……」
神様はあてにならないって分かってるけど、神頼みしたい気分だった。

───何かに頼るな、そうやって自分に甘えるんじゃない。

昔から自分に言い聞かせていた。

───お兄ちゃんを苦しめるものがいつか去りますように
───神様、お兄ちゃんを幸せにしてください
───誰か、助けて…

全ては叶わなかったこと。祈るだけで努力しなかったから。
それを悟り、何にも頼らなくなった。
だが… クラウディは死んだ。力が足りなかった。
羅希を守るには、また力が足りない。

でも…また守れないくらいなら。

 

 

瑠美那「別に死んだっていいけど、そう簡単には死なんでたまるか!!」

気を高める。自分の命も使いきっていいと思いながら…。
そして、羅希の盾になる。
羅希「瑠美!」
彼は私を止めようと立ち上がるが、また倒れてしまう。

瑠美那「安心しろ、私には、お前と違って自己犠牲心なんかないから!」
生きて、みんなとシアワセに暮らしたい。
そう思うから、誰にも欠けて欲しくはない。
羅希は特に……。
その願いを叶えられるか、それともダメでいっそのこと全部なくすのか
二択の賭に出ただけ。

 

光と熱風が襲いかかってきた。

 

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