―――51―――

瑠美那「羅…希……」

涙が流れていた。
彼のところに帰りたいのに…。
伝えたいことがあるのに…。
目が見えない。私の何かが食い潰されていく。

 

───羅希…?

 

耳の奥で、声が…
歌声がした。

 

夢のなかでさえも 君は独りでいる
もう僕の声は届かない

だから僕はただ寄り添って

そうして感じるシアワセ
ヒトツブでも君に届くといい

 

 

私の何かが満たされる。
同時にカオスが…それともキャディアスの殺意が削がれ、私の体が少し楽になった。

 

 

存在すら届かない場所でも
僕は届け続けるよ

その姿はまぶたに焼き付いているから
輝く水面に立つ君を

そしてずっと君を探し続ける
そしてずっと君を待ち続ける

永遠に 僕には君しか無いから

 

 

この歌、一方的な気持ちしかない。
私もどこか同じ気持ちなのに。
羅希は、私が彼をちっぽけな存在にしか思ってない、と思ってる。
そんなんじゃない。ここでこうして戦えるのは…羅希と一緒に生きたいから…
羅希に…ちゃんと伝えたいんだ。

 

カオスが私のまわりから消えた。
私が弾き返そうとする前に…。
瑠美那「…?」
倒れるのを根性でふんばった。
…キャディアスはしゃがみこみ、毒気抜かれたように俯いている。

瑠美那「キャディアス?」
殺気の感じられない彼は、疲れた表情で私を見上げた。

キャディアス「……僕の核は首にある」

瑠美那「……キャディアス」
私が何か言おうとする前に、彼は首を横に振った。
キャディアス「いいんだ。…歌声があるうちに…僕にセリシアを思う心が戻っているうちに……」

瑠美那「正気になったのなら、帰れないのか?」
キャディアス「無理だ。僕には…強い恨みがありすぎる。また同じ過ち繰り返すから…。今度こそ…セリシアのことを思いながら消えたいんだ。」
瑠美那「……」
私は魔力を剣の形に固める。
予想以上に使えそうな剣になった。

そういえば、前にも同じようなことがあったな…。
私と同い年の、怪物と化した少年の首を切った…。

瑠美那「…セリシアに伝えてほしいことは?」
彼は柔らかい表情になった。
キャディアス「…ありがとう、と」
瑠美那「わかった。必ず伝える」

キャディアス「…幼く誇り高き女神に、祝福を。自由の翼を」
彼は微笑んで、私にそう言った。
瑠美那「…おう」

なんで私が女神やねん、と思いつつそう返した。
…そういえば、あの少年も私を女神と呼んでいた……

 

 

羅希「……」
歌うのをやめた。
道標は必要なくなったから。

羅希「…瑠美!!」

 

 

歌声が…私の歌声のもとへ向かおうとする気持ちがカオスに道を作ってくれた。
わずかな距離でも、もう体も魂も疲れ切った私には、無限につづく道に思えた。
ただひたすら、歌声の主のもとへ…。

羅希「瑠美!!」
彼がいた。
いつのまにか、すぐ目の前に…。
急に力尽きて、足がカクンと折れた。
でも、羅希が抱き留めてくれた。
安心したせいか、足に力が全く入らない。

羅希「瑠美…」
泣きそうな声だった。

瑠美那「…タダイマ」
私の声も、結構震えていた。
返事の代わりに、彼にきつく抱き締められた。

…昔から恐れていたのは…傷つくことじゃなくて、失うことじゃなくて、独りであることだった。
誰も傍にいないことだった。
でも、さっき…彼は離れないと確信できた。
私は…もう苦しさに狂うこともなくなる。

 

───ありがとう。シュンが消えたから…俺も逝くよ。

ああ。……終わったんだな…ジオン。

 

瑠美那「…終わったな」
羅希「ああ」
瑠美那「…疲れた…眠っていいか?」
羅希「もちろん」
瑠美那「…なんか、眠ったら起きられなくなりそう…」
羅希「…起きるまで待ってるから」
瑠美那「……じゃ、起きる。…言いたいこと、たくさんあるから…あとでちゃんと、聞いて…くれ……」

羅希「おやすみ」

心地よい、深い眠り。

 

 

−−−−−−−−−−*−−−−−−−−−−−

 

 

 

 

暖かい日差しに、窓辺で椅子に座ってうたた寝をしていた。
心地よい春の太陽は、真昼でも柔らかだ。
ただ、光はとても眩しい。
薄布のカーテンを閉めようとしたら、後ろから手が伸びてきて、先に閉めてくれた。
カーテンから漏れる、ほどよい明かりで、その顔と髪が照らされる。
彼の少し緑がかかったような金髪に触れてみた。
指の間をサラサラと流れる。
彼は優しく微笑む。
彼を抱きしめたくて…
椅子から立ち上がって彼の首に手を回した。

しかし、その途中で、手が何か固いものに当たった。

ガラス…。
その感触に気付くのと同時に、彼が……羅希が消えた。
暖かかった光もない。
体の周りには温い、透明な液体。
私の周りをぐるりと取り囲むガラスの奥は…コンクリートのような、灰色い薄暗い壁ばかり。
その所々にコードがたくさん張り付いている。
私は、ガラスのカプセルのようなものの中で、何かの液体の中に浮かんでいた。
息ができるのは、喉の奥までチューブが入り込んで、空気を送ってきているから。

 

瑠美那「………ッ、……」

いきなりの異常な事態に、私は混乱しつつも、ここからの脱出を試みた。
とにかく、ここから出たい。
そう強く思って、ガラスを叩いた。

瑠美那「!!!?」
あっさりガラスは割れた。
………豪快に爆発して。
しかし爆発の規模が大きすぎて、ガラスどころかカプセルも粉々になった。
そして私は、自分でやっておきながら爆風で吹っ飛ばされた。

 

 

飛成「瑠美―――――!!!!!」

飛成の声。
多分、彼女にホッペタをバシバシ叩かれてるんだろう。痛い。
その音も、一発一発がいい音をたてている。

瑠美那「いたっ、お、起きてるから…!」
顔を腕で覆い隠して、横にゴロンと転がった。
下は気持ちの良いシーツ。弾力のあるベッド。
夢で見たような柔らかい日の光が窓から差し込んでいる。
その光でシーツが真っ白に光っているようだ。

瑠美那「………」
私は、どうしたんだろう?
ぼんやりと仰向けになって天井を見た。

飛成「瑠美……」
私の視界の中に、飛成が現れた。
私を見下ろす彼女から、黒髪が滝のように私の顔に流れる。
やっぱり、美人だな〜と思った。
アステリアって幸せ者だ、とか思ったけど、自然と彼女が羅希にフラレていることを思い出した。
なんで私なんだろう。
……てか
瑠美那「じつは飛成の方が良いとか?でも本性知っちゃったときには彼女はアステリアとラブラブで…」
飛成「瑠美、何言ってんの?大丈夫?」
大丈夫ー、と適当に言って、上半身を起こした。

瞬間。いきなり飛成にガバッと抱きつかれた。
瑠美那「うお、何?」
彼女はしばらくそうしていたが、少しして耳元ですすり泣きが聞こえる。
瑠美那「…なに泣いてるんだ…」
飛成「だってさぁ…瑠美、死んじゃうかと思った…」
自覚はなかったが、私は意外とヤバい状況だったのだろうか。

飛成「起きて良かった…」
彼女は涙を拭いつつ、私から離れた。
そうして、さっきまで私には死角で見えなかったものが見えた。
それに、背筋が凍った。
彼女の右腕…があるはずの場所に、腕がない。
服に隠れて傷口は見えないが、半袖から鉄の棒が一本見えている。
瑠美那「飛成……腕……・」
私が切った。
今の彼女があまりにもいつもすぎて、夢のように思っていた。
あれが夢であるはずがなかった。

飛成「あ、これ?」
彼女は笑顔のままで、右肩の袖から見える鉄の棒を触った。
いや、それじゃなくて、腕がないことがショックだったんだけど…
飛成「これねぇ、義手をつけるやつー」
瑠美那「義手…」
飛成「でねでね!!アッスーが義手以外にいろいろつけられるようにしてくれたの!」
瑠美那「………は?」
飛成「マシンガンとかミサイルがでたり、火炎放射なんてできるの!面白くない!?」

アステリア…。多分、慰めかなんかのつもりでやったんだろうが…。
自分の彼女を兵器にするつもりか!?
まぁ、本人が楽しそうだからいいのか。

飛成「あ、それとね。瑠美が眠ってる間に僕とアッスー結婚したのっ!」
……………。

瑠美那「はあああ!!!!?」
飛成「あ、ナニよその反応。」
瑠美那「いや、驚いただけ…って、あれ?じゃあ……私ってどれくらい眠ってたんだ…?」
窓の外は春。
私達が戦ったのは冬の始まりだった。
だったら、冬を丸々眠って過ごしたことになる。四ヶ月くら
飛成「2年とちょっと」
い……………?

瑠美那「……………」
飛成「まぁ、驚くのも無理ないね。
瑠美の体、カオスとかにめちゃめちゃにされちゃってて、中からズタズタになってたの。
人間界の技術じゃ危ないから、魔界の、龍黄のところでずっと治療してた。
あと、魔力もパンパンに溜まっちゃってて、それをちょっとずつ抜いていくのにも時間がかかったみたいね。」

もしや…
うっすらと覚えている、秘密の実験室のような、暗いコンクリートの部屋と、私を閉じこめていたカプセル…。
あれは魔界の治療道具だったんだろうか。
………跡形もなく爆破しちゃったよ……謝らなきゃ。

飛成「それはそうと、お腹空かない?」
飛成に言われて、初めて自分のものすんごい空腹に気が付いた。
すぐに、コクコクと頷いた。
飛成「カルネシアさんが取りに行ってるから、もうすぐ来る…」
彼女が丁度言いかけてるときに、ガチャッと音を立てて扉が開いた。
片手に食事の乗ったお盆を持ったカルビー…とその後ろにセリシアの姿。
私と目があったカルビーは、数秒だけ何か考えた様子で硬直した。彼がベッド脇のテーブルにお盆を置いた。
そこから、スプーンとシチューの皿だけ取って、布団の上で食べ出した。

瑠美那「そういえば、あれから何か変わったことはあったのか?」
まだシチューも残っていて、それをつけたパンを口に放り込む。
シチューもパンも、作りたてで美味しかった。
2年間も飲まず食わずとは思えないほど食欲はある。
カルネシア「あー……“神族にはキャディアスは再生できる状態じゃなかったから、眠らせてやった”って言ってごまかした。
神王はまだ神王のまま。今は神王が、反逆の罪でってことで俺の処分を検討中」
答えるカルビーは、どこかだるそうな、眠そうな様子でそう言った。
どうでもよさそうな言い方の割には、内容は後半重要。
瑠美那「…………カルビー、ヤバイ状態?」
カルネシア「魔王と精霊王がいるから、キャディアスの二の舞になったりはしないだろ」
瑠美那「……納得できない。なんでカルビーが処罰されるんだ」
カルネシア「神王の都合上。それに、セリシアも俺も、神王の秘密をバラそうと思えばバラせるから……邪魔らしいな」

………起きて早々。嫌な話を聞いてしまった…。
確かに、神王に逆らって、神族を先頭に立って動かしたのはカルビーと羅希だけど………
あ。
瑠美那「………羅希も危ないのか?」
カルネシア「アレは大丈夫だろ。神王は所詮精霊、って見くびってるから」

瑠美那「………そういや、羅希は?」

 

………………何故か長い沈黙。

瑠美那「………なにかあったのか?」
嫌なことを想像してしまう。
3人は困ったような顔はしているけれど、深刻な顔はしていないから…酷いことにはなっていないと思うが。
飛成「……あのね、羅は」
瑠美那「……………」
飛成が、言い出したはいいが、その先に口ごもる。口ごもる、と言うか、言葉を探している。
その先を、カルビーが横からさっさと答えた。
カルネシア「旅に出た。」

 

 

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